EP 25
世界を「快適さ」で支配するための第一歩。
『冷風機開発プロジェクト』が、アルニア村で密かに動き出した。
真守は徹夜で書き上げた設計図(第一稿)を手に、ガンツの工房へと走った。
「親方! これを見てくれ!」
「あん? なんだ藪から棒に……」
ガンツは作業の手を止め、真守が広げた羊皮紙を覗き込んだ。
そこには、氷の魔石を動力源とし、風の魔石でファンを回すという、地球の扇風機と冷風機を足して二で割ったような構造図が描かれていた。
「……ふむ」
ガンツは太い指で図面をなぞり、眉間に深い皺を寄せた。
「先生、発想はいい。だが……まだまだ甘いのう」
「えっ、甘い?」
「あぁ。これじゃあ、魔石の出力調整が出来てねぇ。氷の魔石ってのは暴走しやすいんだ。直結させたら、冷風機どころか『冷凍ビーム発射機』になっちまうぞ? 部屋中が氷漬けだ」
ガンツは炭で図面にバツ印を書き込み、修正案を書き加えた。
「魔力の通り道(回路)に、ミスリルの細線を噛ませて抵抗を作れ。あと、結露した水が機械の中に溜まって錆びる。排水の仕組みも必要じゃ。こうすれば良いんじゃないか?」
「なるほど……! 物理的な制御と排水ドレンか。盲点だった」
隣で見ていたデュラスも頷く。
「魔力回路の安全性か。……確かに、貴族の屋敷で爆発でもされたら商売にならんからな。練り直しだな」
◇
真守たちは一度家に持ち帰り、緊急の作戦会議(設計会議)を開いた。
「くそっ、甘く見てた。魔道具ってのはただ魔石を置けばいいってもんじゃないんだな」
「当然だ。魔力は流体だ。電気よりも不安定なんだぞ」
真守とデュラスはテーブルに新しい紙を広げ、議論を戦わせた。
「素材調達は任せてね! 排水用のパイプには、リザードマンの皮……じゃなくて、ダンジョンで採れる『防水粘土』がいいかも!」
フィリアが冒険者としての知識を活かし、素材のアイデアを出す。
「えっと~、えっと~……私には何ができますか~?」
エルミナがおろおろと周りを回る。
「エルミナは……そうだな、疲れた俺たちに癒やしをくれ」
「はいっ! お茶をお持ちします~! 天界仕込みの『ホーリー・ティー』です!」
エルミナがせっせとお茶とお菓子を運んでくる。
その湯気の向こうで、真守とデュラスのペンが走る。
「筐体は熱伝導率の低い木材と、内側に断熱シートを貼る」
「ファンの形状は、静音性を重視してこのカーブだ」
「スイッチ部分は、魔力を込めなくても誰でも使える『物理ボタン』にするべきだ」
数時間の激論の末、修正版の設計図が完成した。
◇
「……よし。これなら行ける」
再び訪れた工房で、ガンツは新しい図面を見てニヤリと笑った。
「排水、断熱、出力制御。完璧に計算されてやがる。……へへっ、職人の腕が鳴るぜ」
ガンツはハチマキを締め直した。
「よし、試作品を作ってみるか。そこで待ってろ!」
カン! カン! カン!
工房にリズミカルな音が響く。
真守の出した『プラスチック(外装用)』と、フィリアが集めた『防水粘土』、そしてデュラスが提供した高純度の『魔石』。
それらがガンツの手によって組み上げられていく。
そして数時間後。
「出来たぞ……!」
作業台の上に置かれたのは、木目調のレトロな箱。
前面にはルーバー(風向き板)があり、側面にはダイヤル式のスイッチがついている。
名付けて『魔導冷風機・涼風1号』。
「スイッチ、オン!」
カチッ。
ブゥゥゥン……という低い駆動音と共に、前面から心地よい風が吹き出した。
「お、おおお……!」
真守が手をかざす。
「冷たい! ちゃんと冷えてる! しかも風が優しい!」
「やった! すごいよマモル、親方!」
フィリアが風を浴びて歓声を上げる。
「ありがとう、親方! これだよ、俺が作りたかったのは!」
「へっ、礼には及ばねぇよ。……だが、こいつはすげぇな。火を使わずに涼が取れるたぁ、革命だぞ」
ガンツも額の汗をその風で乾かしながら、満足げに笑った。
その様子を、デュラスが冷静な、しかし貪欲な目で見つめていた。
「……これを完成型(量産モデル)に持って行けば、世界が変わるな」
「ああ。これは産業になる。ただの道具じゃない、文化を作る発明だ」
真守が確信を持って頷く。
デュラスはニヤリと口角を吊り上げた。
「となれば、売り込み先は一つだ」
「ゴルド商会、ですね?」
「ああ。あの女狐に売りつけろ。だが、ただ卸すだけじゃつまらん。技術提携とロイヤリティ契約を結び、我々が主導権を握る」
デュラスはコートを翻した。
「交渉は私に任せろ。魔界の公爵と地球の教師が組めば、あの古狸も尻尾を巻くさ」
真守の手には、世界を涼しくし、懐を温めるための「最強の商材」が握られていた。
アルニア冷熱工業の設立と、ゴルド商会との熱い商戦が、今始まろうとしていた。




