EP 21
アルニア村のダンジョン特需に伴う緊急増築工事は、昼夜を問わず続いていた。
宿屋の拡張、ギルド出張所の建設、武器屋の倉庫増設。
村の至る所から、カーン! カン! という槌音が響き続けている。
特にガンツ率いるドワーフの職人集団は、種族特有のタフさを発揮し、ここ数日ほぼ不眠不休で作業を続けていた。だが、さすがに疲労の色は隠せない。
「……みんな、だいぶ参ってるな」
真守は建設現場の様子を見て、腕を組んだ。
自身のスキルで資材は供給できているが、それを組み立てるのは人の手だ。士気を上げなければ、良い仕事はできない。
「そうだなぁ……。夜食に『豚汁』と『おにぎり』でも作ってやるか。フィリア、エルミナ、デュラス、手伝ってくれ」
「豚汁? 汁物ですか? 任せてください!」
「おにぎりなら、私が握るよ!」
二人のヒロインが即座に反応する中、ソファで競馬新聞を読んでいた魔族の公爵が顔を上げた。
「……ほう。貴族である私に、炊き出しを手伝えと? ……フッ、珍しい。面白そうだ、許可する」
デュラスは新聞を畳み、意外にも乗り気で立ち上がった。
◇
真守の家のキッチン。
そこは、まさに戦場のような活気に包まれていた。
「スキル発動! 購入『豚バラブロック』『大根』『人参』『ごぼう』『味噌』『米一俵』!」
真守が次々と食材を出し、それを全員で加工していく。
「デュラス、その大根はいちょう切りだ。厚さは5ミリで頼む」
「ふん、指図するな。……『影』よ、我が刃となれ」
デュラスが指を振るうと、影から生まれた黒い刃が、目にも止まらぬ速さで大根をカットしていく。
トトトトトッ! という音が心地よい。
魔族公爵の精密動作性が、まさか大根切りのために使われるとは、本国の部下も思うまい。
「すご~い! 私も負けません! おにぎり、握りま~す!」
エルミナが炊きたてのご飯を「あちちっ」と言いながら、不格好だが愛情たっぷりの三角形にしていく。
フィリアは大鍋で豚肉を炒め、野菜を投入する。胡麻油の香ばしい匂いが立ち込める。
「よし、味噌を溶いて……完成だ!」
◇
深夜の建設現場。
真守たちは、湯気の立つ巨大な寸胴鍋と、山盛りのおにぎりを載せたリヤカーを引いてやってきた。
「おーい、みんな! 休憩だ! 差し入れを持ってきたぞ!」
作業の手を止めたドワーフたちが、ゾンビのように振り返る。しかし、漂ってきた味噌と出汁の香りを嗅いだ瞬間、彼らの目に生気が戻った。
「こ、この匂いは……!?」
「肉と……根菜のスープか!?」
真守たちが器にたっぷりと豚汁をよそい、塩の効いたおにぎりを渡していく。
「あったけぇ……染みるぅ……」
「この白い塊、具が入ってやがる! シャケだ!」
ドワーフたちは貪るように食べ始めた。
ガンツ親方も、髭に味噌汁をつけながら豚汁を啜り、大きく息を吐いた。
「ぷはぁ……。有りがてぇ。冷えた体に染み渡るわい」
「だろ? 栄養もあるからな」
「……だがのぉ、先生」
ガンツが空になった器を見つめ、恨めしそうに言った。
「こうも美味い肴があると……『酒』がありゃあなぁ」
「……またそれか」
「酒がねぇと力が出ねぇ! 鉄も叩けねぇ!」
ガンツが駄々っ子のように騒ぎ出すと、他のドワーフたちも「そうだそうだ!」「酒持ってこーい!」と声を上げ始めた。
「手元が狂いますって、親方。現場で飲酒は……」
「バカ言え! ドワーフは酒を燃料に動くんだ! 酒が無くて仕事が出来るかぁ! ……よし、今日はもう休みだ! 解散!」
ガンツがツルハシを放り投げた。
こうなるとテコでも動かない。真守は苦笑して、降参のポーズを取った。
「ハイハイ、分かりましたよ。……今日は俺の奢りだ」
真守は一度家に転移し、すぐに戻ってきた。
その手には、冷えたケース入りのビールと、一升瓶の焼酎、そして大量の乾き物(スルメ、柿の種)。
「ほらよ! 好きなだけ飲め!」
「「「うおおおおおおっ!! 先生、一生ついていくぜぇぇぇ!!」」」
ドワーフたちの歓声が夜空に轟いた。
現場は一瞬にして大宴会場へと早変わりした。
◇
焚き火を囲んでの酒盛り。
ガンツは一升瓶をラッパ飲みし、ボルグたち自警団も混ざって大騒ぎだ。
「ぷはぁっ! こりゃあ美味い酒だ~! 喉が焼けるようだ!」
「この『スルメ』ってのも噛めば噛むほど味が出る!」
フィリアも豚汁を啜りながら、ニコニコしている。
「美味しい~! 外でみんなで食べると、もっと美味しいね!」
その横で、エルミナが一升瓶を抱えて真守の隣に座った。
「真守様、おひとつどうぞ」
「お、悪いな」
エルミナがトクトクと手酌で焼酎を注ぐ。少し顔が赤いのは、湯気のせいか、それとも少し舐めたのか。
真守はコップを受け取り、口に運ぶ。
「おっとっと……。くぅーっ、効くなぁ。……美味しいなぁ」
真守は息をつき、隣で缶ビールを煽っている男を見た。
「デュラスも飲めよ。働き過ぎだろ」
遠慮のない、対等な物言い。
呼び捨てにされたデュラスは、一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにニヤリと笑った。
「ふん……。魔界の公爵にこの安酒(発泡酒)か。……だが、悪くない」
デュラスは缶を掲げ、真守のコップにカチンと当てた。
「これこそ『余興』だな。……乾杯だ、兄弟」
「ああ、乾杯」
月明かりの下、種族も身分も関係ない、温かい時間が流れていく。
明日は二日酔いで工事が遅れるかもしれないが、今夜だけは、この賑やかな宴が続くのだった。




