EP 19
村長宅の応接室は、重苦しい沈黙と、一人の妖精の高笑いに包まれていた。
「……いかにもって、そんな堂々とダンジョン作られたらなぁ」
真守は頭を抱えた。
通常、ダンジョンというものは人里離れた秘境や、地下深くにひっそりと生まれるものだ。だが、キュルリンが作った入り口は、街道から丸見えの場所に、デカデカと『㊧ ダンジョン入口(激ムズ)』という看板まで立ててあるらしい。
「全くです。これでは村人や、何も知らない旅人が誤って入ってしまい、困ります」
エルミナが眉を寄せて抗議するが、キュルリンは鼻で笑ってヘルメットの顎紐を締め直した。
「結構、結構。凡人にはアタシの芸術なんざ分かるまいよ。だがな、安心しな。入口には『素人お断り』の結界を張ってある。入れるのは命知らずの馬鹿か、実力者だけだ」
キュルリンはニヤリと笑い、腰の袋から魔石をジャラジャラと取り出した。
「それに……ただの穴じゃねぇ。地下深層には、アタシが厳選した強力なS級モンスターを住まわせてやったからな。奴らの素材やドロップ品は、国が傾くほどの価値があるぜ?」
その言葉に、デュラスがピクリと反応した。
「……なるほど。強大な魔物に、希少な財宝か。それを目当てに、大陸中から金に目の眩んだ冒険者や、英雄気取りの勇者が押し寄せるというわけか」
デュラスはタバコの煙を吐き出し、呆れ顔で続ける。
「この静かな村が、欲望のるつぼになるな」
「ご名答! 魔族の旦那は話が早いねぇ!」
キュルリンはパチンと指を鳴らした。
「村の観光資源にしてやりなよ。平和ボケしたこの村に、ちょっとばかりスリルと外貨を落としてやるんだ。アタシからの『地域振興事業』ってやつさ」
「なんて迷惑千万な子なの……。見た目はこんなに可愛いのに、言ってることは悪徳コンサルタントみたい」
フィリアがジト目で呟く。
しかし、元冒険者である村長ラミアスの反応は違った。彼は「村長」としての脳内計算をフル回転させていたのだ。
「……冒険者が来る。それも、高ランクの金払いの良い連中が……」
ラミアスの目が、¥マーク(円マーク)に変わっていく。
「す、すぐに準備せねば! 村に訪れる冒険者や騎士団のために宿を拡張……いや、間に合わん! 余ってるボロ屋を壊して更地にし、簡易宿泊所を建設してお迎えの準備を!」
ラミアスはブツブツと独り言を言いながら部屋の中を歩き回り始めた。
「冒険者ギルドの出張所も誘致せねばならん! ゴルド商会には物資の増量発注を! 武器屋の親父にも在庫を増やさせろ! 酒場も拡張だ! 飯屋も足りん! うーん、うーん、人手が足りん!!」
完全に「商売モード」に入ってしまった村長を見て、真守は天井を仰いだ。
「……こりゃあ、忙しくなってきたな」
「おいおい、冗談ではないぞ。私はのんびりしたいのだが」
デュラスが不満げに唸る。
静かな村で、真守と競馬新聞を読みながらビールを飲む日々が、喧騒によって脅かされようとしている。
「あ~あ~。マモルとのんびり畑仕事したかったのになぁ」
フィリアもため息をつく。
そんな中、一人だけ別のベクトルで顔を青くしている者がいた。
「も、もしかして……高難易度ダンジョンとなると、腕試しに『天使族』も来るのでしょうか……?」
エルミナがガタガタと震え出した。
「いや~ん! もし聖騎士団の先輩とかに見つかったら! 『エルミナ、貴様地上で何をしている。その腹の肉は何だ』って詰められちゃいますぅぅ! 堕天させられちゃいますぅぅ!」
「安心しろエルミナ。その時は俺の家の地下シェルターに隠してやる」
「マスター! 一生ついていきますぅ!」
真守の言葉にすがりつくポンコツ天使。
その横で、キュルリンは「カッカッカ! 祭りの始まりだ!」と高笑いし、ツルハシを担いで窓から飛び去っていった。
「さて、と……」
真守は立ち上がり、作業着のポケットに手を突っ込んだ。
「ラミアスさんがパニックになってるし、俺も手伝うか。……『マイホーム』のスキルで、簡易宿泊所くらいなら建てられるかもしれないしな」
「マモル、ポイント稼ぎ?」
「ああ。ローン返済のチャンスだと思って、割り切るさ」
こうして、アルニア村は「のどかな漁村」から、「世界最難関ダンジョンのある冒険者都市」へと、激動の変貌を遂げることになったのである。




