EP 18
アルニア村に、再び激震が走った。
リザードマンの襲撃、サイクロプスの出現、そして今度は――。
村長ラミアスの屋敷の応接室。
重苦しい空気が漂う中、ラミアスが額の汗を拭いながら切り出した。
「……マモル殿、信じられないかもしれませんが……森に『ダンジョン』が出現しました」
「何だって? ダンジョン?」
呼び出された真守が、コーヒーキャンディを噛み砕く音を止めた。
隣で紅茶を飲んでいたデュラスも、眉をひそめてカップを置く。
「ええ、そうです。昨日まではただの茸狩りの森だった場所が、一夜にして巨大な石造りの迷宮入り口に変わっていたのです。しかも、中からは凶悪な魔物の気配が……」
「どうして? 自然発生するの、ダンジョンって?」
フィリアが不思議そうに首を傾げる。通常、ダンジョンは長い年月をかけて魔素が溜まった場所に生まれるものだ。
「いや……気配を感じるな。これは自然現象ではない」
デュラスがモノクルの位置を直し、天井の一点を鋭く睨んだ。
「本当です~……。この、小さいけれど、密度が異常に高い神聖な……いいえ、妖精の気配は……」
エルミナも警戒し、聖騎士の顔つきになる。
その時だった。
「やぁやぁ、お初にお目にかかりますわ」
天井の梁の上から、鈴を転がすような可愛らしい声と、それに似つかわしくないドスの利いた気配が降ってきた。
ヒラヒラと舞い降りてテーブルの中央に着地したのは、掌サイズの小さな少女。
「!? よ、妖精だ」
「わぁ、可愛い! ……あれ? でもその格好……」
フィリアが目を輝かせ、すぐに瞬きをした。
その妖精は、泥だらけのニッカポッカを履き、頭には黄色いヘルメット(『安全第一』の手書き文字入り)。そして身の丈以上の巨大なツルハシを担いでいたからだ。
「可愛い? 当たり前だろ。だが今は仕事中だ、舐めた口きくんじゃねぇぞ」
妖精はタバコのような太い枝を咥え、煙(魔力)をプハァと吐き出した。
「何だ貴様は……いや、待て。そのヘルメット、そのツルハシ……魔界の伝承に残っていたぞ。『破壊と創造の悪魔』……」
「貴女たしか……天界のブラックリスト・第一位! キュルリンさんね!?」
デュラスとエルミナが同時に叫び、椅子から立ち上がった。
その反応に、妖精――キュルリンはニヤリと笑い、ヘルメットの鍔を上げた。
「うんうん。私の事を知っていて、結構結構。そう、私こそが史上最高のダンジョンマスター、(株)キュルリン組の組長、キュルリン様だよ」
キュルリンは偉そうにふんぞり返ると、目の前に座るラミアスを顎でしゃくった。
「おぅ村長。茶」
「は、はいっ! ただいま!」
かつてS級冒険者として名を馳せたラミアスが、反射的に部下のような動きで急須を掴んだ。現場監督の威圧感に、身体が勝手に反応してしまったのだ。
「て事は、お前がダンジョンを?」
真守が冷静に問いかける。
キュルリンは出されたお茶をズズッと啜り、「渋いねぇ」と唸ってから答えた。
「ご名答。ここの地脈、なかなか筋が良くてねぇ。掘りたくてウズウズしちまったんだよ」
「……迷惑だろ。勝手に人の村の近くに」
「あぁん? 何言ってんだ兄ちゃん」
キュルリンは心外だと言わんばかりに、持っていたツルハシの柄でテーブルをコンコンと叩いた。
「この退屈なド田舎に、『スリル』と『ロマン』を提供してやったんだぞ? 本来なら設計料をふんだくりたい所だが、今回はプロモーションだ。タダで遊ばせてやる。感謝してね?」
悪びれる様子ゼロ。
むしろ「良いことをした」と信じて疑わないその目に、真守は頭痛を覚えた。
「感謝だと? ふざけるな。ダンジョンなんて出来たら、魔物が溢れて村が危険になるし、地価が下がるだろうが!」
「ちっちっち。素人はこれだから困る」
キュルリンは空中に浮かび上がり、真守の鼻先で指を振った。
「アタシの作るダンジョンは『超・高難易度』だ。中の魔物は外には出られない結界仕様。その代わり、中に入った奴は……フフッ、ミンチになるか、億万長者になるかの二択だ」
「……億万長者?」
「そうさ。最深部の宝箱には、アタシのコレクションから選りすぐりの『国宝級魔道具』を入れておいた。どうだい? 冒険者の血が騒ぐだろう?」
キュルリンの言葉に、ラミアスやフィリアが息を呑む。
だが、真守とデュラスだけは冷めた目をしていた。
「……マモル。こいつの『高難易度』は、言葉通りの意味ではないぞ。理不尽の塊だ」
「ああ、なんとなく分かる。……関わりたくないタイプだ」
「おいおい、つれないねぇ! せっかく『初心者殺しの回転床』とか『天井落下式串刺しプレス』とか実装したのにさぁ!」
キュルリンはキャハハと無邪気に(そして邪悪に)笑った。
「ま、とにかくダンジョンは完成した! あとはオープンを待つだけだ! 楽しみにしてな、アルニア村の諸君! あ、村長。茶のおかわり。今度はもっと濃い目で頼むわ」
「は、はいぃぃ!」
嵐のような妖精の登場に、真守は深いため息をついた。
平穏なマイホーム生活は、地下からの脅威によってまたしても遠のいてしまったようだ。




