EP 17
数日が過ぎ、真守たちが再びドワーフの工房を訪れると、そこには異様な静寂が漂っていた。
炉の火は消えているが、空気は未だに焦げ付くように熱い。
「……親方?」
真守が声をかけると、奥の扉が軋んだ音を立てて開き、ガンツが姿を現した。
その姿は壮絶だった。髭は煤で汚れ、目は充血し、体重が数キロ落ちたようにゲッソリとしている。だが、その瞳だけは狂気的なまでの達成感に輝いていた。
「ぜぇ……ぜぇ……。ほ、ほら……約束のブツだ……」
ガンツが震える手で差し出したのは、黒い布に包まれた長い棒状の物体。
真守が恭しく受け取ると、ズシリとした重みを感じた。しかし、不思議と不快な重さではない。まるで身体の一部になったかのような、吸い付くような重心バランスだ。
「ありがとう、親方」
真守が布を解く。
露わになったのは、この世の金属とは思えない輝きを放つ三節根だった。
三つの節はそれぞれ異なる色を帯びている。
一つは、フィリアの闘気を宿した**「紅蓮の赤」。
一つは、エルミナの神気を宿した「黄金の白」。
一つは、デュラスの魔力を宿した「漆黒の紫」**。
それらが、ミスリルと精霊鉱の合金によってマーブル状に融合し、鎖で繋がれている。
「どうでい? 究極の三節根の握り心地は?」
「……最高です。手に持った瞬間、軌道が見えるようだ」
真守が軽く手首を返すと、三節根は音もなく空気を滑った。風切り音すらしない。あまりに鋭すぎて、空気が切れているのだ。
「名前は? オメェが決めてくれ。ワシには荷が重すぎる」
「そうですね……」
真守は武器を見つめ、少し考え込んだ。
三つの最強の力。それを統べる一本の棒。
「究極の力……王様、帝王……よし。『王帝』にしよう。お前は今日から王帝だ!」
「王帝か……。単純だが、コイツにはお似合いだ」
ガンツはニヤリと笑い、工房の外を顎でしゃくった。
「さあ、試し斬りといこうじゃねぇか。ちょっと力を入れて振ってみろ」
◇
場所を移し、アルニア村の海を一望できる崖の上。
フィリア、エルミナ、デュラスが見守る中、真守は海に向かって立った。
「まずは軽く、素振りからだな」
真守は『王帝』を構える。
魔力も闘気もない彼だが、武器そのものが力の塊だ。ほんの少し、意識を集中してグリップを握り込む。
「……ふっ!」
真守は水平に、何気なく三節根を振るった。
それは、ラジオ体操のような軽い運動に見えた。
しかし。
ズンッ!!
振った瞬間、音よりも先に衝撃が走った。
真守の前方の空気が歪み、不可視の刃となって海面へ奔る。
「……え?」
フィリアが目を丸くした。
ザパァァァァァァァァァン!!!
轟音と共に、海が真っ二つに割れた。
水しぶきが上がるレベルではない。数百メートル沖まで、海底の砂が見えるほどの「道」ができ、左右の海水が壁となって屹立している。
モーゼの十戒もかくやという光景だ。
「な、な、な……!?」
「海が……裂けました……?」
エルミナとフィリアが腰を抜かす。
デュラスは吸っていたタバコをポロリと落とした。
「おい……冗談だろう? 魔力も込めずに、ただの風圧で海を割ったのか?」
「お、おお……! 想像以上の切れ味だ!」
真守本人は、その威力に驚きつつも、どこか楽しげだった。
新しい玩具を手に入れた子供のように、彼は次なる標的を探す。
「次は、縦の動きだ」
真守が『王帝』を振り上げ、地面に向かって叩きつけるように振り下ろす。
ズゴゴゴゴゴゴッ!!
大地が悲鳴を上げた。
崖の先端から、遥か彼方の森まで、定規で引いたような一直線の地割れが走る。
地層の断面が綺麗に見えるほどの、鮮やかな切断。
「次は、空!」
返す刀で、真守は天空へ向かって斬り上げた。
ヒュンッ!
その軌跡に沿って、空を覆っていた分厚い雲が、スパンと両断された。
割れた雲の間から、鮮烈な太陽の光が「光の道」となって降り注ぐ。
海を斬り、大地を斬り、空を斬る。
真守は『王帝』をカシャンと折りたたみ、満足げに息を吐いた。
「ハハッ、こりゃ良いな。手に馴染むし、肩こりも治りそうだ」
彼は破壊された自然の脅威を背に、爽やかに笑った。
「必殺技でも考えるか? ……なーんてな。ただの棒振りだよ」
その言葉に、後ろのギャラリーたちは戦慄と歓喜の表情を浮かべた。
「マモル凄ーい!! さすが私のマモル!!」
「マスター! 今のは神話の再現ですか!? 後光が差してます!!」
フィリアとエルミナがキャキャッとはしゃぎながら抱きつく。
ガンツは「ワシはとんでもない物を生み出してしまったかもしれん……」と震えながらも、職人としての絶頂に達して涙を流している。
一人、デュラスだけが額を押さえていた。
「……おい兄弟。それは『ただの棒振り』じゃない。戦略兵器だ。頼むから、夫婦喧嘩でそれを振り回さないでくれよ……?」
アルニアの海風に吹かれながら、真守は最強の武器『王帝』を腰に差した。
住宅ローンを抱えた教師は、気づけば世界を滅ぼせる力を手に入れてしまっていたが、本人の関心は「今日の晩飯」に向いているのであった。




