EP 15
リザードマンの襲撃から一夜明けた、アルニア村。
朝日が昇る中、加藤真守のマイホーム(外見は廃屋)の一室で、ワイズ皇国の重鎮、デュラス・ガルデウス公爵が目を覚ました。
「……ん、む……?」
デュラスはゆっくりと瞼を開け、自分がどこにいるのかを一瞬見失った。
背中に感じる感触が、あまりにも異次元だったからだ。
「な、なんだこの『寝具』は……!? 雲か? 私は雲の上で寝ていたのか?」
彼が寝ていたのは、真守がポイント交換で奮発した『高級ポケットコイルマットレス(ダブルサイズ)』と、『最高級羽毛布団』のセットだ。
魔界の高級宿ですら、寝床といえば最高級の毛皮か、魔獣の羽毛を詰めた袋程度。身体の形状に合わせて沈み込み、かつしっかりと支えるこのスプリングの技術は、魔法文明を超越していた。
「……腰が、痛くない。万年腰痛だった私の腰が、羽のように軽い……!」
デュラスは感動に打ち震えながら起き上がった。
部屋の温度は、エアコンの自動運転で常に快適な24度に保たれている。
窓(遮光カーテン)を開ければ、そこには美しいアルニアの海。
「……至福の寝心地とは、この事か。魔王城の寝室ですら、これに比べれば石の上のごとし……」
◇
デュラスがリビングに降りると、すでに朝食の準備が整っていた。
キッチンから漂う、出汁と焦げた醤油の香り。
「お、起きたかデュラスさん。昨日は暴れたから腹減ったろ」
「おはようございます、デュラス様! 今朝は和食ですよ!」
エプロン姿の真守とフィリアが、テーブルに湯気の立つ皿を並べている。
エルミナはすでに席につき、箸を両手に持ってワクワクしていた。
「今日のメニューは、炊きたてのご飯、ワカメと豆腐の味噌汁、ピラダイの塩焼き、そして**新鮮野菜のサラダ(和風ドレッシング)**だ」
真守が説明すると、デュラスはゴクリと喉を鳴らした。
見た目は質素だが、その香りの情報量が凄まじい。
「……では、いただこう」
デュラスは箸を器用に使って、ピラダイの身をほぐし、口に運んだ。
皮はパリッ、身はフワッ。絶妙な塩加減。
「むぅっ……!」
次に、白米をかきこむ。
「……う、うまい。なんだこの白い穀物は。噛めば噛むほど甘みが溢れ出す。魚の塩気と混ざり合って、口の中でとんでもない調和を奏でているぞ……!」
そして、味噌汁。
「ずずっ……はぁ……。これは……魂に染みる味だ……。魔界の毒々しいスープとは違う、優しさと深み……」
デュラスの手が止まらない。
サラダにかかった和風ドレッシングの酸味も、脂っこい中華好きの彼には新鮮だった。
「何という美味しさだ……。こんな朝食を毎日食えるのか? この家は」
「まあ、俺が作る限りはな」
真守がコーヒーを啜りながら答えると、デュラスの瞳の中で、ある「決意」が固まった。
その眼光は、昨日の戦闘時よりも鋭かった。
◇
朝食後、デュラスの行動は迅速かつ冷徹だった。
彼はすぐにコートを羽織り、村長の家へと向かった。
「ラミアス殿。単刀直入に言おう」
執務室に入ったデュラスは、ラミアスに重々しく告げた。
「昨日の襲撃を受け、私は痛感した。魔族と人間、互いの理解不足が争いを生むのだと。よって、私はこの村にしばらく滞在し、**『異文化交流の推進』**に努めたいと思う」
「は、はぁ……。それは願ってもないことですが……」
「もちろん、タダでとは言わん。我が部下たちを村の警備や労働力として提供しよう。彼らの滞在費と食費は、彼ら自身に稼がせる」
「へ?」
デュラスの後ろに控えていた、視察団の護衛隊長(エリート魔騎士)が素っ頓狂な声を上げた。
「か、閣下? 本気ですか? 我々が……その、自給自足をするのですか?」
「あぁ、問題ない。貴様らも昨日の戦いで痛感しただろう? 実戦経験と、現地民との交流こそが最強の騎士を育てるとな」
「は、はあ……(昨日は閣下の影狼が全部倒したような気もしますが……)」
「本国には上手く伝えておけ。『深淵なる外交戦略のため、長期潜入任務に就く』とな。よいな?」
デュラスの「逆らうと影縫いの刑だぞ」という無言の圧力に、隊長は直立不動で敬礼した。
「わ、分かりました! 総員、直ちに自警団へ入隊し、村の復興支援にあたります!」
こうして、ワイズ皇国のエリート騎士たちは、高価な鎧を脱ぎ捨て、つなぎ(作業着)に着替えて村の畑仕事や土木工事に従事することになった。
彼らの寝床は、村外れの広場に張られたテント村である。
「閣下……我々はテントで、閣下はどちらへ?」
「私は最前線で指揮を執る。……あの『白い館(マモルの家)』という名の司令部でな」
◇
その日の夕方。
デュラスは僅かな私物(着替えとタバコ、競馬新聞のバックナンバー)を持って、堂々と真守の家に引っ越してきた。
「というわけで、世話になるぞ、マモル。家賃として、私のへそくり(金貨)と、部下からの上納品(極上の酒)を入れよう」
「……まあ、部屋は余ってるし、金払いと行儀が良いなら構わないよ」
真守としては、ローンの返済に充てられる現金収入はありがたい。それに、デュラスとは「おっさん趣味」が合う。
「よろしくな、マモル」
「あぁ」
「よろしくね、デュラスさん! 晩酌の相手が増えて嬉しいわ!」
フィリアが笑顔で迎え入れる。
リビングのテーブルには、デュラスが持ち込んだ高級魔界酒と、真守が出した「おでん(ポイント交換品)」が並んでいる。
「カンパ~イ!」
「カンパ~イなのです~!」
真守、フィリア、エルミナ、そしてデュラス。
人間、天使、魔族。
本来なら殺し合うはずの種族たちが、月下のテラスで酒の盃を交わしている。
「くぅ~っ! この『大根』という具、味が染みてて最高だな!」
「デュラス様、カラシをつけると飛びますよ~」
「ほう、天使にしては気が利く」
月明かりの下、笑い声が響く。
村外れのテント村で「寒ぃ……」「閣下は今頃何を……」と震える部下たちのことは、今は誰も知らない。
奇妙な四人の共同生活は、こうして賑やかに幕を開けたのだった。




