EP 53
『決死の料理当番と、黄太郎鉄道の旅』
夕暮れ時。
マモルとアルカは、温かい気持ちで帰宅した。
「ただいまー!」
アルカが元気にドアを開ける。
しかし、リビングに入った瞬間、マモルの「温かい気持ち」は氷点下まで冷却された。
「あら、お帰りなさいませ。旦那様♡」
キッチンには、フリフリのエプロンを着て、包丁を逆手に持ったヴァルキュリアが待ち構えていた。
まな板の上には、見たこともない紫色の野菜と、蠢く謎の肉が鎮座している。
「今からお食事を作りますわ。今日は張り切って『マンドラゴラの悲鳴炒め』を……」
ガタッ!!
その瞬間、リビングで新聞を読んでいたデュラスが、音もなく窓を開け、片足を外に出して逃亡の体勢に入った。
二階からは、荷物をまとめたエルミナとフィリアがロープで降りようとしているのが見えた。
(……こいつら、俺がいない間に逃げる算段を!?)
マモルは瞬時に悟った。ここでヴァルキュリアに料理をさせれば、今夜アルニア公爵邸は死の灰に包まれる。
マモルは玄関から滑り込むようにキッチンへ突撃し、ヴァルキュリアの手をガシッと掴んだ。
「い、いや! ヴァルキュリア! 待ってくれ!」
「あら? どうされました?」
「今日は……俺が! 俺が作るよ!」
マモルの必死の形相に、ヴァルキュリアはきょとんとした。
「まぁ、そうなのですか? 旦那様がお料理を? そのような下働きをさせるわけには……」
「違うんだ! う、うん、俺の世界では、男が家事をするのは当たり前なんだ! それに……」
マモルは一世一代の「口説き文句(嘘)」を放った。
「お、俺、料理するのは好きだからな。今日は……ヴァルキュリアに、俺の料理を食べさせたいんだ」
「……!」
ヴァルキュリアの頬が、ポッと朱色に染まった。
「まぁ……マモル様の手料理を、私に? ……楽しみですわ♡」
「ふぅ……」
マモルは心の中でガッツポーズをした。
その隙に、逃げようとしていたデュラスがすかさず加勢する。
「そ、そうだ! 今日はマモルが料理当番の日だ! 我々のルールでな!」
「えぇ! そうですわ! マモル様の料理って絶品ですから! ねっ、フィリアさん!」
ロープから戻ってきたエルミナも必死だ。
「そ、そうね! じゃ、じゃあ……私はマモルの料理を手伝うわね!」
フィリアがキッチンに入ろうとすると、ヴァルキュリアも対抗意識を燃やして包丁を握り直した。
「あら? それなら私も、マモル様の料理をお手伝い……」
「ダメだァァァァッ!!」
全員の叫びがハモった。
ヴァルキュリアがキッチンに入れば、調味料と間違えて「聖水(味を消滅させる)」を入れる可能性がある。
「な、何を言ってるんだ! エルミナ、ヴァルキュリア達は……遊んでなさい!」
マモルは冷や汗を拭いながら、テレビの方を指差した。
「そうだ! みんなでゲームをしててくれ! テレビで……えっと、『赤梅太郎も真っ青な、黄太郎鉄道』ゲームで遊んでてくれ!」
「き、黄太郎鉄道?」
ヴァルキュリアが首を傾げる。
それは、マモルが日本から持ち込んだ、サイコロを振って日本全国を巡り、物件を買い占めて社長を目指す、あの国民的ボードゲームだ。
「そうだ! 中々面白いぞ!」
デュラスが即座にソフトを起動した。彼も生き残るために必死だ。
「サイコロを転がして、色んな世界を旅するゲームだ。……言わば、『卓上の世界征服シミュレーション』ですな」
「世界征服……!」
ヴァルキュリアの目が輝いた。そのワードは天界族長の琴線に触れる。
「そ、そうね! あれは皆でしたら盛り上がるわ~! お金の計算とか、ヴァルキュリア様お得意そうですし!」
フィリアがコントローラーを押し付ける。
「そうなのですね……。ふふ、楽しみですわ。マモル様が料理を作っている間、私がこの卓上の覇者となりましょう」
ヴァルキュリアはエプロンを外し、優雅にソファーへ座った。
マモルは崩れ落ちそうになる膝を支え、キッチンへと消えた。
「……助かった」
その後、キッチンからはマモルが包丁を叩く心地よい音が。
リビングからは、ヴァルキュリアの興奮した声が響いてきた。
「まぁ! 『特急カード』ですって!? 素晴らしい機動力!」
「えぇっ!? 『貧乏神』!? 何ですかこの不潔な神は! ライトニング・ボルトで消せませんの!?」
「この『札幌』という土地の物件を全て買い占めますわ。……ふふふ、独占。快感ですわね……」
どうやら、彼女の管理能力と支配欲は、鉄道ゲームと極めて相性が良かったようだ。
マモルが美味しい唐揚げ定食を持って戻る頃には、ヴァルキュリアは総資産トップの「大社長」として君臨し、デュラス(借金まみれ)を見下ろして高笑いしていた。




