EP 11
エルミナが真守の家に転がり込んでから、数日が経過した。
「マモル様~! この『トースター』という神具は凄いです! パンを入れるだけで、外はカリッ、中はフワッとなるなんて!」
「はいはい。パンくずをこぼすなよ、元聖騎士様」
「もう一枚! イチゴジャムたっぷりでお願いします!」
かつての静寂(と偽装された廃屋感)はどこへやら。
朝のリビングは、食欲旺盛な駄天使と、世話焼きのフィリア、そして家計簿(ポイント残高)を気にしながらコーヒーを啜る真守の三人で、賑やかすぎるほどだった。
「……平和だなぁ」
真守は赤マルの煙を換気扇に吸わせながら、ぼんやりと呟いた。
だが、そんな平穏は、村の外からやってきた黒塗りの高級馬車によって破られることになる。
◇
その日、アルニア村は朝からピリピリとした空気に包まれていた。
ワイズ皇国からの重要人物、デュラス・ガルデウス公爵率いる親善視察団が到着したのだ。
村の広場には、漆黒の塗装が施された重厚な馬車が止まり、中から仕立ての良いロングコートを着たナイスミドルが降り立った。
「よ、ようこそお越しくださいました、デュラス公爵閣下。村長のラミアスです」
歴戦の勇者であるラミアスですら、相手が魔族の大貴族となれば緊張で顔が強張る。
デュラスはモノクル越しに村を見渡し、慇懃な笑みを浮かべた。
「出迎え感謝する、ラミアス殿。なに、堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。私はこの村の……豊かな食文化と産業を視察しに来ただけですから」
(……というのは建前で、本当はここから近い『第3ジオ・リザード競馬場』への移動中に、美味いと噂の地酒を買いに来ただけだがな)
デュラスは心の中で毒づきながら、視察を開始した。
「ふむ、これがアルニア塩ですか」「ほう、トライバードの飼育状況も悪くない」と適当に褒めつつ、彼の興味はすでに「早く終わらせて一服したい」という点に向いていた。
その時だった。
村の雑貨屋(兼G-マート出張所)の前で、キャッキャと騒ぐ女性の声が聞こえた。
「フィリア様! 見てください、新作の『ポテトチップス・コンソメパンチ味』が入荷しています!」
「ほんとだ! マモルにおねだりしなきゃ!」
デュラスがふと視線を向ける。
そこには、地味な村娘と、場違いなほど真っ白なワンピースを着た金髪の美少女がいた。
そして、その美少女の背中には、魔法で隠しきれていない微弱な神気と――見覚えのある白い翼のシルエットがあった。
「……ん?」
デュラスの目が細められる。
魔族の鋭い感覚が、その正体を見抜いた。
「おい、そこの娘」
デュラスは護衛を制し、単身で歩み寄った。
「は、はい? ……ひゃっ!?」
振り返ったエルミナは、目の前に立つ長身の男から溢れ出る「魔族のオーラ(しかも高位貴族)」を察知し、持っていたポテチを落とした。
「き、貴様……何故こんな辺境に『天使族』が居るのだ? しかも、そのマヌケな格好はなんだ」
デュラスが怪訝そうに尋ねる。
天使族といえば、天空に引きこもっている高慢ちきな連中だ。それがなぜ、ポテチを持って人間の村にいるのか。
その問いに対し、エルミナの反応は劇的だった。
「は、はわわわわっ! ま、魔族ですぅぅぅ!!」
エルミナは素っ頓狂な悲鳴を上げ、隣にいたフィリアの背中に隠れた。
「こ、怖いですぅ! きっと私を捕まえて、あんなことやこんなことをして、最後には競馬新聞の買い出しに行かせる気なんですよぉ!」
「……は?」
デュラスの眉がピクリと跳ねた。
「な、何を言うか。失礼な。私はワイズ皇国の特使だぞ? 買い出しなど従者にやらせるわ」
「ひぃぃ! やっぱりパシリにさせる気だぁ! フィリアお姉様、助けてぇ!」
フィリアを盾にしてガタガタ震える元聖騎士。
そのあまりの情けなさと、偏見に満ちた発言に、デュラスの「親父心」ではなく「貴族のプライド」が少し傷ついた。
「ええい、鬱陶しい! 誰が貴様のようなポンコツ天使を……」
デュラスがイラついて手を伸ばしかけた、その時。
「おーい、フィリア、エルミナ。買いすぎだぞ」
背後から、気だるげな男の声が掛かった。
荷物持ちとして遅れてやってきた、作業着姿の真守だ。
口にはいつもの赤マルを咥えている。
「あ、マモル!」
「マスター! 助けてください! 悪の魔族幹部が出たんですぅ!」
エルミナが真守に泣きつく。
真守は「はいはい」とあしらいながら、目の前の「悪の幹部」を見た。
そして、二人は同時に固まった。
「……あ」
「……おや」
真守がタバコを指に挟む。
デュラスがモノクルの位置を直す。
そこには、先日競馬場の喫煙所で「ライターを貸した男」と、「外れ馬券の愚痴を言い合ったおっさん」がいた。
「……なんだ、アンタか。『ブラックサンダー』の」
「……奇遇だな、兄弟。『赤マル』の」
二人の間に流れる、奇妙な連帯感。
ラミアスや護衛たちが「知り合いか!?」と驚愕する中、デュラスは急に表情を崩し、ニヤリと笑った。
「なるほど、合点がいった。このポンコツ天使の飼い主は貴様か」
「飼い主じゃない。居候だ。……で、アンタ、偉い魔族様だったのかよ」
「ふっ、まあな。……ところで兄弟、少し休憩したいのだが。貴様の家には、あの『冷えたビール』はあるか?」
デュラスの言葉に、エルミナが「はわ?」と顔を出す。
「え、えっと……知り合いなのですか?」
「ああ。競馬場のマブダチだ」
「マブダチ……?」
数分後。
村長ラミアスが「えっ、公爵閣下がマモル殿の家に!? しかも護衛払い下げで!?」とパニックになる中、真守のマイホームのリビングには、奇妙な光景が広がっていた。
ソファの真ん中に魔族の公爵。
右端に縮こまる天使。
キッチンでおつまみを作る人間。
そして、換気扇の下でタバコを吸う家主(真守)。
「くぅ~っ! このキンキンに冷えた一番搾り……! 昼間の視察の疲れが吹き飛ぶわ!」
「飲み過ぎるなよ。税金だろそれ」
「うるさい。……おい天使、さっきのポテチを開けろ。塩気が欲しい」
「は、はいっ! どうぞ魔族様!」
「……マモル様ぁ、あの人、すごく偉そうなのに、やってることが新橋のサラリーマンみたいですぅ……」
「シッ。聞かれたら影縫いで吊るされるぞ」
こうして、種族と立場を超えた「カオスな飲み会」が、真守の家で開催されることになったのだった。




