EP 52
『ごめんなさいの重さと、夕暮れの宝物』
放課後の教室。
重苦しい沈黙が支配していた。
ドワーフのドドスと鬼人のキリュウは、教室の隅で身を寄せ合い、ビクビクと震えていた。彼らの脳裏には、さきほど校庭に穿たれたクレーターの映像が焼き付いている。
「な、なんだよ……」
「こっちに来るんじゃねぇよ……食われる……」
そこへ、ルリィに手を引かれたアルカが近づいてきた。
アルカの表情は硬く、俯いている。
「皆、違うの」
ルリィが勇気を出して、震える二人の前に立った。
「アルカちゃんは知らなかっただけなの。力が強すぎて、加減が分からなかっただけ。……これからは、きちんとするから」
「う、嘘だぁ……あんなの怪獣だぞ……」
ドドスが涙目で首を振る。
アルカが一歩前に出た。
小さな拳をギュッと握りしめている。神としてのプライドも、万能感も、今は捨てて。ただ、友達になりたい一心で。
「こ、怖がらせて……ご、ご、ご……」
言葉が詰まる。謝ることなんて、数万年の時の中で一度もしたことがなかったから。
ルリィがそっと背中を摩る。
「アルカちゃん」
その温もりに押され、アルカは大きく頭を下げた。
「怖がらせて、ごめんなさい!!」
教室に響く、精一杯の声。
「……!」
ドドスとキリュウが顔を見合わせた。
あの「破壊神」が、自分たちのような子供に頭を下げている。
「ほ、本当か? もうあんな凄いの投げないか?」
「い、苛めないか? 俺たちを食べたりしないか?」
アルカは顔を上げ、必死に首を振った。
「しない! しないよ! アルカは……皆と仲良くしたい!」
その瞳に嘘がないことは、子供の彼らにはすぐに分かった。
ドドスが鼻をすすり、ニカッと笑った。
「……分かった。謝ったなら、いいぜ。俺達は友達だ!」
「うん、よろしくな! アルカ! ……でもドッジボールは手加減してくれよな?」
キリュウも安堵のため息をついて笑った。
「皆!」
ルリィが嬉しそうに手を叩く。
「……ありがとう!」
アルカの瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
時間を戻して「なかったこと」にするのではなく、過ちを認めて「これから」を作る。それがこんなにも嬉しいことだなんて、知らなかった。
ガララッ。
教室の扉の隙間から、その様子を見ていたマモルは、静かに目を細めた。
(良かったな、アルカ。それが「成長」だ)
マモルは誰にも気づかれないように、そっと職員室へと戻っていった。
***
茜色に染まる通学路。
マモルとアルカは、二つの長い影を伸ばして家に帰っていた。
行きとは違い、アルカは少し後ろを、もじもじしながら歩いていた。
「……」
「どうした? アルカ」
マモルが立ち止まって振り返る。
アルカはトテトテと駆け寄ると、マモルの大きな手をギュッと握った。
「……今日は、ごめんなさい」
消え入りそうな声。
学校での騒動について、マモルにも迷惑をかけたことを気にしているのだ。
マモルは優しく微笑み、アルカの頭を撫でた。
「いいんだ。ちゃんと謝れたもんな」
「うん……」
「アルカ、今日は友達が出来たな」
マモルが言うと、アルカは小さく頷いた。
ルリィ、ドドス、キリュウ。今日できた、初めての対等な存在。
「これからは、一緒に勉強して、笑って、泣く友達だ」
「なく?」
アルカは首を傾げた。
「泣くのは嫌だ。アルカが一緒なら、もう泣かせないもん。強い力で守ってあげるもん」
彼女にとって「泣く」ことは悲しいこと、避けるべきことだ。
だが、マモルは夕日を見つめながら言った。
「笑っても、泣いても良いんだ。そばに居てやる優しさが有ればな」
「?」
「辛い時に一緒に泣いてくれる。それが本当の友達だ。力で解決するだけが、守ることじゃないんだよ」
「……よくわかんない」
アルカは正直に言った。神竜にとって、それはまだ難しい哲学だ。
マモルは笑って、もう一度わしゃわしゃと頭を撫でた。
「今は分からなくていいさ。……アルカはこれから、どんどん『宝物』が増えるんだ。楽しみだな」
「そうなの? たからもの?」
アルカの目が輝いた。彼女の知る宝物は金銀財宝だが、マモルの言うそれは、もっと温かくて、キラキラしたもののような気がした。
「よくわかんないけど……嬉しい!」
アルカはマモルの手をブンブンと振った。
「帰ったら、エドガーとヴァルキュリアとお姉ちゃんたちに自慢する!」
「あはは、そうだな。……でも、島を消したことは内緒にしておこうな?」
「うん!」
夕闇が迫る中、親子のような二人の笑い声が響く。
最強の始祖竜は今日、世界征服よりも価値のある「小さな一歩」を踏み出したのだった。




