EP 51
『神様の時間論と、兎の勇気』
ドッジボールという名の兵器実験が終わった直後。
校庭は、爆撃を受けたかのような静寂に包まれていた。
「アルカ! こっちに来い!」
マモルはアルカの腕を掴み、生徒たちの視線から隠すように校舎の裏へと連れて行った。
普段は優しいマモルの、見たこともない険しい表情。
「え? ……マモル?」
アルカは戸惑った。なぜ怒られているのか分からない。
ボールは当たらなかったし、ゲームには勝った(相手が戦意喪失した)はずだ。
「アルカ! 何故あんな事をしたんだ! 手加減しろと言っただろ!」
「え……マモ、マモル……怒ってる……の?」
マモルの大声に、アルカの瞳に涙が溜まる。
「当たり前だ! あんな事をしたら……もし当たっていたら、死人が出るぞ!」
マモルは本気で叱った。
だが、アルカは口を尖らせ、神としての「理屈」を口にした。
「……平気だよ」
「何?」
「わ、私は『時』を操れるもん。もし死んじゃっても、時間を巻き戻せば……元に戻せるもん。だから平気だもん」
それは、超越者ゆえの傲慢。
死すらリセットできる彼女にとって、生命の危機など遊びの一環でしかない。
その言葉を聞いた瞬間、マモルはアルカの両肩を強く掴んだ。
「バカッ!!」
「ひゃっ……!」
「命はゲームじゃない! 死んだら終わりなんだ! それに……たとえ生き返ったって、『恐怖』は消えない! 傷ついた『心』までは戻らないんだぞ!」
マモルの悲痛な叫び。
アルカは呆然とした。
(……こころは、もどらない?)
理解できなかった。けれど、マモルが自分を拒絶していることだけは伝わってきた。
「う、うわぁぁぁぁん!! マモルが怒ったぁぁ! 嫌われたぁぁぁ!」
「泣いたってダメだ! ドドス達に謝ってこい! 仲直りしないと、二度と学校には来させないからな!」
「マモルのバカぁぁぁぁ!!」
アルカはマモルの手を振りほどき、泣きながら校舎の影へと走り去ってしまった。
***
校庭の隅にある、大きな銀杏の木の下。
アルカは膝を抱えてうずくまっていた。
「ぐすっ……うぅ……わかんない……」
地面に落ちた葉っぱを、指先でいじる。
「時間を戻せば……なかったことになるのに……元通りになるのに……なんでマモルは怒るの……?」
世界を創造し、破壊してきた始祖竜にとって、人間の「脆さ」は理解の範疇を超えている。
孤独感が胸を締め付ける。
(……もういいもん。このままお空に帰ってやるもん)
そう拗ねていた、その時だった。
「……アルカちゃん」
背後から、おずおずとした声が掛かった。
アルカが涙目で振り返ると、そこには兎耳族の少女、ルリィが立っていた。
彼女の長い耳は、恐怖でプルプルと震えている。
「ルリィ……?」
アルカは鼻をすすった。
「震えてるの? ……あんなの見たら、怖いでしょ? 何で来たの?」
さっきの衝撃波で、ルリィも腰を抜かしていたはずだ。自分は化け物だと思われているはずだ。
けれど、ルリィは逃げなかった。
彼女はおずおずと近づき、アルカの隣にそっと座った。
「……ほ、ほっておけないから」
「……?」
アルカは首を傾げた。
「わかんない。ルリィも、マモルも……アルカが怖いなら、嫌いなら、離れれば良いじゃない。何で近づくの?」
合理的な問いかけ。
ルリィは少し考えてから、震える声で、けれどはっきりと言った。
「う~ん……皆、アルカちゃんが『心配』だから、こうするんだと思う」
「しんぱい?」
「うん。マモル先生が怒ったのも、アルカちゃんが大切だからだよ。……私も、アルカちゃんが一人で泣いてると思ったら、足が勝手に動いちゃった」
ルリィは恥ずかしそうに笑った。
「だって……クラスメイトだもん。『お友達』だもん」
「おともだち……」
その言葉は、アルカの胸に温かく響いた。
恐怖を超えて、踏み込んでくれる存在。時間を巻き戻さなくても、寄り添ってくれる存在。
それが、マモルが言っていた「心」なのかもしれない。
「……ルリィ」
アルカの目から、今度は違う種類の涙が溢れた。
「ありが……とう……」
「どういたしまして」
ルリィは優しく微笑むと、アルカの小さな手をギュッと握った。
兎の獣人の手は温かく、柔らかかった。
「じゃあ……一緒に行こう? ドドス君達に、仲直りしに」
「……うん」
アルカは涙を拭い、ルリィの手を握り返した。
その手には、もう神竜の力は込められていない。ただの女の子の強さで、しっかりと握られていた。
校舎の影から、二人が歩き出す。
その背中を、遠くからマモルが安堵の表情で見守っていることに、アルカはまだ気づいていなかった。




