EP 50
『黄金の計算と、音速の尻尾スマッシュ』
アルニア公立学校、1年A組。
転校生として紹介されたアルカは、マモルが用意した特等席(教卓のすぐ前の席)にちょこんと座っていた。
「じゃあ、アルカがいるから、今日は簡単な授業から始めるぞ~」
マモルが言うと、教室中の子供たちが「やったー!」「遊びがいいー!」と喜んだ。
マモルは黒板にチョークを走らせる。
「えー、算数の問題です。ある街に、お買い物をしている娘がいました。彼女は『金貨1枚』を持っています」
マモルは子供たちを見渡す。この世界の貨幣価値は、金貨1枚=銀貨10枚が相場だ。
「娘は、銀貨1枚する高い果物を5個買って、帰りにレストランで銀貨1枚の食事をしました。そして家に帰った時、お母さんからお小遣いで銀貨3枚をもらいました。……さて、娘は今、いくら持っているでしょう?」
シン……。
教室が静まり返った。
「うーん……金貨から銀貨を引くの?」
「果物が5個だから……えっと……」
獣人の子供やエルフの子供たちが、指を折って数えながら頭を抱える。
1年生には少し複合的で難しい問題だったかもしれない。マモルがヒントを出そうとした時だった。
「はい! わかった!」
アルカが元気よく手を挙げた。
「銀貨7枚!」
即答だった。
マモルは目を丸くした。計算式を書く時間すら与えていない。
「お! アルカ、正解だ! すごいな!」
「えへへ~」
教室中から「すげー!」「天才だ!」と拍手が巻き起こる。
アルカは照れくさそうに鼻の下をこすった。
(……そうか。竜族は財宝を溜め込む習性がある。自分の財産管理に関しては、本能レベルで計算が速いのか……)
マモルは妙なところで納得した。
***
そして、3時間目。体育の時間。
校庭に集まった子供たちは、紅白に分かれていた。
「今日はドッジボールだぜ!」
ドワーフの子供、ドドスが鼻息荒くボールを握りしめた。彼はクラス1の力持ちだ。
「負けないぜ!」
鬼人の子供、キリュウも闘志を燃やす。
「えっと、アルカちゃん、ルール分かる?」
心配そうに声をかけたのは、兎耳族の気弱な少女、ルリィだ。
「えっと……ボールに当たらなくて、相手に当てれば良いんだよね?」
「そうだぞ。あの白線の内側で勝負するんだ。線からはみ出したらダメだぞ」
マモルが審判として補足する。
「分かった!」
ピーッ!
マモルの笛で試合が始まった。
「行くぜぇぇ!」
ドワーフのドドスが剛腕を振るう。
ズドン!
重いボールがアルカ陣営の子供に直撃した。
「いった~い!」
「よ~し、退場だ。外野に行って」
「はーい……」
序盤はドドスとキリュウの独壇場だった。彼らのパワーに、他の種族の子供たちは逃げ惑うばかり。
「え~い!」
ルリィが必死にボールを投げるが、ふんわりとした山なりボールだ。
バシッ!
キリュウが余裕でキャッチする。
「へっ、緩いぜルリィ! お返しだ!」
キリュウが鬼族特有の怪力で振りかぶった。狙いは逃げ遅れたルリィだ。
「きゃ~っ!」
ルリィが身をすくませる。
ボールが放たれようとした、その瞬間。
バシィッ!!
小さな手が、キリュウの手から放たれたボールを空中で掴み取っていた。
横から割り込んだアルカだ。しかも、片手キャッチ。
「え……!?」
キリュウが固まる。
「えっと~……相手にぶつければ良いんだよね?」
アルカは無邪気に微笑んだ。
その瞬間、彼女のお尻から、純白に輝く『神竜の尻尾』がニュッと出現した。
「……ん?」
マモルが嫌な予感を察知するより早く、アルカはボールを真上へ放り投げた。
「いくよ~!」
ドンッ!!
アルカが地面を蹴る。
それだけで校庭にクレーターが出来た。
彼女は遥か上空、校舎の屋根より高く飛び上がり、落下してくるボールに合わせて空中で回転した。
「ア、アルカ! ダメだ!」
マモルの制止は届かない。
アルカは自身の強靭な尻尾に遠心力を乗せ、ボールを叩きつけた。
「えいっ!」
ズドォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
轟音と共に、土煙が舞い上がった。
ボールは音速を超え、狙われていたドドスとキリュウの横を掠め――そのまま地面にめり込んだ。
「あ、外しちゃった」
アルカがふわりと着地する。
土煙が晴れると、そこには隕石が落ちたような深さ1メートルの穴と、その底でひしゃげたボールがあった。
「……」
「……」
ドドスとキリュウは、腰を抜かして座り込んでいた。
股間がじんわりと濡れている。彼らは「敗北」ではなく「死」を見たのだ。
「う、うわあああああん!!」
「うっ、うっ、うぇぇぇぇん!! お母ちゃぁぁぁん!!」
クラスのガキ大将たちが、あられもない姿で泣き叫ぶ。
「あれ? どうしたの? 何故泣いてるの? 当たらなかったよ?」
アルカは不思議そうに尻尾をパタパタと振った。
マモルは頭を抱えてうずくまった。
「……先生、今日で辞表を書くことになるかもしれない」
最強の転校生のデビュー戦は、クラスの勢力図を一瞬で書き換える結果となったのだった。




