EP 46
『涙の猛攻と、地獄の花嫁修業』
マモルの自宅リビングは、凍てつくような緊張感に包まれていた。
先程まで「ちょっと待った!」と叫んでいたエルミナとフィリアに対し、渦中のヴァルキュリアは、きょとんとした顔で首を傾げた。
「あら? エルミナ、フィリアさん。そんなに慌ててどうしたのかしら?」
ヴァルキュリアは聖母のような微笑みを浮かべ、とんでもない解釈を口にした。
「もしかして……私とマモル様の門出を、祝福しに来たのかしら? まあ、気が利くこと」
「違いますよぉぉぉッ!!!」
エルミナとフィリアの絶叫がハモった。
フィリアが地団駄を踏みながら食って掛かる。
「何でマモルとくっつく事になってんのぉぉ!? ボディソープ貰いに来ただけじゃないの!? 話が飛躍しすぎよ!」
「あら? 飛躍とは心外ですわ」
ヴァルキュリアは涼しい顔で、マモルの腕に手を添えた。
「マモル様は素敵な御方。そして私も独り身。大人と大人が惹かれ合い、付き合うのは……私達の勝手ではなくて? 外野が口を挟むことではありませんわ」
「ぐぬぬ……!」
正論(?)を突きつけられ、フィリアが言葉に詰まる。
マモルは滝のような冷や汗を流しながら、必死に弁解しようとした。
「い、いや! 俺は! 何にも答えてなくて! その、あくまで俺はボディソープを……」
「……え?」
マモルの拒絶の言葉を聞いた瞬間。
ヴァルキュリアの大きな瞳が、みるみるうちに潤み始めた。
「マモル様……!?」
彼女はマモルの服の裾をギュッと握りしめ、震える声で訴えた。
「私に……何の不満が有りますの!? このヴァルキュリア、家柄も、戦闘力も、そして如何なる女性にも負けない美貌も有りますのよ!? なのに、お嫌なのですか……?」
ポロリ。
大粒の涙が、彼女の白磁の頬を伝い落ちる。
絶世の美女が、プライドをかなぐり捨てて泣いている。その破壊力は、ドラゴンのブレスよりも強力だった。
「うぅ……(お、俺は泣かれると弱いんだよなぁ……!)」
マモルは頭を抱えた。
ここで「嫌だ」と言えば、彼女は泣き崩れ、最悪の場合「ライトニング・ボルト(1億ボルト)」が暴発して家が消し飛ぶかもしれない。
マモルは妥協案を探り、恐る恐る提案した。
「い、いや! 嫌いとかじゃなくて! いきなり結婚とかは心の準備が、その……」
「準備?」
「そう! だから、ま、まずはお友達からっ! ……と言うのはどうでしょう?」
とりあえず「友達」という安全地帯に逃げ込もうとしたマモル。
しかし、ヴァルキュリアはその言葉をポジティブに脳内変換した。
「お友達から……つまり、『お互いを深く知る期間』を設けたいと?」
ヴァルキュリアは涙を指で拭い、パァァァッと顔を輝かせた。
「分かりました! では、この家で衣食住を共にし、私の良さを知って頂きます! 私、ここで花嫁修業しますわ!」
「ええぇぇぇッ!?」
友達から始めるはずが、なぜか「同棲スタート」になってしまった。
ヴァルキュリアはやる気満々で腕まくりをしている。
「さぁ、まずはマモル様の背中を流すところから……」
「待て待て待て!」
その時。
マモルの左右から、どす黒い殺気が膨れ上がった。
「マモル……」
「マモルさん……?」
フィリアとエルミナが、般若のような笑顔でマモルを見下ろしていた。
「友達からって言ったわよね? なんで同棲許可してんの?」
「拒否権を行使すべきでしたわね。……お仕置きです」
ドスッ!!!
ガッッ!!!
「いってえええええええッ!!!」
マモルの両足の甲に、ヒールと安全靴による渾身の踏みつけ(スタンプ)が炸裂した。
骨が軋む音と共に、マモルはその場にうずくまった。
「自業自得よ!」
「暫く正座で反省なさい!」
騒がしいリビングの片隅。
マモルたちの様子を(何らかの手段で)察知していたデュラスの心の声が、どこからともなく響いた気がした。
(……やれやれ。好意を無下に出来ない優しさが、最大の罪作りだということに気づかんのか)
(だから貴様は朴念仁なのだ、マモル)
足の激痛に耐えながら、マモルは「モテる男の苦悩(主に物理ダメージ)」を噛み締めるのだった。
こうして、ヴァルキュリアを加えた奇妙な共同生活が、幕を開けてしまったのである。




