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『任務失敗で逃げ出した元リーダーですが、最強の九尾の狐に拾われて過去の仲間を救いに行くことになりました』

作者: 神宮寺結衣
掲載日:2026/01/22

国営対妖魔特殊部隊「フォーマンセル」の四人は、その夜もまた、深山の旧鉱山跡に潜入していた。任務名は「深層封印破壊阻止」。地下深くに封じられていた古の淫魔が、最近になって封印の綻びを見せ始めていた。




上層部からの指令は明確だった。「淫魔の本体が目覚める前に、残存する封印結界をすべて再強化せよ。


万一の覚醒時には、即時殲滅に移行」リーダーであるさきは、隊列の先頭で松明代わりの魔導灯を掲げていた。




背後には、いつものように凛が無言で剣を構え、ハルが周囲の気配を探り、ゆうこが四人を包むように防御結界を維持している。




「異常なし……今のところは」




ハルが小さく呟く。




「でも、妙に静かだよね。嫌な予感しかしない」




さきは頷きながらも、心の中で自分を叱咤した。(落ち着け。私がリーダーなんだから)四人は最深部へと到達した。






そこには巨大な石碑が横たわり、表面に刻まれた古い呪文が微かに脈打っている。


封印の中心核だ。さきは指示を出す。




「凛、ゆうこ。左右から結界の補助術式を展開。


ハルは周囲の監視を続けて。


私が中心核に直接干渉する」




三人が一斉に動き出す。


さきは深呼吸をし、石碑の中心に刻まれた「鍵穴」へ、自身の魔力を集中させた。




――ここまでは、完璧だった。問題は、その直後。鍵穴に魔力を流し込んだ瞬間、


石碑の表面から、予想外の黒い脈が一気に広がった。




「っ!?」




さきは反射的に手を引こうとした。


しかし遅かった。黒い脈はさきの腕を伝い、魔力回路を逆流し始めた。


淫魔の「誘引」の一種――




接触した者の魔力を一時的に乗っ取り、封印を内側から破壊させる罠だった。




「さき! 離れろ!」凛が叫び、剣を振り上げて黒い脈を斬り裂こうとする。


だが、脈はすでに石碑全体を覆い、巨大な亀裂を生み出していた。




「まずい……これ、覚醒の前兆だ!」




ハルの声が初めて震えた。さきは歯を食いしばり、必死に魔力を引き戻そうとした。


しかし、逆流は止まらない。


むしろ、さきの魔力が餌となり、淫魔の力が加速していく。




「私が……私がやったせいで……」




頭の中で、同じ言葉が反響する。




(私の判断ミスだ)


(私が鍵穴に直接触れたから)


(私が、もっと慎重に確認していれば)




ゆうこが叫ぶ。




「さきちゃん、下がって! 私が結界で抑えるから!」




ゆうこが前に出て、全魔力を防御結界に注ぎ込む。


しかし、淫魔の力が予想を遥かに超えていた。


結界は一瞬でひび割れ、黒い霧が四人を飲み込もうとする。




「くそっ……!」




凛がさきを庇うように前に出るが、黒い霧に触れた瞬間、彼女の左腕が不気味に痙攣し始めた。「凛!」さきは咄嗟に飛び出し、凛を後ろに引き戻す。


その代償に、さきの胸に黒い爪痕のような傷が走る。




「全員、後退! 今すぐここから離脱する!」




さきの声は、初めて命令というより懇願に近かった。四人は必死に坑道を駆け上がった。


背後では、石碑が完全に砕け、淫魔の咆哮が地響きとなって追いかけてくる。坑道出口に辿り着いた時、


さきは振り返った。まだ、淫魔の本体は完全には目覚めていない。




しかし、封印はほぼ破壊され、あと数時間もすれば、この地域全体が汚染されるだろう。そして――それは、すべて自分の判断ミスから始まった。ゆうこが息を切らしながらさきの肩に触れる。




「さきちゃん……大丈夫?」




さきは答えられなかった。ただ、震える手で自分の胸の傷を押さえ、


ぽつりと呟いた。




「……ごめん」




凛が鋭く睨む。




「謝るな。今は生き延びることが先だ」




ハルが苦笑しながら言う。




「まぁ……確かに今回は、ちょっとリーダーの読みが甘かったかな」




その言葉が、さきの心に決定的な亀裂を入れた。




(私が、みんなを危険に晒した)


(私が、もっとしっかりしていれば)


(私が……いなければ)




その夜、報告書を提出した後、


さきは上層部に直談判した。




「今回の任務失敗の全責任は、私にあります。


以後の任務参加を辞退させてください」




上官は驚いた顔をしたが、


さきはもう、誰の目も見られなかった。翌朝、


フォーマンセルの寮から、さきの姿は消えていた。机の上に残された一枚のメモ。




「みんな、ごめん。


これ以上、迷惑はかけられない」




四人だったチームは、三人になった。そして、その空白は、


後に訪れる淫魔の毒によって、


さらに深い闇へと変わっていくことになる――。








さきが姿を消してから、ちょうど三年が経っていた。国営対妖魔特殊部隊の本部では、フォーマンセルの名前は今も残っている。




ただ、そこにいるのはもう三人だけだ。凛は以前より口数が減り、任務中はほとんど無言で剣を振るうようになった。




ハルは相変わらず軽口を叩くが、笑顔の裏に疲れが滲んでいる。


ゆうこは変わらず皆を包み込むように振る舞うが、夜中に一人で訓練場の隅で泣いているのを、誰にも知られていない。一方、さきは。山間の小さな集落で、名前を変えて暮らしていた。




「佐倉 咲」という偽名。




古い民家の離れを借り、近所の畑仕事を手伝いながら、静かに日々を潰している。剣は持っていない。


魔導具も、すべて捨てた。夜になると、あの日の黒い脈と仲間たちの叫び声が夢に出る。


目が覚めると、いつも胸の古傷が疼いていた。




「もう、戦わない」




自分に言い聞かせる言葉は、三年経っても色褪せなかった。そんなある晩。集落の外れで、小さな妖魔の群れが現れた。里の人間たちはパニックになり、逃げ惑う。




さきは、反射的に隠れ家の戸を閉めようとした。だが、その時。




「――あらあら、こんなところで暴れちゃって、可愛くないわねぇ」




甘く、どこか妖しい声が響いた。次の瞬間、オレンジ色の長い髪が夜風に舞い、炎のように揺れる少女が現れた。髪は腰まで届く鮮やかなオレンジ。




背中からは、九本のふさふさとした狐の尾が優雅に揺れている。


尾の先端は淡く光り、まるで灯火のように周囲を照らしていた。




少女――結衣は、片手に小さな扇子を持ち、もう片方の手で軽く指を鳴らす。すると、九尾から放たれた狐火が、妖魔の群れを一瞬で包み込んだ。




妖魔たちは悲鳴を上げて燃え尽き、灰すら残さずに消えた。




「ふぅ……おしまい」




結衣が扇子をパチンと閉じると、九尾がゆっくりと収束し、普段は人間の姿に隠れている尾が一本だけ、背中でふわりと揺れた。そこへ、もう一人の女性が駆け寄ってくる。黒髪の楓だ。


短剣を両手に、息を切らしながら結衣の背後に立つ。




「結衣、また派手にやったな……里の皆にバレたらどうすんだよ」結衣はくすくすと笑う。


大きな瞳が、月明かりの下で金色に輝いていた。




「大丈夫よ、楓ちゃん。


みんな『狐の神様が守ってくれた』って喜ぶだけだもの」




さきは、息を飲んでその光景を見ていた。結衣の視線が、さきに気づく。




「あら? あなた、さっきからじーっと見てたわね」




楓がさきの胸の古傷に目を留める。




「それ……妖魔の爪痕だろ。


かなり古いな。 痛むか?」




さきは無意識に傷を隠した。




「……関係ない」結衣が一歩近づき、扇子で軽くさきの頬を撫でるように触れる。


その指先は、驚くほど温かかった。




「ふふ、嘘つきさん。


そんな傷、九尾の私には全部お見通しよ。


あなた、ずいぶん長い間、自分を閉じ込めてたのね」




さきは目を逸らした。




「もう、戦いたくないだけだ」




楓が鼻で笑う。




「だったらなおさらだろ。


一人で抱え込んで、いつか潰れる方がよっぽど危ない」




結衣が優しく微笑む。


九尾の一つが、さきの周りを優しく回るように浮かんだ。




「私たち、便利屋みたいなものなの。


妖魔退治のお小遣い稼ぎ。


正規の部隊には馴染めなかった楓ちゃんと、里から追い出されちゃった九尾の私で、なんとかやってるのよ」




さきは、結衣の金色の瞳を見つめた。




「九尾の……狐?」




「ええ、そうよ。


昔は山の神様として祀られてたんだけど、ちょっと人間界に興味が湧いちゃってね。


今は楓ちゃんと一緒に、こうして放浪してるの」




結衣が手を差し出す。


指先から小さな狐火が灯り、さきの傷を優しく照らした。




「ねえ、一緒にやらない?


三人いれば、もっと楽しくなるわ。


あなたのその傷……私なら、痛みを和らげてあげられるかもしれない」




さきは、その差し出された手に、長い間見つめていた。九尾の狐火が、さきの心の闇を少しずつ溶かしていくようだった。




「……一回だけ、だぞ」




結衣の唇が、嬉しそうに弧を描いた。




「ふふ、約束よ」




それが、始まりだった。小さな依頼をこなすうちに、さきは少しずつ笑うようになった。


楓の毒舌に突っかかり、結衣の甘い声に甘える。


夜、結衣の九尾が三人を包むように灯りを灯し、暖かな空間を作ってくれた。さきは、まだ過去をすべて話せなかった。




ただ、結衣は無理に聞かなかった。




「いつか話したくなったら、でいいわ。


九尾の耳は、ちゃんと待ってるから」




結衣の言葉が、さきの心の蓋を少しずつ緩めていった。そして、ある依頼の日。深い森の奥、廃村の跡。妖魔退治の依頼で訪れた三人の前に、


黒い霧が立ち込め、三つの影が現れた。




凛。


ハル。


ゆうこ。




――変わり果てた姿で。さきは、その場に膝から崩れ落ちた。




「……嘘、だろ」凛の赤く濁った瞳が、さきを射抜く。




「ようやく、見つけたわ。


逃げたリーダー様」




ハルが、歪んだ笑みを浮かべる。




「三年ぶりだね、さき。


ずいぶん、のんびりしてたみたいじゃないか」




ゆうこは、ただ静かに、悲しげに微笑んだ。




「さきちゃん……


おかえり、って言っても、もう遅いのかな」




結衣の九尾が、一斉に膨らんだ。


オレンジの髪が風もないのに揺れ、狐火が激しく燃え上がる。




「さきちゃん……下がって」結衣の声は、初めて冷たく鋭かった。




「この子たちは、もうあなたの知ってる仲間じゃない。


でも……私が、九尾の力で、魂の枷を解いてあげる」




楓がさきの前に立ち、短剣を構える。




「さき。立て。


あいつらを、取り戻すんだろ?」




さきは、ゆっくりと剣を握った。三年ぶりに握るその重さは、


痛いほどに懐かしく、


そして、恐ろしかった。




「……ごめん。みんな」




さきは、涙を堪えながら呟いた。




「今度こそ、


ちゃんと、取り戻すから」




結衣の九尾が、さきと楓を優しく包み込む。


狐火が、三人の周囲を黄金の結界のように守った。霧の中で、四度目の戦いが始まろうとしていた。






廃村の中央、崩れかけた神社の石段。


黒い霧が渦を巻き、三つの影がゆっくりと近づいてくる。凛の瞳は血のように赤く、唇から黒い唾液が滴り落ちる。




剣を握る手は爪のように変形し、刃先が禍々しい紫の魔力を帯びていた。ハルはいつもの軽薄な笑みを浮かべたまま、指先から無数の幻影を生み出している。


その幻影は、さきの視界に「あの日の失敗」を何度も繰り返し映し出す。ゆうこだけは、変わらない優しい顔立ちのまま。




しかしその両腕から伸びる黒い蔓が、ゆっくりと地面を這い、生命力を吸い取ろうとしていた。さきは膝をついたまま、動けなかった。




「……みんな、どうして……」




結衣の九尾が一斉に膨らみ、オレンジの髪が逆立つように揺れる。


九つの狐火が、黄金の炎となって三人の周囲を囲んだ。




「さきちゃん、下がってて」




結衣の声は甘さを残しつつ、どこか冷徹だった。


扇子を広げると、狐火が螺旋を描いて前進する。




「この子たちは、もう淫魔の『核』に支配されてる。


魂の奥底に、黒い種が植え付けられてるのよ」




楓が短剣を構え、さきの前に立つ。




「さき。立て。


お前が言ったんだろ、『取り戻す』って」




さきは震える手で剣を握り直した。


三年ぶりの刃の重さが、胸の古傷を疼かせる。




「……ごめん。


私のせいで……」




凛が嘲るように笑う。




「今さら謝っても遅いわよ。


あんたが逃げたせいで、私たちはこうなったの」




ハルがくすくすと笑いながら近づく。




「さき、こっちに来なよ。


楽になれるよ? もう何も考えなくていいんだ」




ゆうこの蔓が、楓の足元を狙う。


楓は跳び上がり、蔓を短剣で切り裂くが、切れた先から新たな蔓が無数に生えてくる。「くそっ……再生が早すぎる!」結衣が扇子を振り下ろす。




「『狐火・九重結界』!」




九つの尾が一斉に輝き、黄金の結界が廃村全体を覆った。


淫魔の黒い霧が結界にぶつかり、悲鳴のような音を立てて弾かれる。




「今のうちに、さきちゃん!


三人分の想いを、私の狐火に預けて!」




さきは立ち上がった。涙が頬を伝うが、視線は揺るがない。




「凛……!


あんたはいつも、私より強かった。


こんな呪いなんかに負けるはずないだろ!」




凛の動きが、一瞬だけ止まる。




「ハル……!


いつも笑って誤魔化してたけど、本当は誰よりも私たちを大事にしてたよね?


だったら、こんなところで終わらせないで!」




ハルの笑みが、初めて歪んだ。




「ゆうこ……!


あんたが一番優しかったから、私、戦うのをやめられなかった。


お願い……もう一度、私を信じて!」




ゆうこの瞳に、僅かだが光が戻る。結衣が叫ぶ。




「今よ!


三人分の『想い』を、私の尾に重ねて!」




さきは剣を天に掲げた。楓がさきの左側に立ち、短剣を交差させる。


結衣が右側に立ち、九尾をさきの背後に広げる。




「――『トリニティ・フォックスブレイク』!」




さきの剣から放たれた光が、楓の短剣を通り、結衣の九尾に流れ込む。


九つの狐火が一斉に燃え上がり、三色の光が黄金の奔流となって三人に襲いかかる。凛の胸に、ハルの胸に、ゆうこの胸に――


それぞれの「核」が、黒い結晶として浮かび上がる。結衣の声が響く。




「さきちゃんの想いが、届いたわ!


今、核を砕いて!」さきは全力で剣を振り下ろした。




「――みんな、おかえり!」




光が爆ぜ、黒い結晶が粉々に砕け散る。淫魔の悲鳴が夜空に響き、黒い霧が一瞬で晴れた。三人は地面に崩れ落ち、気を失った。さきは膝をつき、三人の顔を順に見つめた。




「……生きてる」結衣の九尾が優しく三人に触れ、狐火が傷を癒していく。楓が息を吐きながら言う。「終わった……のか?」さきは頷き、涙を拭った。




「うん。


終わった」




夜明けの光が、廃村を優しく照らし始めた。数時間後。気を失っていた三人が目を覚ます。最初に目を開けたのは凛だった。




「……さき」




悪態をつくように呟きながら、しかし瞳は潤んでいる。




「遅いわよ、バカ……」




次にゆうこが起き上がり、さきを抱きしめた。




「おかえり、さきちゃん。


ずっと、待ってたよ」




ハルは地面に寝転んだまま、空を見上げて笑った。




「はは……九尾の狐に助けられるなんて、国営の面目丸つぶれだね。


でも、まあ……悪くない気分だよ」




さきは三人を見回し、ようやく笑った。




「ごめん。


そして……ありがとう」




結衣が扇子をパチンと閉じ、九尾を一本だけ残して収束させる。




「ふふ、これでやっと、六人揃ったわね」楓が肩をすくめる。




「正規軍のエリートが、民間の便利屋に負けたって話か。


笑えるな」凛が睨む。




「次は負けないから」




数日後。小さな喫茶店のテラス席。さき、楓、結衣の三人がいつものように甘いものを頬張っていると、


向かいの席に、三つの知った顔が並んだ。




凛は仏頂面でコーヒーを飲む。




ゆうこはケーキを切り分けながら微笑む。




ハルはスマホをいじりながら、時々こっちをチラ見する。結衣の九尾が一本だけ、テーブルの下でふわりと揺れる。




「これからも、よろしくね」さきが呟くと、


六人の視線が交錯し、


それぞれが、ほんの少しだけ笑った。かつて途切れた絆は、


九尾の灯に照らされ、


より強く、温かく、再び結ばれていた。



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