彼女の身は学園へ
その日、アメリア・アルゼンタは書斎でひとり、苛立たしげに書状を握りしめていた。
白銀の髪が揺れ、机上の蝋燭の灯りがその横顔に鋭い陰を落とす。
――〈帝立エルグランツ学園〉入学命令。
貴族家としての義務。
未来の当主として、文武魔術を修め、他家との交渉力を磨くため。
遠方の帝都にあるその学園は、名家の嫡子であれば避けては通れない。
アメリアも覚悟はしていた。
だが。
「フラウと、離れろというの……?」
その命令が、なにより受け入れがたかった。
朝の食卓でパンをぎこちなく千切る彼女。
花壇にしゃがみこみ、土にまみれて笑う彼女。
夜、眠る前に膝に乗せ、髪を梳かせてくれる彼女。
それが――学園では、見られなくなる?
「……無理」
静かに、けれど強くそう呟いた。
「――連れていくわよ、フラウを学園に」
執事と執政官が反対の声をあげる。
「何かあったとき、誰が責任を?」
「あの子は学園にふさわしい身分では……!」
だがアメリアの意思は変わらなかった。
「黙りなさい。あの子は“私の妹”よ」
その一言で、誰もそれ以上の異を唱えられなかった。
そして、準備が始まる。
旅装を整え、馬車を仕立て、身の回りの世話をするメイドを……。
暫し悩んだうえでアメリアはこう命ずる。
「シリカ、あなたにしか頼めないわ」
シリカは今ではメイド長候補になりえる程の手腕を発揮していた。
趣向に問題はあるが、フラウの世話を頼めるのは彼女しかいない。
シリカは、何も言わず頷いた。
口に出すことはない。ただ、心の奥で静かに呟いた。
(この旅の間、フラウ様と共にいられるなら――それだけでいい)
主の決断により“妹”と“信徒”を連れた令嬢は、帝都へと向かう。
この時、誰も知らなかった。
学園という地で、どれほど多くの者たちがフラウが持つ“無垢”に惹かれ、
どれほど深く、アメリアの“独占欲”が試されることになるのかを。
三人の少女を乗せた馬車が、城門を抜けていく。
新たな出会いと波乱を予感させながら。