彼女の肌は滑らか
湯煙のなか、アメリアはフラウの背にそっと手を伸ばす。
――羽は、ない。
――鱗も、ない。
――尻尾も、角も、牙も、耳の尖りすらもない。
「どこの種族なのか、ますます分からないわ」
アメリアの声には苛立ちと興味が入り混じっていた。
指先がフラウの肩を撫でる。
細く、柔らかく、あまりにも壊れやすそうな肉体。
「これでどうやって生きてきたのよ……」
「紙一枚だって斬れそうにない爪」
「戦える骨格も、魔力の気配もない、なのに……」
触れた肌は白く、まるで陶器のように滑らかだった。
その背を撫でるたびに、フラウはくすぐったそうに小さく身をよじる。
けれど逃げようとはしなかった。
――不思議な子。
――怖がらない。何をしても、拒まない。
その従順さが、かえってアメリアの独占欲を焚きつけた。
「……誰かにこの優しさを向けるとしたら……そのとき、私はどうなってしまうのかしら」
ぼそりと呟いた自分の声に、自分自身が戸惑った。
だから、確かめたくなったのだ。
この子は、いったい「何者」なのか。
数日後、アメリアは新しいスキルを習得していた。
【能力鑑定・中級】
魔族の高等教育課程において修得が難しいとされる鑑定術でさえ、アメリアにとっては数日で身につけられる程度の技だった。
静かな書斎の一室、フラウに手をかざし、魔力を流す。
――表示された文字列に、アメリアの目が細くなる。
【種族:■■】
【魔力:極低】
【筋力:極低】
【知性:標準】
【スキル:■■で最も無垢/■■で最も優しき者】
「■■?何それ……」
その言葉に、まったく心当たりがなかった。
辞書を調べても、それらしき種族名は存在しない。
魔族、獣人、エルフ、爬獣族、霊喰……どこにも該当がない。
「わからない……けど……」
アメリアは膝の上に座るフラウの頭を、そっと抱き寄せた。
「“無垢”で“優しい”……その部分だけは、たしかに正しいわね」
フラウの髪にキスをしながら思い浮かべる。
あの日、炎を躊躇なく受け止めた少女の背中。
痛みに顔を歪めながらも、他人を抱きしめるように微笑んでいたあの横顔。
「あれは演技じゃない」
「本物だった……あなたの優しさは」
「それは、私だけのものよ」
フラウは静かにアメリアを見上げた。
返事は、ない。ただ、柔らかな目で見つめ返してくれる。
その視線に、アメリアはふと胸を締め付けられた。
この優しさを、誰にも見せてほしくない。
この子が誰か他の人に手を伸ばしたら、私は……きっと耐えられない。
「……あなたは、私の所有物よ」
「いいえ、それだけじゃ足りないわ」
彼女はフラウの頬を撫でた。
「あなたは私の妹で、私の癒しで……そして、私のすべてなのよ」
アメリアの目に浮かぶのは、焦がれるような執着と、幼さに似た不安。
彼女はまだ知らない。
その優しさが、全世界の奇跡の中心であることも。
その無垢さが、かつて神の寵愛を受けた「人類」という種に由来するものであることも。
取らずとも彼女は願う。
この優しさは、誰にも渡したくない。
私だけのもの。
こうして、アメリアの執着は、密やかに、確実に、恋にも似た独占欲へと育っていくのだった。