彼女の行動は理解不能
夜が更けても、アメリアはまだ考えていた。
豪奢な寝椅子の上で、手には開きかけた書物、けれどその視線は虚空に向けられている。
脳裏に何度も再生されるのは、あの瞬間だ。
――フラウが、炎の中に飛び込んだ。
誰の命令でもなく、誰の利益でもなく。
助けた相手はただのメイド。
主でも家族でもない。
「……なんで……?」
ぽつりと呟く。
利己的な理由があるなら理解できる。
私のように、奪い、囲い、独占しようとする気持ちなら共感できる。
あるいは取引――見返りや契約。恩を売って立場を作る手段。それなら納得できる。
魔が支配するこの世界ではそれが常識なのだ。
だが、フラウの行動はどれにも該当しなかった。
彼女は無言で、無抵抗で、誰の評価も気にせず。
ただ、助けた。
「……そんなの、おかしいじゃない……」
炎は彼女の背を焼いた。なのに泣きもしなかった。
そればかりか、奇跡のような力で、自分の傷を癒してみせた。
まるで――おとぎ話に出てくる聖女のように。
だがアメリアには、聖女という存在がわからなかった。
理解できない。共感できない。
だが。
「……あれは特別な存在なのね」
それだけは、はっきりしていた。
フラウは、この世界のどこにもいない“異質”だった。
彼女の笑みは、誰の支配も受けず、誰の所有物でもなかった。
それなのに。
あのとき、自分の手を振り払って、命を賭けた。
「……怖い」
アメリアは唇を噛みしめた。
特別なものが、私の所持物が、自分の知らない理由で、壊れてしまうのが。
怖かった。
翌朝。
「フラウ、こっちにいらっしゃい」
いつものように優雅に言って、手を差し出す。
けれど今日は、フラウの隣に用意されたのは、子供用の肘掛け椅子。
屋敷の使用人たちは誰もが驚いた。
「あなた、今日から食事は私と一緒にとるの」
「お客様用の器で、ね」
「服も――そうだわ。専属の仕立て屋を呼びましょう」
「あなたのサイズで、メイド服じゃなくて、もっと可愛いものを作らせるわ」
フラウはきょとんとした顔をしたが、アメリアは微笑んで彼女の頭を撫でた。
「いいのよ。あなたは“特別”なんだから」
それはもはや、メイドへの接し方ではなかった。
主と従者でも、主人と奴隷でもない。
アメリアの中で、フラウは“壊したくない存在”から、“失いたくない存在”へと変わっていた。
「あなたは、私の――妹よ。いいわね?」
フラウは、少し目を丸くし、そして――そっと頷いた。
その無言の肯定が、アメリアの心に決定的な“名前”を刻み込む。
『この子は、私の大切なフラウ』
それは所有でも執着でもない――まだ不器用な“愛情”の、はじまりだった。