彼女は第三勢力
氷の分身が霧散した。
アメリアが魔力供給を停止させ、暴走しかけた力をなんとか制御下に収めたのだ。
荒れ狂っていた空間に静寂が戻ると、彼女は王座の間へと足を進める。
「……これで、ようやく」
王座に近づく。
驚くべき事に、氷の槍で貫かれていたエルザミナの腹は癒えていた。
フラウは今も、エルザミナの腹を舐め続けている。
動物のような仕草。
まるで仲間の傷を癒やそうとする本能のように。
いや、祈りにも近い愛情のように、フラウはエルザミナの体に顔を寄せ続けていた。
その様子は、制止するのが躊躇われる神秘さがあった。
「……フラウの力は、他者にまで及ぶのね」
そう呟いた瞬間。
空間を震わせるような魔力の波動が背後から走る。
振り返ったアメリアの目に映ったのは、ダンジョンの入り口に立つ、異形の存在だった。
巨大な鎧武者。
身の丈は六メートルを優に超え、黒鉄の甲冑に身を包んでいる。
「……巨人族?」
北方の隔絶された地に住まう排他的な巨人族。
その戦士を思わせる巨大さ。
しかし、学園への入学は確認されていなかった。
コイツはエルザミナの配下か?
いや、それにしてはタイミングが遅すぎる。
「第三勢力……!」
即座に火炎弾を撃ち込む。
しかし、炎は鎧に吸収され、熱は装甲の隙間から蒸気として排出されていく。
生物の物でない、制御された放熱機関。
「機械兵か!」
アメリアは魔力を集中させ、分身を再構築しようとした。
だが、魔力が足りない。
先程の戦闘で、限界に近づいていた。
次の瞬間、巨大な刀を構え、鎧は突進してきた。
アメリアは、咄嗟に防御結界を展開。
だがそれを嘲笑うかのように、巨大な刀が振り下ろされる。
重い一撃。
強大な質量を持つ刀により、結解はひび割れていく。
下品で力任せな攻撃ではあるが、ここまでの質量だと効果は絶大だ。
ひび割れは広がり、そして——粉砕される。
「クッ……!」
咄嗟にフラウを庇おうと動く。
しかし、その一瞬の遅れが命取りだった。
巨大な刀がアメリアの体を捉え、壁へと吹き飛ばした。
そのまま、鎧武者は動きを止める。
斬りつけた姿勢のまま、沈黙する。
カツ……カツ……。
乾いた足音と共に、一人の少女が姿を現した。
メイド服に身を包んだその少女は、壁際で倒れるアメリアを見下ろしながら、冷たく微笑む。
「お嬢様、ずいぶん可愛らしいお姿になりましたね」
アメリアの視界がぼやける。
痛みと疲弊、そして悔しさが混ざった視界の中で。
少女の笑みだけが不気味に鮮明だった。
「……シリカっ」
「致命傷は避けたみたいですね、凄いです」
シリカはくすりと笑い、王座へと視線を移す。
「ふふ……これで、フラウ様は私のもの」
その言葉に、別の声がかぶさった。
「お前のものではない。我々のものだ」
ガシャン、と重い音が鳴る。
鎧武者の腹部が機械的に開き、その中から一人の少女が降り立った。
無機質な鎧の中から現れたその少女は、静かに刀を抜き放ち、構える。
「——閉門」
その一声と共に、巨大な鎧武者は折りたたまれ、刀の鞘へと姿を変えていった。
「分かってますよ、リーダー。言葉の綾ですって」
シリカは、肩をすくめる。
二人は、静かにフラウの元へと歩み寄っていく。
こうして、戦乱の勝者はフラウを手に入れた。