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彼女の祈り

氷の分身の肉薄を前に、エルザミナは咄嗟に手を払った。

白銀の糸が幾重にも編まれ、冷気の前に防壁を築く。

だが――。


バチンッ。


冷気が糸へと伝播した瞬間、それは霜となって広がった。

凍りついた糸は脆く、あっけなく崩れ落ちていく。


「嘘でしょ……!」


その氷は、さらに伝って伸びる。

目指す先――それは天井の最奥。

巣の頂点に繭のように浮かぶ、フラウの安置場所だった。


「フラウッ!!」


エルザミナは絶叫した。

金切り声に似た声が、王座の間の空間に響き渡る。


即座に、彼女はアメリア戦の為に秘匿していた能力を解放。

喉奥に響くような不協和音が、糸に宿る。


「超振動」


――音もなく、糸が共鳴し始める。

それに伝う氷の連鎖が砕け、砕け、砕けていく。


「冷気を止めなさい!!」


下から、アメリアの怒声が響く。

視線の先には、制御を失った氷の分身がいた。

アメリアが本来持つ属性とは真逆の性質を持つ分身。

それは、主の声を聞こうとはしなかった。


次の瞬間。


氷の槍がエルザミナの腹を貫く。

苦悶の表情も見せず、彼女は血飛沫を撒きながら超振動を続ける。


(制御できていない……やっぱり、私は、これを使うべきじゃ……)


アメリアの顔が歪む。

己の創った分身が、最も許せない一線を踏み越えた。

自分はあくまで「フラウを奪いたい」だけだった。

傷つけるつもりなど――。


「フラウだけは、傷つけさせない!」


腹を貫かれながらも、エルザミナは叫び、その腕で氷の繭ごと振動を解放する。

砕け散る糸、崩れ落ちる巣。


そして、彼女は糸を引きちぎるようにして、繭を抱きかかえ、王座へと落下した。

大理石に打ちつけられ、埃が舞う。


エルザミナは、血に濡れたまま、王座に倒れ伏す。

繭が緩やかに解け、その中から小さな少女――フラウが現れる。

彼女は無傷だった。


静かに立ち上がり、フラウはふらりとエルザミナに寄り添う。

そして、倒れた彼女の頬を――優しく、撫でた。


「……ああ、もう……この学園に来て、二回も負けるなんて……無様だよね、ボク」


震える声で呟いたエルザミナの腹からは、まだ止まらぬ血が滴り。

命が零れ落ちていく。

それを、フラウは。


――舌で舐めた。


ペロリ、と。


捕食ではない。

まるで、傷ついた仲間を気遣う動物のように。

そこに言葉はなかった。

ただひたすらに、祈るような仕草。

血の味の先にある、生の温度を求めるような、純粋な行為だった。


エルザミナは、それを見つめながら、薄く目を開けて呟いた。


「……きれいだ……」


傷の痛みも、怒りも、悔しささえも――今だけは、忘れた。

ただ一つ、この命を繋ぎ止めようとした、ちいさな祈り。


それが、眩しくて仕方なかった。

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