彼女の作戦は瓦解する
時間は、午後第三刻。
魔力消費の緩む時間帯。
エルザミナのダンジョン防衛が最も緩むと予測された刻限。
「──突入する。誰にも気づかれるな」
アメリアの声に、選抜された数名の生徒たちが無言で頷く。
蜘蛛糸に干渉されぬよう、各人に分配された“斬糸符”が魔力を震わせる。
転移陣が発動。
閃光の中に彼女たちの影が消える。
次の瞬間、アメリアはそこに立っていた。
王座の間。
金色の絨毯と、淡い魔光に包まれた玉座。
ここがエルザミナの「ダンション」だ。
そして、それを目撃する。
「……何を、しているの……」
玉座の上に座るエルザミナ。
彼女は、抱きしめたフラウの唇にキスを落としていた。
時間が凍りつく。
アメリアの呼吸が止まった。
彼女の中で、冷静さも戦術も、全てが吹き飛んだ。
「エルザミナァァァッッッ!!!!」
高密度の魔力が瞬時に凝縮される。
分身体が展開され、魔力の制御を飛び越えた熱核の嵐が王室を包む。
同行していた生徒たちは反応すらできず、吹き飛ばされた。
床に激突し、壁に弾かれ、音もなく倒れ伏す。
王座の上。
エルザミナは、ふいに照れたように頬を赤らめた。
「……見られちゃった……」
次の瞬間。
天井からふわりと垂れ下がったのは、白銀の糸で編まれたヴェール。
王座と二人を覆うように下ろされたそれは、見事な糸細工で視界を完全に遮る。
「隠れちゃおっか、フラウこっちにおいで」
だがその程度の目くらましはすぐに破られる。
「──焼き払え」
アメリアの指先が震え、魔炎が天井を走る。
ヴェールは瞬時に灼かれ、糸が焦げ、灰となって消える。
だが、ヴェールの向こうにある王座には、誰もいなかった。
「どこへ行ったッ!」
アメリアが辺りを見回す。
その視線が、ゆっくりと上を向いた瞬間。
彼女は見た。
王室の天井高く、無数の糸に吊られた巣。
縦横に張り巡らされた銀糸の中央。
その最上部に座る、ドレス姿の蜘蛛の姫と、白い小鳥。
「──ボクとフラウの巣へ、ようこそ」
にやりと笑い、エルザミナが言った。
アメリアの瞳が細められ、上空のエルザミナと視線が絡む。
時間が一瞬凍る。
次の瞬間、糸が震え、王の間は戦場へと変わった。