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閑話休題 「彼女は赤髪」2

赤髪の魔族は、近づいたことを後悔していた。

フラウは、ただ黙ってこちらを見つめている。

その表情から、敵意は読み取れない。

けれど――何か、しっかり見透かされている気がする。


フラウは、自分の手元にあるパンをちらりと見た。

少し考えた後、小さな手で、ひょいと差し出す。


(……え?くれるの?)


思わず視線が彷徨う。

何かの罠?

それとも取引?

懐柔?

判断がつかないが、受け取らない選択肢はなかった。


おそるおそる手を伸ばし、パンを受け取る。


その瞬間、視界に入った。

パンの端に、歯形が残っていた。


(……食べかけ?)


顔がかっと熱くなる。

魔族にとって、残飯を与えられるということは屈辱だ。

それがどんな立場であろうと、自らの誇りを削られることに変わりはない。


「……な、なんで……」


小声で呟いたところへ、すぐ横から声が届く。


「貰ったのに、食べないの?」


それはエルザミナの声。

のんびりと、けれど逃れられぬ強制力を孕んでいた。


「た、食べ、るわ……!」


震えそうな声でそう言って、パンにかじりついた。


――ふわっ。


温かくて、柔らかくて。

口の中に、仄かに甘い香りが広がる。


(え、なにこれ、美味しい……!?)


学食でよく買うあのパンより、ずっと――ずっと美味しい。

口の中で広がる味に思わず感動し、次の一口を急ぐ。

夢中になって、パクパクと食べ進めていた。


ふと視線を上げると、フラウが満足そうにこちらを見つめていた。


微笑んでいた。

それは、まるで「よく食べましたね」と褒めてくれているような、優しい眼差しだった。


(かわいい……)


先程まで抱いていた屈辱など、もうどこかへ消え失せていた。

心の中に広がるのは、得も言われぬ満たされた感情。

そうだ、きっと彼女は自分と同じパンを食べてほしかっただけなのだ。

だからかじり掛けパンを差し出したのだ。


唇をぬぐうと、パンの残り香とともに、わずかな唾液の感触が残っていた。


(……あぁ、これ、彼女の……)


思わず舌先で確かめる。

ほんの少し残っていた温度と、香りと、味。


胸の奥から込み上げてくる、甘やかな何か。


(もっと、食べたい――)


それは空腹ではない。

もっと近づきたい。

もっと触れたい。

あの子の食べかけでもいい。

食べ残しでもいい。

もっと、もっと。


そう思った時だった。


フラウと目が合った。


ぱちぱちと瞬きをするだけのその無垢な瞳に、胸の奥がきゅうと締めつけられた。


愛おしい。


そう感じた瞬間、己の中で何かが崩れた。

魔族の欲求を静止してしまうほどの感情。

魔族にあるまじき、清らかな情動。


気づけば、ひざをついていた。


崇拝のような、献身のような。

いや、恋にも似た、けれどそれ以上に強い感情。


こうして、また一人。

魔の者としてあるまじき「愛」に堕落した魔族が、増えたのだった。



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