閑話休題 「彼女は赤髪」1
教室の隅で、赤髪の魔族は戸惑っていた。
彼女は自分の中で状況を整理している。
ここはエルザミナのクラス。
既にこの空間は彼女の「巣」となり、逆らう者など一人もいない。
それは、いい。
理解している。
誰だって、あんな力を見せつけられれば納得する。
あの糸の束縛、あの統制力――彼女は明確な「強者」だ。
けれど問題は、彼女の蜘蛛脚に座ってパンを食べている「あの子」だ。
「……この子は、なんなの?」
思わず独り言が漏れた。
その姿はあまりにも無防備で、あまりにも無垢だった。
小動物のようにパンをもきゅもきゅと食み、たまに笑ってエルザミナに微笑みかける。
そしてエルザミナは事あるごとに、その子を優先しているのだ。
所持品のように扱っているわけではない。
取引をしている様子もない。
けれど、妙に馴れ馴れしいスキンシップを交えながらも、彼女の意思は尊重しているように見える。
あの、傍若無人なエルザミナが、だ。
(まさか……フラウって、滅茶苦茶強いんじゃ……?)
そんな疑念が、赤髪の胸にこびりついた。
「力ある者に従う」――それが魔族の本能。
もしあの子がただのマスコットではなく、真に恐るべき存在なら。
(立ち回り方、変えないと……)
エルザミナの従僕であるよりも、フラウ本人に忠誠を誓った方が得ではないか?
赤髪の少女は冷静に、しかし焦りを感じながら思考する。
(よし……フラウの力、ちょっとだけ試してみ――)
その瞬間、フラウがこちらを見る。
――目が合った。
ひ、と一瞬息が詰まる。
(まさか……気づかれた!?)
表情は変わらない。けれど、確かに「見て」いた。
そして。
フラウは、にこりと笑って、手招きをした。
警鐘が、脳内に鳴り響く。
(これは……やばくない?)
強者が気まぐれに、自分を弄ぶ構図が脳裏に浮かぶ。
立ち竦む赤髪に、エルザミナの声が飛んできた。
「フラウが呼んでるんだけど?無視するの?」
その口調は、いつもののんびりした声色で。
しかし「従わなかった場合」の未来が、一瞬で背筋を凍らせた。
「ヒ、ヒエッ……」
赤髪の少女は力なく声を漏らし、よろよろとフラウに近づく。
「な、なにか……よう?」
敬語にならなかったのは。
最後に残った魔族としての、かすかなプライドだった。