彼女は巣を張り始める
最下級教室──灰色の石壁と煤けた鉄製の机が並ぶ、冷たく陰鬱な空間。
だがその扉が開かれた瞬間、空気が変わった。
入ってきたのは、エルザミナ。
ドレスの裾を引きずるようにして、堂々と歩くその姿は、まるで舞台に現れた女王のようだった。
その腕の中に抱かれていたのは――小柄な少女、フラウ。
すぐに数名の魔族の少女たちが、椅子から腰を上げる。
「……へえ、あれが“噂の”?」
「気絶してたんでしょ? 使い物になるのかしら」
魔族特有の、獲物を値踏みするような視線。
だが、エルザミナはそれらを一切無視し、後方の席に悠々と座る。
スカートの裾から、黒い蜘蛛脚がそっと伸び、椅子の片側に支えを作るように曲げた。
そこに、フラウが腰掛ける。
まるで、蜘蛛の膝にちょこんと座る蝶のように。
エルザミナは微笑む。
「ねえ、ボクの脚……固くない? 座り心地はいいかな?」
フラウは首を横に振って、無言で微笑む。
「よかった。じゃあ、あとで食堂行こうか?ここの揚げパン、評判いいらしいよ」
そんな“日常”が進行する中で、周囲の空気はみるみる張り詰めていく。
「──それ、貴女の持ち物?」
声が飛んだ。
赤髪の魔族の少女が、仲間を数人引き連れて立ち上がる。
「分不相応よね?最下級の最底辺が、そんな玩具を抱えてるなんて」
エルザミナは顔を上げもしなかった。
「だから、私たちが貰ってあげる。感謝しなさい?」
周囲の生徒たちも興味深げに視線を集めてくる。
誰もが思っていた――「あの少女」は、美味そうだ。
無垢で、柔らかく、かわいらしい。
まるで宝石のような存在。
欲しい。触れたい。奪いたい。
その欲望が高まり、魔族の少女たちの体に魔力が宿った瞬間。
「──動かないでね?」
エルザミナが、ふわりと微笑んだ。
同時に、床、天井、机、壁、影、天窓。
すべてに糸が張り巡らされた。
蜘蛛の脚が生えるように、ぬるりと滑り出す漆黒の絹。
「きゃっ──!?」
「動け──なっ!?」
「腕が!? 足がっ──!?」
教室内の全員が、その瞬間に絡め取られた。
動けない。声も出ない。
だが、フラウの腰掛ける蜘蛛脚だけは、穏やかに揺れていた。
その中央で、エルザミナは静かに笑った。
「ふふ……ここは、もうボクの巣なんだからさ」
誰も反論できない。
誰も動けない。
この最下級教室は、もう彼女の支配下だった。
ただ一人の少女を中心に据えて。
教室の権力構造が切り替わる。
そんな中、フラウは、無垢に微笑んでいた。
自分がいま、この教室の権力の最上位に立ったことも気づかずに。