彼女はきゅうと気絶した
アメリアは走る。
魔力の奔流を辿り走る。
崩れた空間。
塵に包まれた学園区画。
「――何が、起きてるのっ」
廊下の先、崩壊した柱の向こうに、その光景はあった。
まず目に飛び込んできたのは、倒れ伏したエルザミナ。
豪奢なドレスは破れ、蜘蛛脚の数本が砕け、血を滲ませたまま動かない。
その向こう。
広間の中央に、魔力の根源がいた。
「…………は?」
シリカだった。
だがその姿は、もう以前のシリカではなかった。
背中から生えた蝙蝠の羽。
右手は獣の巨大な腕に変形し。
何より今はメイド衣装ではなく、黒い光沢のあるレザー服を着ている。
そんな彼女はフラウを小脇に抱えたまま。
空中で高速回転していた。
回転するたびに目から放たれる光線。
レーザー照射により周囲の建物が引き裂かれ崩れ落ちる。
「ははっ、アハハハハハハハハハァ!!」
「フラウ様ぁぁぁ! 見てくださいぃぃぃ!!私は最強なんですのよぉぉ!!」
回転のたび、壁が削れ、天井が砕け、瓦礫が飛び散る。
床はえぐれ、木材は焦げ、学園の威信はもはや風前の灯。
そして、ついに。
「……きゅうっ」
そんな悲鳴を上げ、フラウが目を回して気絶した。
その体がふにゃりと脱力し、抱えていたシリカの腕からすべりかける。
「……フラウ様!?あっ、えっ、ちょ、え、ええぇえっ!?うそでしょぉ!?!?」
その瞬間、シリカの目からぴたりと光線が止まった。
同時に、高速回転も停止。
全身の力が抜けたように、その場にへたり込む。
「……た、足りない」
「フラウ様の血、たった一滴だけじゃ……まだ……全然、足りてないのに……」
その手が震えながら、意識のないフラウに向かって伸ばされる。
しかし。
「触るな」
その手は、アメリアの足によって踏みつけられた。
ゴキ、と骨の軋む音。
「これ以上、見苦しい真似をしないでちょうだい。下等な吸血鬼」
アメリアの周囲には、分身体が三体展開されていた。
魔力による熱風が渦巻き、焦げた床材を巻き上げる。
「……フラウは、私のものよ。誰にも渡さない。あなたにも、あの蜘蛛にも、ね」
シリカは、踏まれたまま笑った。
血が口元から垂れ、髪が床に散っている。
「……ふふ……私は、どうして……フラウ様の血を吸いつくさなかったんでしょうね」
「そうすれば……きっと……」
「私は……もっと」
そこまで言って、シリカは気を失う。
アメリアはフラウをそっと抱き上げた。
無垢な少女の髪がふわりと揺れ、彼女の腕の中で安らかに眠る。
「そんなの、私にだってわからないわよ」
こうして。
学園の初日は、崩壊と嫉妬と執着のカタストロフと共に、幕を下ろした。
朝焼けが、崩れた天井の隙間から差し込む。
美しい一日の始まりには、到底思えない、血と魔力と愛の余韻だけを残して。