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彼女の正体は吸血鬼

フラウを抱いたエルザミナが闇へ消えてから、まだ数分も経っていなかった。

シリカは濡れた髪のまま、足音もなくその背を追う。


「返して……」


囁くようなその声に、熱がこもる。


「……フラウ様は、わたしの……全て……」


だが、すぐに壁のような障害が立ちはだかる。


白銀に輝く蜘蛛の糸。

魔力を帯びた糸は触れるだけで皮膚を裂き、魔力の干渉すら弾く結界として張り巡らされていた。


「ボクのテリトリーに勝手に踏み込んでくるなんて、いい度胸だね?」


上階の梁の上、ドレスの裾を揺らしながらエルザミナが笑っている。

その腕にはまだ、フラウが大人しく抱かれていた。


シリカは動けなかった。

今の自分では、この糸を突破することが出来ない。


(このままでは、届かない)


(フラウ様が、手の届かないところに)


(行ってしまう、私のフラウ様が)


その瞬間だった。

何かが“弾けた”。


全身の血管が裏返るような感覚。

喉の奥が焼け、瞳が赤く輝く。


――権限解放。


次の瞬間、シリカの身体は霧へと変じた。


「……っ!」


糸が風を裂くように揺れ、虚空を裂くが、霧はすり抜け、するりと抜ける。

目の前。エルザミナの手の届く距離。


「フラウ様ァッ!!」


手を伸ばす。

霧から再形成された細腕が、フラウの手を掴む、その直前。


「……させるかっ!!」


エルザミナが蜘蛛脚を跳ね上げる。

巨大な肢が、鋭い刃のようにシリカの腹を打ち据え、吹き飛んだ。

壁を跳ね、地面に叩きつけられ、血が吐き出される。


そして。


その衝撃で、フラウの指が、切り裂かれていた。

細い指の先から、一滴の紅が零れる。


ぽたり。


その雫が、シリカの頬に落ちた。


「……ご、ごめん、フラウ!今、糸で止血するから……!」


慌ててエルザミナが糸を走らせ、傷口を封じようとする。

だが、フラウの傷は次の瞬間には塞がっていた。

魔族でも持つものは少ない高速再生。

フラウは「人類で最も優しき者」の付与効果でそれを可能にしていた。


「フラウ、キミは一体……」


エルザミナの気がそれた瞬間。

それが始まった。


「返しなさい」


床に伏していたはずのシリカが、起き上がっていた。

その目は赤く、燃えていた。


「……まだ……終わってません……」


そして。

頬に付着したフラウの血を、指先で拭う。

それを、舌先で――舐めた。


静寂。


数秒の沈黙の後。

シリカの身体から、赤黒い光が放たれる。


「な、なに……この魔力……!?」


エルザミナの目が見開かれる。

魔力の奔流が地面を割り、風が逆巻く。

闇から蝙蝠が数十体、生み出される。

血を吸うことでのみ使える、失われた吸血鬼の権限。


「霧化」――すでに見せていたが、今は瞬時に姿を切り替える。

「再生」――砕かれた骨が瞬く間に癒える。

「飛行」――空を裂くように舞い上がる。

「超筋力」――地を蹴った瞬間、床石がひび割れる。


さらに、背後に現れたのは――巨大な黒狼。

変化能力「狼化」の発動。


「……っ、これ、やば……っ」


エルザミナが身を引く。

フラウを連れたままの戦闘は巻き込む可能性があると判断し、窓へと跳躍しようとする。


だがその前に。


「催眠」


呟きは音にさえならなかった。

けれど、エルザミナの意識が刹那に霞む。


「っ……ぁ……ぐ……っ」


空中でバランスを崩し、糸で姿勢を持ち直すも、フラウを一瞬、手放しかける。


「フラウ様は……わたしのもの……」


シリカの瞳が、獣のように輝いていた。

そしてその瞳には、まだ発動していない最後の能力が。


 「……吸血による支配――フラウ様を……同族に……」


その呟きが届いたかのように。

遥か離れた屋敷のベッドで、アメリアが目を覚ました。


「……この気配……まさか……ッ!」


学園の順列をひっくり返す事件が、幕を開けた。



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