第一話:人ならざるもの
主人公の声は大原さ○かさんで、相方は伊○静さんのイメージです。不定期更新ですがよろしくお願いします。
「目標まで、およそ三十! ここでケリをつける!」近未来的なボディスーツを着用した私が叫ぶと『〈凶〉から〈椿粒子〉の放出を確認しました。各員行動を開始してください』と、オペレーターの淡々とした声が指向性音声として飛んでくる。
直後、身体が無重力空間にいるかのように、ふわっと軽くなるが、同時に首元のチョーカーをなぞり端で二回タップすると、重力に一種の歯止めがかかり、地に足がつくようになる。
そして私は姿勢を低くしながら、両手にある二振りの得物〈クニナガ〉を強く握り走る。この黒色をした簡易祓い刀〈クニナガ〉は私の愛用の武器であり、同時に使い捨ての武器でもあるのだ。
『うおお……! ぐぴっ』『ああぁ──』
通信越しに、逃げ遅れた民間人と先に対応していた警察官の絶命の合図を聴きながら、私は地を蹴り出して得た反動を利用して更に駆ける。後ろを見ると、追随するように着いてくる私の〈マブ〉──美月もまた、両手に大型のカッターナイフのような刃と、拳銃のような見た目も加わったグリップをした簡易祓い刀〈アシダカ〉を握りしめ、しかし次の瞬間には『僕が仕掛けるよ』と特徴的な長く艷やかな黒髪のポニーテールを揺らし、右の得物を逆手に持ち替える。
すると眼の前に、火花を散らす金属の物体を持った警官となにか。
数は五。人の形をしながら人を保っていないこれは、特有の腐臭を放ちながら、同僚の一人と対峙している。
──知っている。これは〈凶〉だ。
〈凶〉。これらは〈奈落〉の底から這い出てきた”異物”であり、人類の脅威。
そしてそんな〈凶〉の身体から漂う椿色のガラス片のようなもの。
身体に触れると霧散してなくなるそれは、この〈凶〉の特徴であり、同時に対抗手段の一つに数えられる。
『〈簡易詠章第二章第一節〉!』
次の瞬間、美月は呪詛のようなものを呟くと、その速度を加速させ、跳躍。住宅の壁を思い切り蹴ると、体のひねりを利用し
一閃。
「ギッッ──」
眼の前にいた〈凶〉の一人、その首が地に落ち、身体が崩れ落ちる。彼らにはヘモグロビンやヘモシアニン等というものは存在しない。あるのは、その身体と、〈椿粒子〉という反重力物質だけだ。
美月はそこから得物の〈アシダカ〉、その刃をリリースしながら投擲する。くる、くると、まるでブーメランのように回転しながら飛んでいく刃は、それまで直線運動かつ高速で進んでいたのに、ある一転を境に徐々にその高度を下げていく。
「ガッ……!!」
やがてその刃が〈凶〉の頭に刺さると、美月は制限された重力の中で再び地を蹴り出して跳躍すると、脚を伸ばし、かかとを起点に勢いよく下ろす。
〈凶〉は断末魔を上げる隙もなくその醜く歪んだ顔面を花開かせる。濃く漂う腐臭と〈椿粒子〉の中で、「──あいちゃん! 逃がし二!!」と彼女はその明るくはきはきとした声で叫ぶ。
(任務中だろう……)
恥ずかしさを覚えつつ、あいちゃんと呼ばれた私は〈クニナガ〉を握り「〈簡易詠章第一章第一節」と呪詛を唱える。直後、内側から何かが湧き上がってくる感覚がすると、両手の甲の木の枝のように分かれた形を持つ紋章が赤く、そして朱く発光する。
「……参る!」
それまで停止していた脚を動かし、腰にある三対六本の〈クニナガ〉をがしゃ、がしゃと鳴らしながら、姿勢を低くし駆け、疾走る。
いつの間にか眼の前には〈凶〉がいて、その鋭い爪をこちらに振り下ろしていた。刹那
「ふっ……!」
〈クニナガ〉を左右から真一文字に振ると、柔らかいモノを削ぐ音が聴こえ、同時に硬い感触を覚える。だがそれも一瞬の出来事で、次の瞬間には〈凶〉の身体が腰を起点に真っ二つになっていて、刃とを持つ手と、それを支え、作用する腕は後ろにあった。
「ヴゥ!!」
立て続けに視える〈凶〉の影。私は後ろにある両の〈クニナガ〉を逆手に持ち帰ると、まるで抱き込むように刃を薙ぐ。切断面は滑らかで、そこから溢れ出る腐臭と〈椿粒子〉の群れ、そして切断の一瞬に現れた骨を断つ感触が、〈クニナガ〉を通じて鼻と腕、はたまた眼球に作用や光景として伝わってくる。
『──状況終了』『……お疲れ様でした。後処理は別働隊に任せて速やかに帰投するように』『了解した』
「──間に合わなかったね」
報告が完了すると、傍らに私と同じ背の、黒いボディスーツを着た女性が立っている。その左手は私の肩に乗せられており、私は右手の〈クニナガ〉を離すと、その手に自身の手を重ねる。〈クニナガ〉は、かん、からん……と金属的な音を鳴らしながら地に落ちると、次の瞬間には刃の部分が消えてなくなっていく。
眼前には逃げ遅れた民間人と、青い制服に防弾・防刃チョッキを着た、所謂警察官がいる──いる、というのは間違いかも知れない。天を仰ぐ警察官や地を舐めるかのように伏している彼らは、身体やその頭を見ると所々が欠け、めちゃくちゃになっていて、周りには血液の溜まりや飛沫が出来ていた。
──殉職。詰まる所の”死”である。
「──あいちゃん、痛いよ?」「……すまん」
私が手を強く握っていたことを示す彼女。その小悪魔的な、それでいてアイドルのような顔立ちは今は悲しげな表情で満ちていて、思わず「その顔は、やめてくれ」と彼女を見つめる。
皆、守れなかった。少数の犠牲はいたしかたなし、と上層部は判断するだろうが、それでも実際に目撃する立場である私達にとっては悲痛な事柄である。
「暗い顔しないのっ。ホラ、前向こ? その方が僕達らしいし、何よりこの人たちがうかばれるでしょ?」
すると美月は言うと、「……だから帰ろ? トラちゃん、また乗ってもいい?」と、特徴的な長いポニーテールを揺らし、手は繋いだまま前へと歩き、振り返る。その顔には悲しげな表情はなく、いつもの小悪魔的な顔立ちに彼女らしい”優しい”笑顔を魅せながら私に話しかけてくる。
「……あぁ」
私が小さく頷くと、〈マブ〉は「うん! あれ乗るの好きなんだよねー……」と屈託なく微笑みながら話し始める。
夜の市街地。時刻は午前一時半をまわっていた。
◇
「あいちゃん、見て! もこもこ!」「いつ買ったんだ……それ……」
宿舎内。帰投し各種報告を終えた私と〈マブ〉の美月は、それぞれシャワーを浴び終え、それぞれの服に着替えていた。時刻は午前七時半。まあ、夜勤勤務でもこれは早い方だろう。
「んーと、この前! ネットで買ったの!」
眼の前にいる、世間でいうところの”小悪魔”的な顔立ちかつ長身の隊員が美月──本名を滝沢 美月という──といい、私のルームメイトであり、同時に〈マブ〉でもある。そしてその件の彼女は、今は黒と白の”横に白、黒と交互に入った”、ふわふわとした素材で作られた寝間着を着ている。すると「かわいいでしょっ? ねっ?」と、美月は歩幅の短い足取りでこちらに寄ってくると、「ほらっ、もこもこのお裾分けだぁ〜っ!」すり、すりと、二段式ベッドの下階に座っている私の身体にすり寄ってくる。彼女特有の甘い髪の香りと、明るくも、どこか柔和で優しい声。
「──っ」
正直、美月のこの行為は、はっきり言って”苦手”だ。甘え上手な〈マブ〉の文字通りの甘える行為。
「──? どうしたの、あいちゃん?」
私の胸元にすり寄った頭を上げ、「?」と首を傾げる美月。妙に整っているその顔立ちは、彼女の前職が起因しているのか、それとも生まれつきのものなのか定かではないが、私が「お、おい……みづ──」と、なんとか言葉を口で紡ぐと「──今日は休みだし、いろんなトコ回りたいよね〜」と言葉を重ねる。
「いろんな所、か……」
確かに今日は非番だ。よほどのことがない限り代わりの者がいつも通り担当するだろう。それも久しぶりの休暇だ。「あいちゃんと食事もして、それから──」「──私のことは無視か……?」「んーと、で──」「はぁ……。少し寝るぞ……夜な」
私が布団をめくると「ちょっ、もう少し話そうよ!」とつまらなそうに、ぷくーっ、と頬をふくらませる美月。私はそんな彼女の額を、とんっ、と指先でつつく。
「また今度、だ」
「寝たか」
二段式ベッドの上階から聴こえる寝息。私は「……っ」と静かに目元を拭うと、それでも歪む景色をみながら「……助けられなかった……か……」と呟く。
それは今日の犠牲者。その中でも助けられなかった、警察官。警棒と拳銃を出していたことから、単体でも通常の人間では太刀打ちできないのに、あの数を相手していたのだろう。
「……っ……パパ……ママ……」
ふと、”あの光景”が脳裏に浮かぶ。細切れになったパパの身体と、ママの甲高い声。
「私が、どうにかしないと駄目なのに……なんで……」
ベッドの壁のラックにかけられた、いつも腰に携帯している折れた小太刀。
──閉められたカーテンが表現する暗い世界。外では鳥が忙しなく鳴いていた。
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【凶】
「奈落」からやってきた怪異。
基本的に人間としての見た目を残しながらも、数々の生命体をかけ合わせたかのような見た目が特徴。
人類側と〈凶〉との意思疎通は不可能で、対話に望んだものは尽く蹂躙されてしまった。
E〜SSSまでのレートが存在する。