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終わりと始まり


剣が魔王の胸を貫いた瞬間、世界が静寂に包まれた。


黒い血が石畳に滴り落ち、魔王の巨体がゆっくりと膝をつく。俺、リオン・ヴァルテールは、息を切らしながらその光景を見つめていた。仲間たちの歓声が遠くで響き、風が頬を撫でる。長い戦いの果てに、ようやく訪れた勝利の瞬間だった。


「やった……やっと終わったんだ」


俺は剣を握る手を緩め、地面に膝をついた。疲労が全身を支配し、意識が薄れていく。それでも、心のどこかで安堵が広がっていた。これで世界は救われる。魔王の支配から解放され、人々は再び笑顔を取り戻すだろう。


だが、その時だった。


「ふぁ……はははは!」


魔王が突然笑い声を上げた。倒れ伏したはずのその顔が、ゆっくりとこちらを向く。赤く輝く瞳が俺を捉え、まるで魂の奥底まで見透かすようだった。


「お前が……俺を殺したか。面白い人間だ」


「何?」


俺は反射的に剣を構え直すが、魔王は動かない。ただ、その口元に不気味な笑みを浮かべている。


「お前には見える資格がある。俺の記憶を、俺の真実を……受け取れ」


「何!?」


魔王の体が光に包まれ、次の瞬間、黒い霧のようなものが俺に向かって飛び込んできた。避ける間もなく、それは俺の胸に吸い込まれる。頭の中で何かが爆発したような感覚が広がり、視界が歪んだ。


「うああああっ!」


叫び声を上げながら、俺は意識を失った。


目を開けた時、そこは見慣れた木造の天井だった。


「……え?」


俺は跳ね起きた。柔らかいベッド、窓から差し込む朝日、鳥のさえずり。目の前に広がるのは、俺が生まれ育った村の自宅の部屋だった。


「何だこれ……夢か?」


慌てて自分の体を見下ろす。傷だらけだったはずの体は無傷で、勇者として戦い続けた証である筋肉も消えていた。まるで少年の頃に戻ったような、細い腕。


「まさか……」


部屋を飛び出し、家の外へ出る。そこには見慣れた村の風景が広がっていた。畑で働く農夫、笑いながら走り回る子供たち。そして、遠くに見える森の輪郭。全てが、俺が旅立つ前の、平和そのものの光景だった。


「リオン! お前、また寝坊か!?」


聞き慣れた声に振り返ると、そこには幼馴染のエリナが立っていた。赤い髪をポニーテールにまとめ、腰に手を当てて呆れた顔をしている。


「エリナ……生きてるのか?」


「何だよその言い方! 昨日一緒に川で魚釣ってたろ!」


彼女の言葉に頭が混乱する。昨日? いや、俺は魔王を倒して……。


その時、頭に鋭い痛みが走った。


「ぐっ……!」


膝をつき、頭を抱える。すると、断片的な映像が脳裏に流れ込んできた。


――暗い玉座に座る魔王。


――人間たちの裏切りと憎悪。


――世界を焼き尽くそうとした理由。


それは俺の記憶じゃない。魔王の記憶だ。


「何だこれ……俺、どうなってるんだ?」


「リオン、大丈夫か!?」


エリナが駆け寄ってくるが、俺は立ち上がって彼女を制した。


「待て、エリナ。今、頭整理するから……」


深呼吸を繰り返し、状況を考える。魔王を倒した瞬間、あいつが俺に何かを渡した。そして次に目覚めたら、過去に戻っていた。いや、時間が巻き戻ったのか?


「まさか、二周目……?」


その言葉を口にした瞬間、再び頭に映像が流れ込む。今度はもっと鮮明だ。


――俺が仲間と共に魔王城へ向かう姿。


――剣を手に魔王と対峙する瞬間。


――そして、魔王が倒れる前の言葉。


「お前には見える資格がある」と。


「魔王の記憶を引き継いだってのか……?」


俺は呆然と呟いた。もしこれが本当なら、俺は一度目の人生で魔王を倒した後、何らかの力で過去に戻されたことになる。そして、魔王の視点を知ってしまった。


「リオン、お前、顔色悪いぞ。家に戻って休めよ」


エリナの心配そうな声に、俺は小さく頷いた。


「ああ……そうだな。少し休むよ」


家に戻りながら、俺は考えを巡らせた。一度目の人生では、俺たちは魔王をただの悪と信じて戦った。だが、今、頭の中にある魔王の記憶は、それとは全く違う物語を語っている。


魔王――その名はゼルガディスだった。


彼はかつて人間と共存しようとした魔族の王だった。だが、人間たちの裏切りと貪欲によって、魔族は迫害され、ゼルガディスは復讐を誓った。それが、世界を焼き尽くす戦争の始まりだった。


「俺が倒した魔王は、本当に悪だったのか?」


ベッドに腰掛けながら、俺は自問した。一度目の人生では、仲間と共に戦い、犠牲を払いながらも勝利を手に入れた。だが、今、魔王の記憶を知った俺に、同じ道を歩む覚悟はあるのか?


その時、窓の外から聞こえてきた馬蹄の音に気付いた。


「リオン・ヴァルテール! 王都からの使者がお前に会いに来たぞ!」


村長の声だ。俺は立ち上がり、窓から外を見る。そこには、見覚えのある鎧を着た騎士が馬から降りてきていた。一度目の人生で、俺を勇者として召喚した使者と同じ男だ。


「始まるのか……また」


俺は小さく笑った。だが、今度は違う。一度目の俺は無知な少年だった。でも、今の俺は魔王の記憶を持つ。


「どうする、リオン?」


自分自身に問いかけながら、俺は部屋を出た。


二周目の人生が、今、始まる。

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