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ほら、復讐者  作者: 夜桜紅葉
本編3
36/49

一目惚れ

「家に送り届けるのを保留にする? どういうことですか?」

ハランは不安そうに訊いてきた。


「いやー。あんたをこのまま家に送り届けて、それでハッピーエンドって気がしないんだよなぁ。だからしばらく様子を見たいというか」


「帰らせてくれないということですか? 嫌です。帰らせてください」


「んー。本当に帰りたい? あんたが帰ってくること、あんたの親父が望んでなかったとしても?」

「……。そんなことは、ないと思います」

ハランは明らかに自分に嘘をついていた。


「どうかな。心当たりない? そういう可能性が低いとあんたは思うのか?」

「……」

ハランは苦しそうな顔で俯いたまま、何も答えなかった。


「いいとこのお嬢さんだし、多分あんたは今まで外の世界にあんまり触れてこなかったんじゃないか? 世の中には色んな奴がいるんだ。お父様やお母様やお兄様やお姉様だけじゃなくてな。広い世界を自分の目で見て、色んな経験をして。家に帰るのはそれからでもいいんじゃないか?」


「でも……そんなことをすれば、きっとお父様方はますます私に失望します」


「全部俺のせいにすればいいさ。俺に誘拐されてたから仕方ない。それでどうだ?」

「誘拐?」

ハランは目をまん丸にして聞き返してきた。


「そう。俺は今からあんたを誘拐する。長い人生だ。たまには家出(いえで)したっていいじゃねぇか。俺がその言い訳になってやるよ」

ハランは一瞬ポカンとした後、苦笑いを浮かべた。


「誘拐された後に誘拐されるんですか」


「違う。さっきの連中は道で急に襲い掛かってあんたを攫ったんだろ? それは拉致だ。誘拐ってのは言葉巧みに相手を騙して連れ去ること。今から俺の華麗なる話術を以てあんたを騙す。あんたは騙されて俺についてくる」

「……ふふ。なんですかそれ」

ハランは出会って以来初めて自然に笑った。


その笑顔があまりにも魅力的だったもので、俺は一瞬呼吸の仕方を忘れた。

そして唾を飲み込むタイミングを間違えてむせた。


「だ、大丈夫ですか?」

「ゲッホゲホ! ……大丈夫。さて、じゃあ今からあんたを甘い言葉で惑わすとするか」


それから俺は言葉を尽くして説得し、とりあえず一週間の猶予を得た。


この一週間でハランの家庭の問題をなるべく解決してあげたい。


……ん?

今更だけど、俺はなんで赤の他人にここまでしてるんだろう。


元々興味本位で引き受けた仕事だ。

更に俺がこれからやろうとしていることは、その依頼内容からも逸脱している。


……。

しばらく考えて、結論が出た。


一目惚れだ。


思っていたよりもハランが美人で、俺はハートをぶち抜かれてしまったらしい。

なんてこった。


愛された経験のない俺は、恋愛云々のことを脳内で分泌された神経伝達物質による錯乱状態くらいにしか思っていなかったのに。


いや、でもその認識で正しいのかもしれないな。

俺は今、普段なら絶対にしないであろう行動を取っている。

色恋に脳をやられちまっているのだ。


衝動的で情動的な行動をしないように強く心掛けていないと、絶対に馬鹿なミスを犯すことになるだろう。

気をつけねば。



 馬車は情報屋の近くに止めてもらった。

料金を支払う時、

「あっしは何も聞いていやせんから、安心してくだせぇ」

と馭者は小声で俺に言ってきた。


俺は若干驚きつつも

「ああ。ありがとな」

と答えた。


それから馭者はハランに

「事情はよく分かりやせんが、頑張ってくだせぇ」

と親指を立てた。


「はい。ありがとうございます」

ハランはペコリと頭を下げた。


馭者が行ったのを見送った後、俺たちは情報屋に向かった。


ひとまずハランは情報屋に預ける。

あの爺さんは情報に関してはケチだけど、優しいところもあるのだ。


すっかり夜中なため、路地は真っ暗だった。

歩き慣れている道だから俺は大丈夫だけど、ハランがついて来られるようにゆっくり歩いた。


ハランは俺の後ろにピッタリとくっつくようについてきた。



 情報屋に着くと、店番に事情を話した。

その間、店にいるガラの悪い客たちにジロジロ見られて怖かったのか、ハランが不安そうな顔で俺の服の袖を掴んできて、この子は俺が守らねばという使命感が湧いてきた。


「俺が判断するわけにもいかないので、情報屋本人に直接頼んでみてください」

と店番に言われ、奥の部屋に向かった。


部屋に入ると、情報屋の爺さんはいつものように、しかめっ面をしていた。


「なんでも屋か。どうした。ん? そこの娘は……ワシが知らんってことはこの業界の人間じゃないな?」


業界の人間なら誰でも知っているという大した自信が窺える発言だが、実際この爺さんはこの世界のことについてどんなことでも知っているから、自信過剰というわけでもない。


「ああ。ちょっとした経緯(いきさつ)で誘拐することになったんだ。あんたのとこで預かってくれないか?」


「待て待て。それだけじゃ情報が足りなさすぎる。ちゃんと説明しろ」

「もちろん説明するさ」

俺はハランを誘拐するに至った経緯を大体話した。


爺さんもハランも俺が説明する間、黙って聞いていた。


俺が話し終えると、爺さんは

「なるほど。事情は把握した。ここに匿うってのは別に構わない」

と言った。


「マジで?」

随分あっさり承諾してくれたものだから俺は少し驚いた。


「だが、もちろんタダってわけじゃない。匿っている間は家賃代として、うちで働いてもらう」


「そりゃそうだろうな。頑張れハラン」

俺がそう言って肩を軽く叩くと

「は、はい。頑張ります」

ハランは緊張した面持ちで頷いた。


爺さんはハランに

「仕事は二つある。情報収集か、店員だ。どっちがいい?」

と訊いた。


「えーっと……」

ハランは助けを求めるように俺を見てきた。


「俺的には店員がいいと思うぜ。あんたなら看板娘になれる」


「ワシもどちらかというと店員の方がおすすめだと思う。お前さんがガキなら情報収集を勧めるが、立派なお嬢さんだからな」


「では、店員をやってみたいと思います」

ハランは真っ直ぐに爺さんを見据えてはっきりと答えた。

爺さんは満足そうに頷いた。


「ああ。仕事はワシの(せがれ)に教えてもらえばいい。店番をしていた男だ」

「はい」


「二階に空き部屋があるから、そこをお前さんの部屋にしてくれて構わない」

「承知しました」


「今日はもう遅いから、仕事は明日からだな。部屋は多分散らかってるから、自分で好きなように片付けてくれ。なんでも屋、部屋片付けるの手伝ってやれ」


「おう。じゃ、さっそく掃除だな。のんびりしてたら夜が明けちまう」

俺は立ち上がった。


「はい。……あの、これからしばらくお世話になります」

ハランは爺さんに頭を下げた。


爺さんは小さく頷いて

「まぁ、お前さんも色々あるんだろうが、腐らずやってりゃどうにかなるさ」

と不器用な励ましの言葉を送った。


それから俺たちは部屋に行って、とりあえず寝床だけ整えて、その他の片付けはまた後日にすることにした。


あんまり二階でガタガタやっていたら、店で飲んでる客からクレームが入るかもしれないからだ。


「じゃ、俺は帰るから。風呂入って歯磨いて寝ろ」

俺がそう言って踵を返すと、ハランは

「はい。メロン様、今日はありがとうございました」

と言った。


俺は振り返らず、

「おう。おやすみ」

と答えて部屋を出ると、後ろ手にドアを閉めた。

なんだか顔を見られるのが気恥ずかしかったのだ。


そんな感じで、この日からハランは情報屋に匿われることになった。

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