ヘアサロン
カランコロンカラン。来店を知らせる鐘が鳴る。
「いらっしゃいませー」
さっと店員の一人が声をかけてきて、私は席まで案内された。
「いらっしゃいませー」
案内された席でしばらく待っていると、一人の男がやってくる。
彼こそが老若男女問わず、家族や友人、果てには初対面の相手にまで、『カリスマ』と呼ばれる美容師だ。
「今日はどうなさいますか?」
「えーと……じゃあ、カルボナーラで」
「かしこまりました」
カリスマがサイドテーブルに置かれていたカセットコンロを手に取り、私の頭の上に置く。
「痒いところがございましたら、お気軽にお声掛けください」
「ああ、はい。大丈夫です」
カリスマはサイドテーブルに置かれていたフライパンを手に取り、カセットコンロの上に置く。そのままコンロに点火し、フライパンを温め始める。
「あっ、お客様。カルボナーラの方ですが、具材はどうされますか?」
「えっと、何がありますか?」
「ベーコンか、ハムエッグからお選びいただけます」
「じゃあ、ハムエッグで」
「かしこまりました」
卵の割る音が聞こえ、頭の上でジューと何かの焼ける音がする。すぐに胃腸を刺激する芳しい匂いが辺り一帯に広がっていく。
その間、カリスマは洗面台に湯を張って、そこにパスタを投入していた。
カセットコンロとフライパンが下ろされ、今度は鍋敷きが置かれる。
洗面台からパスタが回収され、フライパンの中で軽くかき混ぜられたかと思えば、そこに沸騰した牛乳が注ぎ込まれる。
「湯加減の方は大丈夫でしょうか?」
「あっ、はい。大丈夫です」
「では、失礼します」
頭の上でフライパンが傾けられ、鍋敷きの縁から溢れ出す。頭の上に牛乳とパスタ、ハムが広がって、卵臭くなる。
「いかがでしょうか?」
カリスマが三面鏡を両手で抱え、正面の鏡越しに聞いてきた。
私は頭を左右に動かし、全体を確認してから、左側頭部を指差す。
「ここにもう少し黄色が欲しいですね」
「かしこまりました」
カリスマがサイドテーブルから卵を手に取り、私の左側頭部に叩きつけた。左側頭部にぶつかった卵が割れ、黄身と白身が流れ出す。
「こちらでいかがでしょうか?」
「完璧です。ありがとうございます」
「それでは、こちらカルボナーラ代1980円となります」
私は財布から一万円札を取り出し、カリスマに手渡す。
「それでは、こちらお釣りの方、5000、3000、20円になります」
カリスマからお釣りを受け取り、私は席を立つ。
「ありがとうございましたー」
店員達に見送られながら、私は店の外に出た。
そこで、改めて、カリスマに仕上げてもらった頭に触れる。
「あっさりしたなー」
清々しい気持ちだった。