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排球部男子の本懐

注 排球はいきゅうとは、バレーボールのことです



 「起立、ありがとうございました。着席」


 クラス委員の奴の声が教室内に響くと、皆が皆、それぞれの角度で首を前に折り曲げ、教壇に立っている教師がお辞儀をするよりも早く、自らの席に座り込むか、教室後ろのロッカーに直行した。


 「ダリー。どうして六時間目がよりによって数学なんだよ! 死ねジジイ」


 そんな声が、後方から聞こえてきた。恐らくあれは、木下の声だろう。そして、死ねといわれたジジイとは、木下の真ん前の席の道原のことだ。いつもの彼らのやりとりである。言われた道原は、これまたいつも通りに「オレは関係ないだろ!」とつっこんでいるようだった。


 多分彼らの間には、特に木下のような奴は、何でもいいから他人をけなし陥れて、自分は馬鹿笑いしていないと気が済まない性分なのだろう。彼らのような人間にとって、相手は笑い仲間だろうが、内気な女子だろうが、不細工な教師だろうが、誰でもいいのだ。そして、そうやって笑っているだけで、一日に満足して、夜には特に何も夢みることなく、また人を嘲笑あざわらう明日を始めるのだ。


 きっと彼らの行動すべて、或いは本能だけでは片付けられない意識的な部分には、未来への不安とか、今できることの究明とか、そんな概念は存在していないのだろうと想像する。


 勿論もちろん、自分自身にも、彼らのように、高慢な高笑いをするような概念は存在していないのだから、彼らのことをとやかく言うことはできない。だからこそ、心の中ではこう思うのだ。「お前らに生きている意味なんかねぇ」と。


 あたりまえのことだが、自分自身、なぜ自分が今この空間で息をして、このように他人を憎んで生きているのかさえ、知ったことではない。生きている意味は、自分が死んでから他人によって解き明かされるのだ。後付のように。


 露骨に悪態をつかれた数学教諭(40歳)は、もう慣れました、というように、知らん顔をして、教室から出て行った。教室は、一時の無法空間と化した。



 ……あぁ、一体自分はさっきから何を考えていたんだろう。最近、自分でも可笑しいと思えるようになってしまった。どうでもいいことの考えすぎだ。


 勿論、木下たちは嫌いとしか言いようがないし、自分がなぜ生きてるかも分からない。でも、そんなことは、今現在では途方もないことだし、途方もなくどうでもいいことなのだ。


 クラス替えをするまでは木下たちとは同じ箱の中で同じように学生生活を送らなければならないのだし、自分のレーゾンデートル(存在理由)なんてものは、老後の、涙もろくなった頃に、勝手な脚色でもつけて考えればいいんだ。………ほらまた! 考えが奥の方へ入り込もうとしている。


 どうもこうも、自分が考えすぎになったのは、あの本を読んだからだ。


 あんな不可解な、それでいて心に深く潜り込んでくるような話は初めてだった。日本が宗教の自由を認めていて本当によかったと思う。


 あの本のせいで、自分は見事に哲学の世界に引き込まれてしまったようだ。この教室内の、無秩序という秩序を持った世界が、どこか遠くの、自分とは何枚ものマジックミラーを隔てた別の世界のように感じる。しかし、そのような衝動には何の意味もないのだと言うことを思い出し、目の前が真っ黒に暗転する現実的な感覚に、焦りをも感じる。


 私語の嵐という無秩序に、ようやく新たな法律が生まれた。教室に、クラス担任の教諭が入ってきた。


 「帰りの会やるぞ~ おい、席着け倉本!」


 昨日の再現VTRを見せられているかのように、毎日だぶって見える教師の登場場面は、最早、詮議する必要もないことになっていた。彼がいつものように注意を促せば、注意を受けた木下以下決まったメンバーは、めんどくさそうに、自分の威厳を強調するように自らの席に着いた。


 最も、六限目が終わってから一度として席を立つことのない自分にとっては、まったく関係のないやりとりではあったが。


 教諭は、同じ絵柄のスタンプを、一日一回皆の頭の中に押しつけていくぐらいの要領で、明日の時間割を確認した。明日の時間割は……理科・数学・家庭科・体育・美術っと


 その時間割を見て、誰もが、少なからず幸福を感じる。明日は木曜、週に二回の五時限日課の日だ。更に、部活もない。ビバ職員会議!!


 と、テンションを上げてみたものの、どちらにしても今日だって、自分に限っては部活は無いのだ。何故かと言えば、誰になんと言われようがズルと罵られることのない、委員会という理由があるからだ。そしてその委員会は、どうやら最終下校時刻まで終わらなさそうなのだ。


 内心ラッキーだ。部活と委員会、どっちに行っても構わないと言われれば、もし自分の体裁を考えないのであれば、迷わず委員会の方を選ぶだろう。なんといっても楽だ。体を使わなくてもいい。


 それに対して、部活は疲れる。じゃあなぜ帰宅部じゃないのかといわれれば、一時のノリだった。今では多少後悔している。


 しかし、そんな自分の本心とは裏腹に、自分の部活、バレーボール部では、レギュラーとして、ほぼ不動の位置に就いてしまった。その理由は、妙に一年の頃から先生に期待されていたことと、決定的なものとしては、他に自分のポジションを競わせられるほどの部員数がいないことである。男子バレーボールは、今時、それほど主流な競技ではないようだ。


 勿論、それでも補欠や控えに回らなくてはいけないメンバーもいるのだから、間違っても、「部活なんてめんどくさい」なんて人前で口にすることはできない。だからこそ、今日や明日のように、部活のない日は、自分としては、誤って飛び込んだ大きな渦潮の中で、身を預けて休められるぐらいの流木を見つけたぐらいに、安心し、歓喜の溢れるラッキーデイなのだ。



 最近の我がバレーボール部の戦意は、これまでに無く高揚している。自分のように、委員会で練習を欠席したり、キャプテンのように生徒会活動があったりと、日々欠員の絶えないバレーボール部男子だが、毎週のように組まれている練習試合では、ここ数週間、記録的な快進撃を続けている。


 例えば、先々週に対戦した、夏の大会で同じく区で当たる、大松中、朝日北中とは、かなりの差で大勝し、次いで、地区で最も有力という下馬評のある、多寺原たじはら中にも辛勝し、顧問教諭の言葉を借りれば、相手に相当嫌なイメージを植え付けることができた。



 「えぇ、それじゃあこれで、帰りの会を終わります」


 「起立、さようなら」


 「「さようなら」」


 どうやら、余計なことを考えている内に、帰りの会は終わってしまっていたらしい。時が流れる速さと、以外に短い時間しか自分らの生き様について考えていなかったことに少々戸惑いを覚えた。いや、きっと、今日は先生の語らいがいつも以上に長かったのだろう。どうせまた、水飲み場の使用禁止の張り紙が破られていたことについてでも話していたのだろう。


 日常の中で、ほんのどこからも、自分の生と死や、運命に関わる事柄を、何の前ぶりなしに宣告されることのないこの世界に本当に感謝をしたくなる。


 「それじゃあ、委員会頼むよ、タッキー。あと、名札は返しておけよ」


 担任の教諭は、甲斐性な長男が、旅立ち際に、次男坊に向かって激励と忠告を込めて台詞を捨て置いていく時のように言うと、目をチラリとこちらに流してから、教室を去った。


 その間には、何の家族的感情も、ふしだらなジョーク的な意図も感じられず、ただ、彼は教職員としての生徒への責任転嫁と、最終確認を行っているだけのように思えた。



 一瞬、自分の中で、災害時のホテルの電源が主電源から予備電源に替わる時のような、思考の停止が行われた。心臓の鼓動が一回だけ聞こえると、視覚が受け取る世界の鮮やかさが再認識され、教室の中で滞りだした夕日の匂いを感じ、吹奏楽部がかき立てる、チューニングに要する出鱈目な音の連なりを耳がキャッチし、すなおにそれを五月蠅うるさいと思える思考が回復した。


 そして、先刻担任教諭が告げたことを思い出し、自分の胸元を見た。


 そこでは、傾くことを快く了承した夕日の光を、恭しく、控えめに反射させる、プラスチック製の名札が頭をもたげていた。特に考えることもなく、それを胸から取り外し、それに書かれている文字を、所在なさげに読んだ。


 「2年3組 滝原たきはら 悠斗」


 ただ、ただそう書いてあるだけだ。しかし、人はただこれを見て、こいつは「滝原悠斗」なのだと理解するし、自分も、たまにこの名札を見て、自分が「滝原悠斗」であること思い出すのだ。


 今、この瞬間だけをすくい出せば、自分が「滝原悠斗」だということを証明してくれるのは、今、「滝原悠斗」という名の少年に握られた、小さな名札のみなのだし、その名札が、それを証明することについての仮定は、自分の内から溢れ出てくるものなのだ。


 自分、いや、「滝原悠斗」は、自ら、世界の崩壊を座視するような思考を張り巡らせることにたいして、これはどうしようもないことだ、と決着をつけた。決着を付けなければならないと思った。これは、思春期から一歩踏み出した彼らにとっては、よくある衝動でしかないと考えた。


 何もかもが、形ばかりの収拾しかつかないまま、窓際に歩き寄った。外は、ふと後ろ髪を引かれて、振り返った時のあの酷く絶望的な眩しい光に似た、やわらかく、けれどもはっきりとした、季節の訪れを告げる色に染まった空気が、校庭の木々とその他建造物を包んでいた。


 空を仰ぐと、知らず知らずのうちに、賑やかなお祭りを連想させる、食べかけの綿アメのような雲が、ぽつりと浮かんでいる。きっと彼も、宙ぶらりんに浮かんで、何の役にも立たない自分の哲学を振りかざして遊んでいる自分を、遠くを飛ぶハエを眺めるみたいに、見物しているのだろう。


 そろそろ、委員会の方に行かなくちゃいけない。最後に、ありきたりなことを言うようだけど、


    雲っていいな



 

    無題 好意的なあなたに捧ぐ



教えて 教えて 教えて………


教えて 教えて 教えて………


教えてキミの真意こころ ボクだけにとは言わないけれど



  青いSKY 輝くあなた いつでもボクをながれてる


  ボクはキミを知らなかったよ キミはボクを知ってたのかな?


  だけどボクは とにかくボクは


  キミに会えて 変わったみたい… 信じられないことだけど


  恋じゃない 愛でもない そんなはっきりは見えてこない


  教えて 教えて 教えて



新しい季節になって 新しい教室に入って 慣れないボクはよろつきながら


かがやく光を 感じていたよ せまい背中に


春の風に季節外れの こなゆきのような 優しい笑顔


やわらかなキミの 好意が好きで その横顔がいつも見たくて



あなたの名前 降り注ぐ“ユキ” 部屋の中からただ眺めてた


ボクはキミが好きなのだろう キミはボクをどう見てるのかな?


優しいキミは 強いキミは 


なかなか教えてくれない…… 一方通行かもしれないけれど


LOVEなんていい LIKEでいいさ はっきりさせなくても だけど


教えて 教えて 教えて…


教えて 教えて 教えて   CAN YOU TELL ME!!!



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