第71話 歓楽の跡地
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人工物と自然群で彩られた街の中を一台の装甲車が駆け抜けている。辺りにホシの気配は無く、鬱蒼ながらも日差しが眩しく差し込む道を北に向けてゆっくりと進んで行く。
しかしいくら進んでも景色に大きな変化は無いし失踪者の影など当然のように見当たらない。ただ緑色に染められた景色が広がっているだけだ。
「まるでトンネルの中をひたすらに歩いてるみたいな感覚だぜ。出口はおろかハプニングすら見当たらねえな」
「でも五芒星の一体も見当たらないのは異様よぉ。ここに来るまでに沢山見たんだからぁ」
『それに周辺のホシの反応が進むたびに段々と強くなって来ている。これは………………』
「この先には強敵が存在する。ということですわね」
「……………………」
強敵という言葉に芒炎鏡を握る拳の力が強くなる。
━━━━その意味は果たして恐怖か、それとも変化が訪れることへの期待か、それとも別のナニカか。ともかくわたしの中の心は小さく揺れ動いた。
(そういえばシャーナちゃんは大丈夫かな。ひとりぼっちで寂しくしてないかな………………?)
ふと、この場には居ない大切な人との思い出が脳裏を過った。我ながら女々しい、でも思い浮かんだのだから仕方ないよネ。
最後に話したのは確か━━━━━そうだ、『家族』についてだった。あの時は上手に答えられなかったけど、今度はしっかりと答えられるかな…………。
「うん? おい、なんか見えて来たぞ」
そんな事を考えている内に鬱蒼とした森景色は終わりを迎え、新たな景色がわたし達を出迎えていた。
「あれは…………校門?」
「脇に名前が書いてありますわ。『七星大学』…………どうやら大学跡地のようですわね」
「木に囲まれてよく見えないけどすごく広そうだわぁ」
「とりあえず入ってみるぞ」
ジェーンちゃんの不安の入り混じった声と共に装甲車は大学の校門を潜り抜け進みた始める。
そうして雑草の生い茂る坂を登って行き構内へと向かおうとする、が。
「…………道が塞がっている」
「ダメだな。装甲車ではこれ以上は進めない」
崩れた瓦礫の山がわたし達を阻んでいる。しかしよく見て見るとは人が通り抜けれるぐらいの横穴が開いていた。
━━━━━まるで招かれざる客を拒むように、まるで招くべき客を選別する門のように。
『どうやら、その先からホシの反応が来ているようだ』
車内越しでも伝わるこの既視感、感情を逆撫でるような強い悲しみと怒り━━━━あのテーマパークで感じたような不快な感覚に一瞬だけ肌が震えた。
『♪♪♪〜♪〜♪♪♪♪〜♪〜♪〜』
━━━━まさか、まさか、まさか、まさか。
それは確証の無いただの直感。だけど一度感じたそれに戦慄し、冷や汗が頬に流れ落ちる━━━━音色が頭の中から離れない。
「ここから先は自らの足で進めということですわね。ハトさん、メイアさん、武器の用意はよろしくて?」
「ええ、いつでも起動できるわぁ」
「…………………………」
「ハトさん?」
「ッ!? う、うん。わたしも大丈夫!」
「………………なら良いですわ」
しかし頭の中で奏でられていた音色はジュリアちゃんの声と同時に溶けるように消えてしまった。
そうしてわたしは一つ深呼吸をすると芒炎鏡を握り締めた。
「アタイはここから離れた場所で待機しておく。何かあったらすぐに連絡してくれ」
「わかりましたわ。…………それでは出発しましょう、任務開始ですわ」
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瓦礫によって造られたトンネルを潜り抜け、荒れ果てたコンクリート道路を少し歩いた先には━━━━歓楽の祭りの余韻がわたし達を出迎えた。
「七星大学祭…………」
虹色のアーチによって彩られた手作りの門。古今東西、色取り取りのキャラクターが描かれた看板群。その奥には美味しそうな料理を売っていた屋台の骨組みとビリビリに破れたのれんが寂しそうに地面に捨てられている。
五年前のあの日、この場所で学生達があの時のわたし達みたいに祭りを楽しんでいたのだろう。
ふと思いを馳せれば祭りを楽しむ声が━━━━いや、もう二度と聞くことの出来ない甘酸っぱい青春の残響の音色が脳裏の片隅で奏でられていた。
「…………ホシの姿が見えませんわね」
「どこかに潜んでいるかもしれないから油断せずに行こう」
そうしてわたし達は盛況溢れる祭りの余韻が残る大学の構内の探索を始めた。
しかしいくら進んで行ってもあるものは崩れた建物の残骸のみ。ツバサさんの姿はおろか五芒星の姿すら見つけられない。
「広いとはいえここまで何もないのはおかしいと思うんだけど」
「考えたくは無いけどツバサさんを連れたホシはこことは別の場所に向かったということかしらぁ?」
焦燥感がわたし達の中に渦巻く。今も拐われたツバサさんの身が刻一刻と危険に晒されているんだ。
━━━━手掛かり。今のわたし達にはホシの影を追う手掛かりが不足している。
そんな風に歩き続けていた時、ある建物の跡地が目に映る。
「………………カフェ?」
「中はボロボロだけどまだ建物の原型が残ってるわぁ。ホシの被害が軽微だったようねぇ」
『おや? そのカフェの中に電子機器の反応があるみたいだ』
「電子機器?」
この廃墟群には似つかわしくない言葉にわたしは思わず首を傾げてしまった。
こんな荒れ果てた場所でレーダーに反応する電子機器が見つかるなんて、地下空間で鳥を見つけるぐらい珍しいものだ。それも廃大学のカフェの中で。
「なにか手掛かりになるかもしれませんわ。行ってみましょう」
だけどそんなわたしの疑問はジュリアちゃんの提案を断る理由にはならなかった。そうしてわたし達は警戒はそのままに薄暗い店内へと入って行く。
「流石に店内は荒れてるネ…………」
「ハロルドさん、反応はどちらから?」
『君達から見て10時の方向だ』
ガシャンという割れた窓ガラスを踏み締める音と共に入店したわたし達を出迎えたのは仄かに感じるコーヒー豆の香り。そしてカウンターの奥で微かに見えた光の点滅だった。
その光に吸い寄せられら様に近づくとそこには一台の小さな機械が無造作に捨てられてた。
「これって…………」
「えぇ、L.A.T社の小型録音機。━━━天門台の隊員に支給されている装備ねぇ」
「これがここにあり、そしてまだ起動している。持ち主の身分はもはや考えるまでも無く明らかですわね」
この録音機の持ち主はおそらく例の失踪事件の調査をしていた天門台の隊員の持ち物。
そしてこれがここにあるという事は━━━━この大学が失踪事件に何かしらの関係のある場所だという事の証明でもあった。
「音声が残っているわねぇ。………………聞いてみましょう」
「………………うん」
重苦しい空気の中、メイちゃんが録音機を再生する。すると『ザザ…………』というノイズ音の後にか細い女性の声が聞こえて来た。
『ハァ…………フゥ…………11月16日。こちら天門台所属隊員のウルミ。失踪者捜索任務について記録する。
捜索を開始してからおよそ三日。私達調査チームの四人は失踪者が出たコロニーでの調査と大学の捜索の末この七星大学に失踪者が…………ザザッ…………があった!
だけど救出には…………ザザッ…………があり困難………ザザッ…………クソッ、紫色の光がもう来た! 失踪者は北部の森…………ザザッ…………る! あそこにはじゅ…………ザザッ…………』
そうしてウルミ隊員の声は砂嵐の様なノイズ音によって掻き消され聞こえなくなってしまった。
「やっぱりこの場所は失踪事件と関係あったんだ……………」
「彼女の声は鬼気迫る様子だったわぁ。まるで何かに追われているみたいだったわねぇ」
「だけどそんな中でもウルミ隊員は手掛かりを残してくれましたわ。彼女の身に何が起こったのかを含めてワタクシ達の手で解明しないといけませんわね」
ウルミ隊員の残された音声から得られた手掛かりは三つ。
一つは理由はわからないけど失踪者はホシの手によって誘拐されていた。そしてその人達は大学北部にある森にいるみたいだ。
もう一つはウルミ隊員が何者かに追われていた事だ。それがホシなのかはわからないけどその様子を聞くにかなり危険な存在だ。
━━━━そして最後の手掛かりは。
「『紫色の光』……………」
それはただの言葉の羅列に過ぎない━━━━だけどまるで背中を虫が這いずる様な感覚が襲って来る。
そしてその感覚は隣にいるメイアちゃんも感じていた。
「ウルミさんは『紫色の光が来た』と言っていたわねぇ。…………ふふ、不思議ねぇ。この言葉を聞いただけで鳥肌が立ってしまいそうよぉ」
「お二人ともどうかしましたか? 冷や汗が流れていますわ」
わたし達の動揺にジュリアちゃんは心配そうな面持ちで見つめている。
それも仕方ない、この全身が凍るような感覚はあの時にあの場にいたわたし達三人にしかわからないだろう。
━━━━だけどこのまま恐怖に足を竦ませても意味無いよネ。
「いや、大丈夫、大丈夫。それよりこれからどうしよう?」
「え、ええ。手掛かりとして一番確実である北部の森の方へ………………」
『待ってくれ。微弱だがそこから南西60の距離で星反応を感知した』
「了解ですわ。ではまずは身に振りかかる火の粉を払いましょう」
そうしてわたし達は戦闘準備を整えてからカフェを後にした。
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「反応が微弱という事はおそらく六芒星あたりでしょう。しかし慢心は禁物ですよ」
「もちろん。敵が現れたらすぐに動くからネ」
そうして迫り来る敵を迎え撃つために警戒を固めていたその時━━━━その『敵』は姿を現した。
「う…………あぁ…………」
「え?」
そこにいたのはホシではなく、ボロボロになり色褪せた白色の戦闘スーツを身に纏う女性だった。しかしその身体にはいくつもの傷跡が刻まれており、息も絶え絶えと言った様子でこちらへ向かって歩く姿はかなり痛ましく見える。
何より、微かに聞こえるうめき声が飛びそうとしていたわたし達の心を引き留めた。
「彼女…………ウルミ隊員?」
『みたいだ。だが酷い状態…………おや?』
「無事だったんだネ! それより早く助けないと!」
「あっ、ハトさん!」
メイちゃんの静止の声を振り切って、わたしは今にも倒れてしまいそうなウルミ隊員の下へと駆け寄り彼女の身体を支え持った。
「大丈夫? 今治療するからネ!」
「う…………お…………」
━━━━とても冷たくて、とても苦しそう。たぶんホシと凄まじい戦いを繰り広げていたのだろう。でもわたし達が来たのならもう大丈夫。すぐに助けないと!
「お…………お…………」
そうしてウルミ隊員を支えながら二人のところまで戻ろうとした時、彼女がわたしに向けて小さな声で何か伝えようとして来た。
「どうしたの?」
「お……………お…………」
『ッ! 離れろハト君! 星反応は彼女から発せられている!』
ハロちゃんの声がわたしの耳を通り抜けようとしたその瞬間━━━━━芒炎鏡の銃口がわたしの眉間に突き付けられた。
「えっ…………?」
「お父さんのために……………………死んで♡」




