第53話 レトロ・スタート
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「ハァ、ハァ、ハァ…………なんで俺がこんな目に!」
ニュー・トウキョウ北東部、その郊外にある太陽の光が届かない路地の中を一人の男が走っていた。その男は散乱する瓶や缶のゴミを足蹴にし、息を切らしながら背後から何かから逃げていた。
「イッテェ…………クソが、クソが、クソが!」
走り過ぎて心臓が苦しくなろうとも男は走り続けている。しかしいくら走れど追跡者を撒くことはできない、そうしていつしか路地の行き止まりにぶつかってしまったところで男は振り返った。
「………………」
「う、動くな!!」
男は叫びながら手に持った拳銃を追跡者へ向ける。が、追跡者が足を止める事は無い。
ただただ無言で一歩、また一歩と壁に背を付けた男へと近寄って来る。
「舐めやがって…………!」
だが悲しいことに、その姿は男の感情の琴線を刺激してしまう。そして怒りを露わにした男は迷う事なくその引き金を追跡者へ向けて引いた。
バンッと、乾いた音が路地に木霊する。
狭い路地の至近距離射撃、ただの人間なら避ける事は困難であり致命傷は避けられない。
だが、追跡者に銃弾は当たらない、━━━━いや、手に持った短い鉄棒によって弾かれてしまったのだ。
「う、嘘だろ?」
「……………………」
「ゆ、許してくれ、あれはただの出来心なんだ…………アンタの欲しいものならなんでもくれてやるだから………………。く、来るな、頼むから来ないでくれ!」
そうして先程の銃声に負けずとも劣らないほどの叫び声が狭い路地の中に響き渡るのだった。
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「盗難品の奪還ですか?」
「そうだ。この依頼をHLチームで解決して欲しい」
今日も明るい日差しの差し込む天門台の最上階。呼び出されたわたしにエレン支部長はいつもと変わらない厳格な面持ちで言った。
「少し疑問がなんですけど、これはHLチームがやることなんですか?」
「言いたい事はわかる。盗難事件の解決は警察組織や自警団がやるべき事だろう。だがこの件はおそらく両組織とも手が出せないものだ」
「どういうことです?」
「この依頼はペンタグラムの一角、レストラン・ナゴヤンの下部組織からの依頼なのだ」
レストラン・ナゴヤン。
ニュー・トウキョウ全域に展開する外食チェーンの最大手だ。ファストフードから始まり和洋中伊の本格レストランに加えて、あのケーキ専門店のキャンディ・ショップを運営しているまさにこの街の『食』の頂点的存在だ。
だけどその華々しい看板に反して、会社の社長であるミセス・マルティネスには様々な黒い噂が絶えない。
その噂は、まあ…………背筋の凍る内容だよネ。
「行政機関である彼らにとってこの組織とはあまり接点を持ちたくない、それは天門台だろうと同じだ。だがHLチームは違う、どのような者であろうと手を差し伸べる。大変な仕事になるかもしれないが、受けてくれるか?」
「もちろんですヨ。ちょっと怖いけど頑張ります!」
「感謝する、それでは自室に戻って準備をしたまえ。街中で天門台の制服を見せびらかすものでもないからな」
「わかりました!」
エレン支部長に一礼して支部長室を後にしようとした時、「コホン」とわざとらしい咳払いが出ようとするわたしの足を引き止めた。
「………………ああ、これは独り言だがね。シャーナ隊員の精神も安定し暴走する危険も少なくなった。そろそろ街に出しても問題ないだろう」
「あっ………………はい!」
そうしてわたしはステップ混じりの足取りでエレベーターに乗り込み、自室へと戻るのだった。
うふふ、シャーナちゃんに何を着せようかな〜。ワンピースとか良いかも!




