第41話 溺れる
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━━━━押し寄せる波に流される、まるで運命みたいに。
━━━━息が苦しくて眠くたくなる、まるで心みたいに。
あれはわたしが九歳ぐらいの頃だったかな。その時の夏のある日、わたしは海の中で溺れていた。
確かわたしが『海に行きたい』ってわがままを言ったことが発端だと思う。そうして初めての海ではしゃいで、転んで、海に流された。そんな感じの理由だと思う。
「ごぼっ、たひゅけ…………!」
もがいても、もがいても身体は沈んでいって、ごぼごぼと口から漏れる泡だけが上昇していて。そんな風にしながらなんとなく『嫌だ』っていう言葉を心の中で叫んでいたような気がする。
でもいくら願っても助かることは無くって、子供ながらに『もうわたしはダメなんだ』って諦めていたんだ。
「ハトちゃん!! 掴まって!!」
━━━━そんなわたしを誰かが掴んでくれた、まるで希望みたいで………………希望みたいで。
だから、今度はわたしが助けるんだ。あの日のわたしを救ってくれた希望みたいに。
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「う、ううん………………」
鼻の奥から来る少しの息苦しさと、身体に触るベタベタした感触によってわたしは目を覚ました。
瞼を擦りながら周囲を見渡すと、山の中にある開けた場所でわたしは横になって倒れていた。
「そうだった、確か八芒星の攻撃で押し流されて…………そうだ! シャーナちゃんは!!」
水浸しの戦闘スーツと水を吸った地面が今の状況を教えてくれた。しかしシャーナちゃんの姿はいくら見渡しても見つかることは無い。どうやら流されている途中で逸れてしまったみたいだった。
そしてそれを理解したわたしはこう思った━━━━━嫌だ、と。
「すぐに探さないと!」
津波によって打ち付けられた身体を無理矢理立ち上がらせて、シャーナちゃんを探すために一歩を踏み出す。だけど、わたしの身体は予想以上に疲れていた。一歩を踏み出す事もできずに膝を付いてしまったんだ。
「くっ、シャーナちゃん…………!!」
それでもわたしは倒れるわけにはいかなかった。這いつくばってでも前に進もうとして腕に力を入れた、その時だった。
『…………………………』
「………………え?」
━━━━━あの溺れるような苦しみが、わたしの前にいた。
身体は今にも崩れ落ちそうなぐらいにボロボロになってるのに、それでも明確な戦意と敵意を持ってて、見下ろすようにしてわたしの前にいたんだ。
━━━━━だからこれは条件反射の行動だった。溺れている時、水面へと這い上がるためにもがくように。
「ああああああ!!!」
わたしはバックパックの中に入っていた剣火鏡を手に取って、目の前の苦しみ━━━━八芒星に向けて全力で切り掛かった。
『…………………………』
でも、疲れ切ったわたしの攻撃なんて八芒星からまさに子供の遊びに等しくって。身体を少し光らせて熱光線をわたしの踏み出している右足に撃つだけで簡単に戦闘が終わってしまった。
「あ…………あがぁっ…………!?」
━━━━聞こえたのは、ばたりとわたしが倒れる音ところっと剣火鏡が転がる音。
刺すような激痛が右足を襲って来ると、身体の中にある温度が急速に抜けていく感触と共に全身が寒くなった。
『…………………………』
「あ…………いや………………」
そして、仰向けのわたしが見たのは━━━━無機質な死の気配。感情も無く人を殺せる自然の姿だった。
もがいても、もがいても身体は冷たくなっていて、口から溢れる否定の声はまるで泡のように消えていく。いくら『嫌だ』と思っても目の前の現実が変わることはなくて、ただ今はひたすらに寒かったんだ。
━━━━━あ、もうこれダメだネ。
━━━━━所詮力のないわたしなんてダメだったんだ。そう諦めるようにわたしはゆっくりと瞳を閉じていく。
「おねえちゃんを、いじめるなぁ!!!」
その時だった、聞き覚えのある希望が閉じようとしていた瞳を覚醒させた。
「…………シャーナちゃん?」
木々の隙間からシャーナちゃんが飛び出して来たのだ。その身体はうっすらとした金色の光を纏い八芒星へと向かっていた。
「はああああ!!」
『……………………!!?』
手にはわたしの手から弾き飛ばされた剣火鏡を持っており、激しい雄叫びと共にオレンジ色に輝く光の刃を八芒星に向けて振り下ろした。
八芒星は当然その光から逃れるために回避行動を取る。が、彼女の振るう剣火鏡の一振りは敵を逃さなかった。続く二振り目、三振り目も正確な太刀筋で敵に傷を与えていく。
「うりゃあああああ!!」
「………………イブちゃん?」
それはまさしくイブちゃんが天太芒炎鏡を使っている時の剣術とまったく同じ、鏡写しと言っても過言じゃなかった。
『……………………!?』
「くらえ! くらえ! くらえぇ!!」
なんでシャーナちゃんがイブちゃんの動きをやれるのかはわからない。でもそれによって八芒星を追い詰められているのは事実だ。
━━━━━だけど、追い詰めたことによって最悪の展開が生み出されてしまった。
『……………………!!!』
それは苦し紛れの行動だったんだろう。八芒星は一矢報いようとシャーナちゃんに向けて熱光線を放ったのだ。
「かんたんだよ!」
今まで放って来た爆発を起こすようなものではない、ただ敵を貫くためだけの細い熱線。シャーナちゃんがそれを避けるのは実に簡単なこと。本当にただの悪あがきに過ぎなかった。
━━━━避けた拍子に剣火鏡に熱光線がぶつかって弾かれるまでは。
「………………え?」
そうして弾かれた熱光線は━━━━━木に寄りかかっていたわたしのお腹を貫いた。




