第40話 山池の八芒星
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山の中を一歩また一歩と、傾斜の道を慎重に歩いて行く。
ぐしゃりと葉っぱの踏み鳴らす音の中にザーッと空気を揺らす水の流れる音と共に涼しげで爽やかな風が頬を撫でる。それのおかげか山の中特有の蒸し暑さはまるで無く、涼しい環境の中でわたし達は目的地に向けて進むことができていた。
「はあー、自然の空気がたまらないネ」
シャーナちゃんなんて、「ん〜!」と猫みたいに喉を鳴らしてとても気持ちよさそうにしている。戦場にいるのが嘘みたいな爽やかさだネ。
でも微かに耳を刺激する違和感をわたしは聞き逃さない。
「なんか変な音が聞こえて来ない?」
「この音は…………どうやら滝が近いようですね。でも確かに変ですね、音が近すぎます」
「池に続いて滝かいな、いかにもな水を扱う八芒星がいそうなところやな」
そこに目的の敵がいると言う漠然とした確信の中、音の方へ向けて進み続け、そろそろ息が上がり始めたかかという頃、大粒の飛沫が飛び交う池の前へと辿り着いた。
『……………………』
━━━━そして、ヒバリさんの読みは的中した。
池の奥、水の大槌が流れ落ちる滝壺の中に青いホシの影が揺らめいた。その姿はまるで滝行に勤しむ修行僧のようで、自身の身体がどれだけ傷付こうとも微動だにしていない。が。
『……………………!』
自身に害を為す侵入者を察知したのだろう。八芒星は滝壺の中からその青い身体を出現させると、明確な敵意を持ってわたし達に向けて接近を始めた。
そんな光景を目撃したヒバリさんは申し訳なさそうに頭を掻いた。
「はあー、冗談キツイで。………………総員戦闘態勢を取りや!」
━━━━━その言葉が開幕の合図となった。わたしはバックパックに入った芒炎鏡を二丁取り出して直ぐにシャーナちゃんの元まで駆け寄った。
「はい、シャーナちゃん」
「ぼーえんきょーだ、これ使うの?」
「そうだよ。昨日訓練した時みたいにあそこにいるホシに向かって撃ってね。それともしあのホシが変なことをしたらすぐに逃げるようにね」
そう言ってわたしはシャーナちゃんにイブちゃんの使っていた芒炎鏡を渡した。
この任務は八芒星の討伐と同時にシャーナちゃんの力を測るための試験も兼ねている、故に彼女もあのホシと戦わなくてはならない。一応芒炎鏡の基礎訓練だけはわたしが教えたけど、果たしてどうなるか。
「コア中継ユニット接続、システムオールグリーン、陣光衛星起動や!」
「天門台隊員コードAF、アナ。行きます!」
二人も準備完了だ。
そうしてわたし達は戦闘態勢を整えると、迫り来る敵に向かって芒炎鏡の銃口を向けて引き鉄を引いた━━━━戦闘開始だ!
開戦の幕開けは三つのオレンジ色の光。バンッと大きな破裂音が聞こえると池の上を駆ける真昼のホシを撃ち貫かんと三連星の光の線が真っ直ぐ突き進んで行く。
『……………………』
しかしその光は水の壁に阻まれ、霧のように霧散した。八芒星が池の水を操り攻撃を防いだのだ。
そして八芒星はこれ幸いとでも言うようにその身体を激しく眩かせると、強力な熱光線攻撃を放った。
真っ直ぐな直線を描き落ちて行く流れ星。その狙いはわたし達。
━━━━━ドゴォォン!
激しい爆発音が周囲の空気を揺らし、茶色い爆煙がこの広大な山の森全体を包み込んだ。
この容赦の無さ。上位個体である八芒星に相応しい強烈な攻撃だ。並の人間ならひとたまりもないだろうネ。
「━━━━━でも、相手が悪かったよネ」
━━━━━爆煙が晴れ先で八芒星が目撃したのは、倒れ伏す敵の姿などでは無い。緑色のバリアに包まれた傷一つ無い三人の少女の姿だった。
「はん、そんなケチなビームなんてパネルをポチッと押してチョチョイのチョイや」
『陣光衛星2ndタイプ』
強力なサポートを可能にする陣光衛星の最新型。バリアなどの機能をホログラムパネルのワンタッチで発動することのできる優れものだ。
ヒバリさんはそれを使ってバリアプログラムを一瞬で構築。八芒星のビーム攻撃からわたしとアナさんを守ってくれたのだ。
━━━━━そう、今この緑色のバリアの中にいるのは三人だけなんだよネ。それはつまり━━━━━
「今だよ! シャーナちゃん!!」
「わー!! くっらえー!」
最後の一人は爆煙が晴れた先ではない━━━━八芒星の背後だ! 一瞬で敵の背後に回り込んだシャーナちゃんはその隙だらけの背中に向けて三発、芒炎鏡の光を撃ち込んだ。
『……………………!?』
衝撃で仰け反る身体。そして八芒星はまるで倒れるようにしてこちらに向かって落ちて来る。
「いえ違います! 散開してください!」
しかし八芒星の闘志はまだ尽きてはいなかった。奴はこのままでは終わないと言わんばかりに攻撃を受けた衝撃によって生まれた速さを攻撃に利用したのだ!
その狙いは━━━━━アナさんだ。このまま回避行動を取らなければ致命傷は避けられない。
「…………ざーんねん」
━━━━━瞬間、八芒星の周りを激しい電流が包み込んだ。そう、星電器だ。突如として発生した電気の拘束具は最後の一矢すらも許さない。
「少々近いですが、丁度良い位置です」
そして八芒星が止まってしまった場所は、アナさんの目の前。彼女にとっての必殺の間合い。
「星糸牙…………起動します!」
その掛け声と共にアナさんの右手から鉄製のロープが射出された。ロープは真っ直ぐ八芒星へと迫りると先端に付けられた尖った青い石のようなものがその固い身体に食い込んだ。
対星物拘束兵器『星糸牙』。
腕に装備された射出装置からロープの括り付けられた牙を発射させ、敵を捉えて拘束する武器。この牙には様々なホシのサンプルが混ぜ込んであり、釘の種類によって拘束と同時にホシに対して様々な攻撃を可能にする。
そして今はこの八芒星には星糸牙によって『脱力』の効果━━━━つまり身体の力を抜けさせられているさせられている。
『……………………!!』
八芒星は食い込んだ牙を抜こうと必死にもがく。が、脱力の効果によって牙が抜ける事はできずにその場にまさしく釘付けになってしまう。
「よっしゃあチャンスや! 鶴瓶撃ちにしたれ!!」
「もちろんだぁ!!」
「いっくぞー!」
━━━━━そう、最大のチャンスが訪れたと言う事だ!
ヒバリさんの掛け声と共にわたし達三人は芒炎鏡を突き出して引き鉄を連射した。連続で鳴り響く乾いた音色、そして楽譜の横線みたいな沢山の直線を描くオレンジ色の光。
━━━━━ドゴォッン!!
動けない八芒星は当然その全てを喰らい爆炎と共に身体の全てが朽ち果て━━━━━━━なかった。
『…………………………』
「…………まさか、立っているとは」
身体の至る所に穴が空き、朽ち果てた身体の一部がポロポロと地面に転がり落ちていたが、八芒星はそれでも生きており、その壊れ掛けの身体を宙へ浮かせていた。
そして、わたし達は失念していた。━━━━━追い詰められた者が見せる力を、執念を。
『Arghhhhhhhhhh!!』
初めて聞いた八芒星の声は耳をつんざくほどの叫び声だった。その声に呼応して周囲の景色が変化する。
辺りの池が揺れ、滝が震え上がり、その振動はある物を生み出した。
━━━━━ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
「おいおいおいおい、ほんまかあれ?」
「皆さん、直ちに退避行動を! ━━━━津波が、来ます!」
わたし達に襲い掛かるはまさしく質量の暴力。ありとあらゆる物を圧殺し、全てを洗い流す自然の兵器━━━━災害だ。
災害から逃れる術は人間には無い………………だけどわたしは!
「シャーナちゃん!!」
「おねえちゃん!!」
反射の行動だった。わたしはシャーナちゃんの手を引くと、近くの木の裏で彼女を守るようにして抱き抱えた。
身長なんてわたしの方が低いし、筋肉もそこまで無い。言うなればただの『悪あがき』だ。
━━━━━でもわたしはシャーナちゃんを守るって誓ったんだ!
「良い子だからジッとしててね。わたしが守るからネ」
「おねえちゃん! おねえちゃん!」
━━━━そうして、わたし達は津波に飲み込まれるのであった。




