第36話 皮肉
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
あの戦いから一週間が経った。
315人、今回の十芒星・マーズの襲撃により亡くなった人達の数だ。
物的被害は郊外にあるそのほとんどの建物が崩落、わたし達が戦った戦場の中心は完全な瓦礫の山と化した。
元々脆弱だったインフラ設備は地面に深く埋め込まれた物質輸送列車のレールを除き完全に崩壊。そこに住む彼らの生活は再び奪われてしまった。現代の建築技術を考慮しても復興には最低でも一年半は掛かると言われている。
━━━━━彼らの命、そして生活を守れなかった事はどんなに悔やんでも悔やみ切れないよ。
とはいえ防衛部隊の尽力により郊外で十芒星の侵攻を食い止めれたことでシェルターの奥に住む人と物の被害が無かったことだけは唯一良い情報と言えるかな。
天門台は本来なら『危険な十芒星からニュートウキョウの壊滅を防げた』と称賛されてもおかしくはない。だけど世論は今回の件を厳しく取り上げた。
今回の出来事を受けてある情報番組が天門台を痛烈に批判。偉そうな学者やら専門家達による『ここをこうするべき』とか『もっと防衛に力を入れろ』などの中身の無い意見で溢れ返った。
街では星物保護団体の抗議デモが激化、『人類が攻撃しなければホシは反撃しなかった』と主張しホシとの融和を訴えていた。
総じてこの人達にわたしが言える事はただ一つ。
「これだけ頑張ったのに酷いや」
わたし達がこれだけ頑張ってみんなを守ったのに、あの人達は守れたものよりも失ったものを数えている。
わたし達はこれだけ傷付いたのに、郊外の人達は沢山死んじゃったのに慰めることも悼むことすらしない。
テレビの中に広がる何も失ってない人達はただひたすらわたし達に文句を言い続けてるんだ。まるでブーブーと鳴いている豚さんみたいに。
━━━━━そんなことができる恵まれた環境が羨ましい。憎たらしいぐらいに。
まあでも、市民の一部が今回の襲撃を受けて天門台に莫大な資金を寄付してくれたのは良いことの一つだろう。その裏にある色々な事情に目を瞑ればだけどネ。
何はともあれこの一週間は毎日がてんやわんやで、「うげー」と声を漏らすような日々の連続だった。
「はあー、とっても気持ちいいナァ………………」
だから今のわたしはこうして研究課の休憩室にあるテーブルに身を預けるのも仕方がないのだ!
「ここ、座らせてもらうよ」
「にゃあ」
そんな感じにだらけていると、ハロちゃんが二杯のコーヒーを持ってわたしの向かいの席に座り、その隣で黒猫のフェアリーがテーブルの上で前足を舐めていた。
「お疲れ様、ハト君。十芒星の襲撃以降僕の手伝いの傍ら支部長の命令で市民の救助に駆り出されたり郊外の人達の仮設住宅設置の手伝いをしていたんだったね」
「そうなの。あれやれー、これやれーって、エレン支部長って人使いが荒すぎるヨ…………」
「非常時には信頼できる人に頼りたくもなるさ。彼女も今回の件の責任を取るために苦労していたようだしね」
そう言っている間にも、休憩室のテレビからは今回の件についてぐだぐだ文句を言うようなニュースが流れている。
もううんざりを通り越してわらえる内容ばっかりだ。
「……………………」
「彼らは情報を切り売りして今日のパンを食べるんだ。そんな人達の批判は気にしない方が良いよ。少なくともあの時の僕達にはあれが精一杯だったんだからね」
「そうだよネ…………、うん、そうだよ」
ハロちゃんに励ましてもらって少しだけ元気が湧いて来た。
わたしはコーヒーを受け取ってゴクリと飲んだ。うん甘い!
「わたしは頑張った! ハトちゃんは偉い! だからフェアリーの肉球をぷにぷにさせてー!」
「んにゃあ! ふしゃ!」
「ああー! また弾いた!」
「ははは、オーケーだ。いつもの調子に戻ったみたいで僕も安心したよ」
そうして、休憩室でのひと時が過ぎようとした時だった。
「ハトさん」
休憩室の扉が開く音と共にメイちゃんがわたし達の下に現れたのだ。その表情は真剣そのもの、まるで戦場に赴く時のような緊張感が漂っている。
そうして彼女はハロちゃんに聞かれないようにわたしの耳元まで顔を寄せると、消え入りそうなか細い声でぽつりと呟いた。
「時間よ、彼女を連れて最上階に来て」
「………………うん」
「それではハロルドさん、私はこれで失礼します」
「…………ああ、|君に幸運を《グッドラック トゥ ユー》」
それだけ言うと彼女はハロちゃんに挨拶をして休憩室を去って行った。
ついにこの時が来た━━━━いや、来てしまったのだ。
「それじゃあわたしも行くヨ、じゃあねフェアリー」
「うん、気を付けてね」
「にゃあー」
そうしてわたしもメイちゃんに続くように休憩室を後にして、長い長いエレベーターを降って行くのだった。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
長いエレベーターを降りてたどり着いたは収容区画の『Zー9』━━━━シャーナちゃんの部屋だ。
「シャーナちゃん、今日も来たよ」
「あ、おねえちゃん!」
部屋に入ったわたしをシャーナちゃんはとことこと駆け寄り、いつもと変わらない笑顔で出迎えてくれた。その様子からは一週間前の戦いのことなんてまるで覚えていないみたいだ。
「シャーナ、おねえちゃんがくるまでじっとまってたんだよ。えらいでしょ!」
「うんうん、とっても偉いね」
わたしは駆け寄って来た彼女の前で膝を付いて、ゆっくりと優しく頭を撫でる。すると彼女は気持ち良さそうに喉を鳴らしてわたしの手に心を委ねていた。
━━━━━ああ、唇がとっても重い。でも言わないとネ。
「…………あのねシャーナちゃん、今日はおねえちゃんと一緒に来て欲しいところがあるんだ」
「え? どこかにおでかけするの?」
「うんそうだよ。いいかな?」
「いいよ! おねえちゃんとはじめてのおでかけしたい!」
以前の騒動と違って今回は監視の人には話が通っているから問題無い。
そうしてわたしはシャーナちゃんの手を握って収容区画の廊下を引き返し、再びエレベーターへと乗った。目的地は最上階━━━━━支部長室のある場所だ。
地下十一階、地下六階、地下二階、地下一階、そして一階。長い長いエレベーターが地上へと上がった時、エレベーターの窓ガラスから澄み渡る青空と純白の街の景色が広がった。
「わあ………………」
その光景を見たシャーナちゃんは爛々と目を輝かせて街の様子を眺めていた。それはまるで新しいおもちゃを買ってもらった子供みたいに楽しそうだった。
それを見てわたしの顔もついつい綻び、そしてまた元に戻る。
(そうか。シャーナちゃん、目が覚めてから一度も街の景色を見たことが無かったんだ………………)
十芒星との戦いの時はそれどころでは無かった。
つまりわたしにとっては見飽きた景色も彼女にとっては全てが新鮮で輝かしい発見なのだ。
「シャーナちゃん、楽しい?」
「すごいたのしい!」
「…………よかったね」
わたしのか細い呟きにシャーナちゃんは「うん!」と元気な声で返すのだった。
そうしてエレベーターは最上階へと停まり、チーンと機械的なベルの音と共にドアが開いた。
わたし達はエレベーターから降りて、目的地へ続く真っ白な廊下を歩いて行く。
「これからどこにいくんだろうなぁ、たのしみ!」
「……………………」
今だけはシャーナちゃんの言葉に返事ができなかった。
一歩進むごとに心臓の音が大きくなるような、言葉にできない緊張感が顔に出ないようにしてわたしはただひたすらに前へと歩いて行く。
「おねえちゃん、だいじょぶ?」
「………………うん、大丈夫だよ。行こうか」
シャーナちゃんを不安にさせたくなくて嘘を吐いてしまった。それほどまでに、今のわたしは追い詰められているのだろうか?
また一歩、また一歩。まるで絞首台へ向かう罪人のようにわたしの重い足は前へと進むことを躊躇っている。
でも、止まれない。感情が静止しても軍人としての理性が足を止めさせてくれなかった。
「………………あそこにあるのってなんだろう」
「え?」
だけどシャーナちゃんがあるものに指差したあるモノをキッカケに、わたしは足を止めることになった。
それは真っ白な廊下には似合わないモノだった。
━━━━━赤色と水色。
それは普通ならただの『色』だ。しかしその『色』は廊下の一部を盛り上げて凹凸を作りわたし達の歩く道を遮っていた。
二つの色はまるで━━━━━いや、もう回りくどい言い回しはやめて目の前の現実と向き合おう。
「こんなところで何やっているんですか………………ヴェニアさん?」
「うぇー、お腹空いたァ」
「アハッ! だれかー、アタシを起こして欲しいなー!」
そこにはトマトジュースのシミが付いた白衣を纏う研究課の主任であるヴェニア・サハルさんと、頭に一輪の花を飾っている水色のワンピースを着た謎の少女の二人が数字の11みたいになって寝転がっていた。




