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【連載版】星空を見上げれば  作者: ジョン・ヤマト
第一章 心の奥に誓いを秘めて
30/121

第29話 妖精

    ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

 それはトラックに乗って天門台へと帰る途中の出来事だった。

 様々な色の車達が不規則だけど丁寧に行き交う道路はまるで昔のテレビで見た沢山の人達が交差点を行き交うように、乱雑でありながら洗練された動きをしていた。

 だけど洗練されたと言っても何十台の車がひしめき合っているのだ。つまり、わたし達が渋滞に巻き込まれるのも仕方のないことだった。


「何年経っても変わんねえなぁ、みんな何を急いでいるんだか」


 隣で運転するジェーンちゃんの愚痴が開いた窓から虚しく晴れ空に溶ける。

 そんな風にして最終的に二十分もの時間を掛けて渋滞の最前へと差し迫った時━━━━彼らの姿が見えて来たのだ。


『ホシと対話せよ! ホシ達は決して人類の敵ではない!』


 拡声器で鳴り響かされた声。それを発しているのは数十人の列の先頭に居た男からだった。

 川の流れを止める(せき)のように、数多の人が耳に障るほどに大きい声を上げながら道路を横断していた。


星物保護団体セイル・アウェイ・スターズ………………」

「……………………」


 わたし達が命をかけて人類をホシから救おうとしても、それに反発する人は現れる。ジェーンちゃんの言葉を借りるならそれはいつの時代も変わらないものの一つ。『何かをやろうとすればそれに反対する人』ということだ。

 今道路を横断しているのはそんな人達、戦場の外側でホシとの共存を謳っている彼らはいつしか『星物保護団体セイル・アウェイ・スターズ』と名乗り様々な活動を繰り広げている。


「チッ、こうなるとまた時間をくっちまいそうだな」

「ヴィーナスが討伐されて以降こういうの多いなぁ」

「お気楽な奴らだよ。安全な鳥籠の中でピーピー騒いでやがる。実際に戦場に行って血を流してるのはハトとかなのによ」


 ジェーンちゃんの侮蔑の籠った言葉が嫌に澄んで聞こえて来た。

 そういえば、イブちゃんもあの人達にはあまり良い印象を持って無かったなぁ。前までは聞いてもよくわからなかったなぁ。


『ホシは私達の友だ、武器を捨て共に歩み寄ろうではないか! 私達"オペラ座の騎士"が新たな理想の世界を実現させるのだ!!』

「…………………………」


 ━━━━でも、今ならイブちゃんが嫌っていた理由も少しわかる気がする。

 ホシによってイブちゃんは殺されたのにそんな奴らに歩み寄るってあの人達は言ってる。それが理想の世界? そんな世界を実現させる?

 ふざけて………………


「おい、大丈夫か?」

「え、うん…………」

「無理すんな、あまり良い気分じゃねーよな。アイツらも昔は違ったのになあ」


 ジェーンちゃんはどこか憂うつ気味に、点滅する信号をじっと見つめていた。その下を星物保護団体セイル・アウェイ・スターズは我がもの顔で横断している。


「ほんと訳わかんねーよな、色々と」

「……………………」


 結局わたし達が天門台に帰って来た頃には、時計の時刻は午後四時を示していた。





    ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

「ここまで来ればアタイだけで充分だ! 手伝ってくれてサンキューな!」


 トラックから検査機を搬入した後、ジェーンちゃんと別れたわたしは研究室へ戻るために天門台の七十四階を歩いていた。

 以前ならもう夕方の時間、だけどガラスの外の景色は相変わらずの晴天に包まれている。

 そんな明るい廊下を進んで行きジェーンちゃんが無理矢理電子ロックを解除した扉を開いて部屋の中へと入ると。


困ったなぁ(トラブルナウ)…………フェアリー、僕の膝は君のベッドじゃないんだ。寛ぐなら自分のベッドの上で寛いでくれないかな?」

「にゃあ? んにゃ…………ごろごろごろ」

「その嬉しそうな顔。どうやら君のとっては僕の膝が最高のベッドのようだね………………」

 

 ━━━━ハロちゃんの膝の上で真っ黒い生き物が丸まっていた。


「えーと…………、今戻りましたヨ」

「おや、やあハト君。ジェーンの付き添いありがとうね。そういえば君に…………」

「んにゃあー」

「ああ、フェアリー!」


 言葉を遮るようにして黒い生き物━━━━フェアリーと呼ばれた黒猫は自分のベッドから飛び出すと予期せぬ来訪者、つまりわたしの前に立ち塞がった。

 ぴょこんと跳ねた尻尾をゆらゆらと揺らしながらわたしを見上げるフェアリー、その様はまるで空を揺蕩う雲のように気まぐれだった。

 

「あー………………」

「にゃう」


 ━━━━そんな気まぐれな雲を掴もうとして、わたしはついつい手を伸ばしてしまった。


「んにゃあ!」

「あ…………」


 だけど妖精という名の雲は掴めず、伸ばした手を先の白い前足で弾かれてしまうのだった。そしてわたしに飽きたと言わんばかりに気まぐれな妖精は研究室から出て行った。

 そんな風にして呆気に取られているわたしを見てハロちゃんは柔らかい笑みと共に話しかけて来た。


「ごめんね、彼女は神経質な子なんだ」

「ううん、気にしてないヨ。それよりあの子は?」

「フェアリー。僕の数少ない親友であり研究課のアイドルだよ」

「そうなんだ…………」


 黒猫のフェアリー、なんか童話でありそうな名前だね。妖精の名前に負けないぐらい可愛くて、そして気まぐれだ。

 ━━━━次に会ったらあのぷにぷにの肉球を撫でてやろう。


「それで、検査機は問題無く回収できたかい?」

「はい、実験場で色々ありましたけどネ………………」


 話題は妖精から先の一幕に移る。わたしは実験場で起こった愉快な話をハロちゃんに話した。

 話を聞いたハロちゃんは呆れたように大きなため息をこぼした。


やっぱりか(アズアイソウ)……………主任は研究のこととなると自分の体調のことなんて顧みなくなるんだ。トマトジュースの掃除もしないだろうから僕の方から掃除を手配しておくよ」


 なんというか、このため息だけでハロちゃんがヴェニアさんのことでどれだけ苦労しているかがわかってしまう。

 ━━━━だってわたしも日常生活がダメダメだったイブちゃんのお世話をしていたから。


「その時はわたしも掃除を手伝うヨ………………」

「うん、その時は是非お願いするよ」


 会話が終わり、わたしはソファへ、ハロちゃんはデスクのイスに腰を下ろした。そうして暫しの沈黙が交わされると、先の件で溜まっていた疲労に身を任せるように背中を持たれさせた。


「…………ああ、そうだ。さっき伝え損ねていたことがあった。君に伝言があるんだ」

「伝言? 誰からです?」

「戦闘課のメイア君だ。『収容区画へと来て欲しい』とのことだ」

「━━━━ッ!」


 収容区画という単語を聞いてハッとする。

 あそこにはイブ………………シャーナちゃんが今現在も収容されている。

 それこそ監視付きで部屋から一歩も出れない程の厳重態勢で。


(シャーナちゃん…………)


 もしかして何か異常事態が起きたのだろうか。それとも彼女が悲しむよう()()()が起きたのか。突如として湧いて出た『不安』という感情が頭の中を埋め尽くす。


「…………行ってきます」

「ああ、くれぐれも気を付けてくれ」


 そうしてわたしはソファから立ち上がり、いつもより速い足取りで収容区画へと繋がるエレベーターへと向かって行くのだった。



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