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【連載版】星空を見上げれば  作者: ジョン・ヤマト
第一章 心の奥に誓いを秘めて
27/121

第26話 乱入

    ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

 まるでバス・ドラムを打ち鳴らすように、激しい打音が唐突にこの研究室に鳴り響いた。


『おい頭でっかちのハロルド! さっさとこのクソドアを開けやがれ!』


 次に聞こえてきたのはわかりやすいぐらいに怒りのこもった声。それも鈴のような綺麗な女性の声だ。 ………………まああまりにも怒気がこもり過ぎて鈴の音がクラッシュ・シンバルみたいになってとてもうるさいけどネ。


「………………ハロちゃん?」

なんてこった(ホーリー・シット)! 彼女の間の悪さは筋金入りのようだ」


 ドラムソロが鳴り響く研究室でハロちゃんはコーヒー片手に頭を抱えた。その様子からどうやら扉の奥にいる声の主とは浅からぬ間柄のようだった。


『おいコラ、無視すんな! このまま開けねえなら…………』

「開けなくていいんです? 今にも蹴破りそうな勢いですけど…………」

「あの扉はアンティークな見た目とは裏腹に最新鋭の防護設備だ。たとえナポレオンの号令で放たれる24ポンド砲の砲弾が直撃したとしても傷一つ付かないよ。━━━━━でも」


 扉の叩く音は激しくなる一方だ。たとえ傷一つ付かないとしても大砲の放つ音以上の打音を響かされてはうるさくて敵わない。


「……………………」

「……………………」


 ハロちゃんと互いに見つめ合い、ため息をこぼし合う。もう答えは決まったみたいだネ。


「仕方ない。面倒なことになる前に彼女を招き入れ…………」

『パスコードを確認 ロックを解除します』


 その時だった。固く閉ざされた扉が軽快な機会音声と共に開かれた。そして開かれた扉から作業着に身を包んだ茶髪の女の子がのしのしと入って来た。

 電子ロックのハッキングに使ったであろうその手にタブレット端末を携えながら。


「おい頭でっかち。またパスコードを変えやがったな? おかげで余計な手間を使ったじゃねえか」

「………………ジェーン、何度言ったらわかってもらえるかな? 手間を使わず部屋に入りたいなら扉を『静かに』三回ノックしてくれ。そうすれば僕も快くその扉を開いてあげるよ。

 ここが僕の部屋だからよかったものの、もし僕がこの部屋の責任者じゃなかったら君は反省室で『私は部屋主の了解を得ずに勝手に研究室に入ってしまいました。ごめんなさい』という反省文を書くことになるんだよ?」

「なら別に問題ないだろ。だってここはお前の部屋なんだし」

「………………オーケー、確かにそうだ。これは詳細な説明を怠った僕の問題で君に問題は無かったようだ」


作業着の女の子はハロちゃんの理路整然とした説明を一言でぶった斬った。おかげさまでハロちゃんは頭を抱えるしかない。

 その光景を言葉を失いながら眺めていた時、ふと女の子の視線がわたしに向けられた。


「で、このちびっ子は誰だよ?」

「………………戦闘員のハト君だ。今は研究課で新兵器のテスターの協力をしてもらっている」

「へえー、ハトって言うのか! よろしくな!」

 

 そう言って彼女はわたしの両手を取ってぶんぶんと上下に揺らした。揺らし過ぎて少し痛い。


「あー、彼女は『ジェーン・イヅネ』、工廠課の隊員だ」

「工廠課…………」

「おう、芒炎鏡とかの武器の管理や製造をやってるぞ! この頭でっかちが威張れるのもアタイ達のおかげだぞ!」

「オーケー、それ以上はやめてくれ。部屋の外にいる研究者がその話を聞いたらポップス派とクラシック派が奏でる音楽論争のような血みどろの戦いに発展する」


 ハロちゃんは慌てた様子でわたしとわたしの両手をぶんぶん振るジェーンさんの間に入って引き剥がした。

 一方引き離されたジェーンさんはつまんなさそうに唇を尖らせている。


「ちぇ、せっかく可愛い子との出会えたのになぁ」

「ハト君も困っていただろう。それで、電子ロックを解除してまで来るとはどんな用事なんだい?」

「あ、そうだそうだ!!」


 元々の目的を思い出したのか、ジェーンさんは作業着の内ポケットから一枚の紙を取り出してハロちゃんに突き付けた。

 そこにはこう書いてあった、『備品貸与証明』と。


「これ、研究課に貸した星物反応検査機! これがないと武器内に混入したホシの粒子を見つけられないんだよ、さっさと返してくれ!」

「あー、これ…………かぁ」


 しどろもどろに口籠るハロちゃん。その瞳は瞼の海を優雅に踊っていた。


申し訳ないんだけど(アイムソーリーバット)…………、その装置はいま天門台(ここ)には無いんだ」

「はあ??」

「研究課の主任が東地区(イースト)にある実験場に持って行ったらしくてね。だからその装置はここに無いんだ」


 ━━━━━あ、流石のわたしでもわかる。コレヤバい。隣から沸騰したやかんみたいな音が聞こえて来るぐらいにはヤバい。


「ジェーン…………さん?」

「━━━━━━━━━━」


 おそるおそる顔を横に向けると、━━━━案の定、ジェーンさんが顔を真っ赤にしていた。

 そしてハロルドさんに掴み掛かるまでに0.6秒も要らなかった。まるで掃除機みたいに。


「ふざんけんなよ!! 工廠課のジジイになんて言い訳すればいいんだよ!! 『研究課の奴らが検査機を移動してましたー』って言えばいいのか!!? オメェジジイのゲンコツ喰らったことがあるか!? あれすげぇ痛えんだぞ!!」

「わかってる、わかってるよ!! でもどうしようもなかったんだ、主任が僕に何も言わずに持ち出したから!」

「ならさっさと取り返して来い!!」

「あー、悪いけどそれは無理だ。新兵器の調整とかハト君のアイデアを実現するための根回しとか色々やらなくちゃいけないことがあるからね」

「テメ…………、ああーっ、もう!」


 ジェーンさんの言葉にならない叫びと共にハロちゃんは思いっきり地面に投げ出された。かわいそう。

 

「イテテ…………ジェーン、怒っても人を投げちゃダメなんだ。誰もが君みたいに強い身体を持ってないからね」

「ハロちゃん…………意外と強いね」

「それはどうも。それとね、僕が検査機を取りに行くことはできないけど、君は動けるだろう? 場所を教えるから自分で行ってみてはどうかね?」

「チッ、わかったよ。運搬はこっちで勝手やるから文句言うなよ」

「もちろんだ」


 紆余曲折はあったがどうやら話は纏まったようだ。

 そうして安堵のため息を漏らした時、ハロちゃんが「ハト君、ちょっといいかい?」と言ってわたしに耳打ちして来た。


「悪いけど、ジェーンと一緒に検査機を運ぶのを手伝ってくれないかな。彼女一人じゃあ実験場で何をするかわからないし、それに検査機は結構重たいんだ、持ち運びに人手が必要だと思う」

「ア、アハハ…………わかりました」


 満身創痍のハロちゃんの頼みとならば聴くしかない。

 断じて『なんか面白そう』とかいう理由じゃないからネ


「ったく、アタイは行くからな!」

「あ、わたしも手伝う………………」

「おお、いいのか!? そんじゃあハトも一緒に行こうか! いやぁ、ジジイの命令面倒くせぇと思ってたけど、こいつはラッキーだなぁ! ほらほら、さっさっと行くぞー!」

「ちょ、ちょっと待って! ぐえー!」


 そうしてわたしは、ジェーンさんと仲良く肩を組み合いながら、研究室を後にするのだった。

 ━━━━━決して引きずられているわけじゃないからネ。

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