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【連載版】星空を見上げれば  作者: ジョン・ヤマト
幕間 イン・オンリー・セブンデイズ
118/121

第116話 日曜礼拝

    ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

 ニュー・トウキョウの南東部。自然公園から少し離れたこの場所には数多の研究施設が立ち並んでいた。

 天門台が保有する実験場をはじめ、サタデイ・インダストリーの産業開発局、何よりL.A.T社の日本支社がここにあるのだ。

 それ故に都市部から離れた郊外に近い場所であっても大きく発展しており、自然公園との景観の違いに驚かされるだろう。


「ホシと対話せよ! ホシは人類の敵ではない!」

「この手は銃を握るためにあるのではない! 的に差し伸べるためにあるのだ」

「天門台はホシに対する攻撃行為をやめろ! サタデイ・インダストリーは武器の製造を中止しろ!」


 そんな自然の中に潜む不自然な街。その一角に星物保護団体の施設があった。

 施設前の広場には数十を超える人が集まり、各々が言いたいことを大声で叫んでいるが、その内容のほとんどがペンタグラム――――特に天門台とサタデイ・インダストリーに対する批判ばかりだ。


「相変わらずうっせえなぁ…………、叫びたいならカラオケで歌っていろよ。まあこの程度の歌声なら68点しか出ないだろうけどな」

「でもここまで大きな規模になるのはすごいネ。それだけホシに対して思うところがある人が多いのかな?」

「ただ単に不満が言いたいだけの奴らの方が多そうだけどな。人間ってこういうわかりやすい『お題目』があるだけで簡単に人に文句が言えるんだよ」


 ――――なんか悲しい。

 周りの人達の表情を見てると、言葉には言い表せない虚しさが溢れ出そうになる。

 まあこんなことをわたしが考えていても仕方ないよネ。


『親愛なる団員の皆様、お待たせしました! ただ今より副団長【シェ・フィールド】様から今回の集会(ミサ)に関してお話しがあるとのことです!』


 そんな風にして周りを眺めていると、マイクの音が鼓膜を震わせた。

 そして正面に建てられた壇上の上に恰幅の良さそうな男が立った。彼が紹介されたシェ・フィールドなのだろう。


「アイツは副団長でありながら組織の参謀役と言われているんだ。あの見た目通り狡猾で嫌なヤツだよ」

「…………なるほどネ」


 おそらく今回イオンTVを脅したのもあの人の策略なのだろう。その表情からはわかりやすいぐらいの権力欲が滲み出ている。

 

 見上げた先にいるシェ・フィールドはオホンとわざとらしい咳払いをして、騒いでいる人達を静かにさせると、右手を振り上げながら演説を始めた。


「諸君! ホシとの対話を訴え、過ぎた権力の危険性を訴え、自らの正しさを訴え続けた諸君! 我々の正しさが今日この時、ついに実ったのだ!

 ペンタグラムというこの都市に蔓延る人類の癌を討つ絶好の機会が訪れたのだ!」


 瞬間、静まり返っていた集団の中にどよめきが生まれた。

 様々な場所から困惑と憶測の声が広がり、皆壇上からの次の言葉を待っている。

 その期待に応えるようにシェ・フィールドは拳を握り締めながら高らかに叫ぶ。


「我々はペンタグラムの一角、イオンTVの不正の証拠を入手したのだ! この証拠は奴らのアキレス腱となり、波及した力はペンタグラムを失墜させるパリスの矢となる!

 そこで諸君にお願いしたい! 我々を助けて欲しい。一人一人が力を合わせ、矢が奴らを穿つまで強大な権力に抗って欲しいのだ!

 無論、戦いは長く険しいものになる。しかし諸君、我々が力を合わされば決して負ける事はないだろう! 権力に蔓延る癌を切除し、ホシとの共存が実現するその日まで、皆の力を貸して欲しい!」


 握り締めた拳を振り下ろし、最後に皆へ頭を下げて懇願願う。側から見れば権力に争い、自らの夢の実現のために奔走する強き者に見えるだろう。


『………………おお!』

『もちろんだ!』

『みんなで戦うんだ!』


 そのあまりにも眩しい姿に人は同調し、声を上げ、それはいつしか衝撃を思わせる狂騒へと変貌した。

 果たしてそれが正しいことなのか――――いや、そんな事は重要じゃないんだろう。

 弱き存在が強大な力に争い、ひたすら邁進する。そんな自分達の様に酔い続ける。それがこの場にいる人達の本質なのだろう。


「………………知らないって羨ましいネ」

「楽なんだよ、知らない方が」


 ――――気持ち悪い。考えないことがこんなにも羨ましいこととは思ってもいなかった。

 だけどわたしとジェーンちゃんはただ静かに、狂騒に溺れる人達を見つめ続けた。

 そうして二分ぐらい経った時、騒がしかった声は徐々に収まり、少しのざわめきはありつつも落ち着きが戻ってきた。


「諸君、ご清聴に感謝する」

 

 落ち着いた様子を見て、シェ・フィールドは頷くように礼をして演説を締めるのだった。

 

「続けて我らの導たる団長から、言葉を賜ろう。とくと集中して聞いてくれたまえ」


 演説を終え壇上から降りると、袖にいた一人の青年の元へ歩み寄った。


「団長」

「ああ、ご苦労様だったね」


 そして青年へ頭を下げると、青年は労いの言葉を贈り入れ替わるようにして壇上へと登り始める。

 灰を思わせる白い髪に白い肌、燃えるような赤い瞳を持つ青年は緊張したかのように首元のチョーカーを触ると静かに息を吐いて()()()()を一瞥した。


 ――――瞬間、割れんばかりの拍手が彼を出迎える。


「団長! 団長!」

「団長! 団長!」

 

 先程の演説の始まりとは比べ物にならない。青年の甘いマスクと相まってまるで大人気アイドルを出迎えたかのような様相だ。


「星物保護団体団長【ファ・ルーク】。組織の絶対的カリスマでありこいつらの象徴(イコン)そのもの…………まさしく教祖だよ」

「………………」


 先程の演説とは別ベクトルの熱狂。初めて見たのにこんなにも違うとは思ってもいなかった。

 果たしてファ・ルークは壇上に上がりマイクを手に取ると、ポツリと呟くように始める。


「やあみんな、今日は集まってくれてありがとう。

 最近僕達の活躍が色々なところで言われている。これはみんなが頑張ってくれたおかげだ。

 でも頑張り過ぎて身体や心は壊さないで欲しい。みんなの元気が無い姿を見るのは…………辛いからね」


 ――――それは異様な光景だった。


 先程まであれだけ権力者達に対して狂気的な声を上げていた人達の声がピタリと止まり、真っ直ぐとファ・ルークを見つめていた。

 鳥の鳴き声すらも聞こえて来そうな静寂。その中で言祝がれる一言に皆が心を許していたのだ。


「それに時々、自分達のやっていることに迷ったらすることがあるかもしれないよね…………まあ抗議活動っていうのは世間ではなかなか良い目では見られないからね。そんな厳しい視線と自分達の考えの乖離に迷ったりすると思うんだ。

 そんな時は気兼ねなく僕に相談して欲しいんだ。手紙でも、チャットでも、なんなら直接会いに来てくれても構わない。辛いこととか悩みごとは誰かに相談するのが一番だからね。僕が解決できるかわからないけど気軽に相談してくれると嬉しい」

『………………』

「………………ははは、話すことが無くなっちゃったなぁ。それじゃあ僕の話はこれで終わりにするよ。聞いてくれてありがとう」


 恥ずかしそうに礼をするファ・ルークを見て、この場にいる人達は、まるで神を讃えるような拍手を彼に捧げるのだった。


 ――――その光景を見てわたしは、目の前の青年に対して強い親近感と言葉にできない恐ろしさを感じていた。


「なに、この感情…………?」

「まるで仲の良い友達と話しているみたいだったろ? それがアイツのヤバいところだよ。気付いた時には底から心を許す信者の完成だ」

 

 もしジェーンちゃんがいなかったら、わたしも()()になっていたのかもしれない。脳裏に過ぎる予感にわたしは戦慄した。

 そうして小君良いリズムがひとしきり続いていくが、青年が退場した時点で拍手はピタリと止んだ。


『それでは今回の集会は閉幕とさせていただきます。今回はお集まりいただき誠にありがとうございました』


 そのまま集会は終わりを迎え、団員達は各々退場を始めようとしている。

 

「どうしよう。集会の様子は録画できたけど星物保護団体が不利になるこれと言った証拠が全く無かった…………」

「…………仕方ねえ。ここに長居するのも危ないからな。出て行こうとする奴らに乗じて早々に帰って――――」

「あー、すみません。そこにいる桃髪の子と作業着の人、ちょっといいかな?」


 ――――その時、去ろうとするわたし達の背後から聞き覚えのある声が引き留めてきた。

 振り返るとそこには、ファ・ルークの燃えるような赤い瞳がわたし達を見つめていた。


「ルーク様が呼び止められた?」

「あの子達は一体…………?」

「あまり見たこと子達…………新入りかな?」


 それと同時に、帰ろうとしていた人達の視線が一斉にこちらへと向けられる。まるで刺すような視線にわたし達はただただ息を呑むことしかできない。

 そんなわたし達のことなど気にも留めず、ファ・ルークはそのまま続けた。


「お二人とも、僕と少しお話しできないかな? そこまで時間は取らないからさ」


 真綿で首を絞める感覚とはこのことか。周りの視線も相まってその息苦しさは限界を超えそうだ。


「えーと、どうかな?」

「わ、わかった…………」


 彼の唐突な誘いにわたしは呼吸すら忘れて、ただ頷くことしかできなかった。


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