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【連載版】星空を見上げれば  作者: ジョン・ヤマト
幕間 イン・オンリー・セブンデイズ
110/118

第108話 水曜日、一番星

    ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

 床に散らばるゴミ捨てに切れかけた蛍光灯の入れ替え、ごちゃ混ぜになった棚の整頓にモップ掛け。

 その様相はまるで重病患者。そのような部屋を治療するためには沢山のことをやらないといけない。


「これも、これも、これも! こんなの何に使うのヨ! ああ、こんな健康に悪そうなものばかり食べてるし………うへえ、食べかけのままのやつもある…………」

「口に合わなかったんだよねェ。でももしかしたら後で食べるかもって思ってんだァー」


 何に使ったかわからない謎のビンや注射器、食べた後の弁当の容器やペットボトルをゴミ袋に入れ廊下に並べ。


「ありがとうヒラノさん。わたしの身長じゃ脚立を使っても届かなくてネ…………」

「どういたしまして。それにしても主任の部屋ってこんなことになっていたのね。まるでゴミ………妖怪の住んでそうな部屋だわ」

「…………フォローになってないネ」


 近くにいた研究員のヒラノさんに頼んで新しい蛍光灯を交換してもらい。


「うーん、これは使うなァー。これも使う、あ、これもォー!」

「資料の内容をまったく見てないのによく断言できるネ」

「内容は全部頭の中にあるからねェ。これは他の人に見せる用でぶっちゃけ必要ないしィー」

「…………じゃあ全部捨てよう」


 散らばった書類や資料を必要なものに分けて棚に入れて。


「もっとゴシゴシ擦る! この部屋の中で蓄積された頑固汚れはこのぐらいじゃ落ちないヨ!」

「うへェー! 最後の最後に肉体労働ー!」


 最後の仕上げに床を徹底的にモップ掛けする。

 これで簡単だが掃除が終わる。


「ふう、これにて終わりだネ!」

「疲れたァー。アツアツのピッツァが食べたい………」


 時間にしておおよそ三時間ぐらい。見るも無惨だった部屋は多少の散らかりはあれどかなりマシになった。

 ヴェニアさんは重労働でクタクタになりながら近くの椅子で項垂れていた。


 イブちゃんの部屋を掃除しなくなってしばらく経っていたけど――――うん、やっぱり掃除をするとスッキリするネ。


「うーん達成感。腕のリハビリにもなって一石二鳥だ………………ネ?」


 そうして、綺麗になった部屋をじっくりと見渡す――――と、ふと部屋の一角に置かれた物体が目に留まった。

 何かと思って近づいて見てみると、それは裏側に向けられた茶色い綺麗な額縁だった。

 なんてことはないただの額縁。しかし理由はわからないけどこの()()()額縁だけ、この凄惨だった部屋の中でかなり異質な存在に映る。


「…………」


 そしてわたしは導かれるように額縁を拾い、裏返してそこに入れられたものを覗き込む。


「え、これって…………!?」


 ――――そこにあったのは、一枚の絵だった。


 暗い青色が一枚の画用紙を染め、そこに点々とした金色の光が灯された絵。

 それはまるで満天広がる星空――――わたし達がホシによって奪われた過去の存在が一枚の絵の中で表現されていた。


 そのタッチは子供が描いたかのように拙い、だけどその中には確かな情熱が込められている。

 しかしそれ以上に、それ以上に。この絵の中心に描かれたある【一点】。その【一点】に全てが惹かれていってしまう。


「灰色の…………星?」


 ――――暗い青色の夜空に浮かぶ、灰色の一番星。

 見たことも、聞いた事もないその灰色の星が、なぜかわからないが目が離せなかった。

 それはまるで…………


「みィーたァーなァー!」

「!?!!!??!」


 瞬間、ヴェニアさんの声が絵の夜空に没入していた意識を引き戻した。

 そしてヴェニアさんはわたしの持っていた絵を取ると、それを大事そうにしながら自身の座っていた椅子の上に置いた。

 

「勝手に見ちゃダメだよォー。大切なものなんだからねェー」

「あ、はい。すみません…………」

「ウンウン! 謝れて偉いねェー。それじゃあ今からピッツァを食べに行こォー!」

「え…………え?」


 わたしはヴェニアさんに引っ張られるようにして、この部屋を出ることになった。


 ――――キラッ


 そうして部屋を後にしようとした時、椅子に置かれた絵が扉の隙間から差し込んだ光に照らされて、キラリと瞬いたように見えた。


「さァー! 美味しいマルガリータが待っているよォー!」

「あの、そろそろ離して…………」

「アーハッハッハッハッハ! マリナーラー! クアトロフォルマッジ! ウーン、お腹が空いて来たァー!」


 こうして、わたしの水曜日は慌ただしさに包まれながら過ぎていくのだった。




    ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

「ン〜♪ ラララ〜♪」


 天門台の研究課、その奥の廊下から楽しそうな鼻歌が響いていた。

 鼻歌の主は一人の女性。赤いシミに塗れた白衣を羽織り口元にチーズソースを付け、まるでレッドカーペットを練り歩くような軽快なステップを踏んでいる。


「夜、少女は森に迷い込んだ〜♪」


 前奏は終わり、本奏が始まる。

 そんな日本語とは異なる言語の歌が廊下へ静かに響き渡っている。


「黒い霧の中、ネズミの案内で歩いていく。白い月に照らされながら〜♪」


 そして目的地である自身の部屋の前に辿り着くと、何の躊躇いもなく扉を開き、陽の光が届かない洞穴のような薄暗い部屋へと足を踏み入れた。

 先日までとは違う部屋の様相に少し笑みを吹き出しながら、女性は椅子に置いてある一枚の絵の方へと近づく。


「灰色の星はみんなを見守っている〜♪」 


 絵を持ち上げ、彼女の【星】と久方ぶりの再会を果たす。

 暗い青の夜空に浮かぶ灰色の星。それは幼い頃、毎日のように見上げ、今は失ってしまった景色の再現。


「楽しい事も悲しい事も、星空が飲み込んでくれるのさ〜♪」


 本奏は終わりを迎え、間奏の始まりと共に女性は絵を高く掲げ、ゆっくり回りながら視線を上へと向けた。

 くるくる、くるくる。絵の方へ手を伸ばしながら回り踊る様は、まさしく彼女の一人舞台――――誰もいない、彼女だけの一人舞台。


「…………楽しい事も悲しい事も〜♪」


 見上げるその眼差しはまるで愛しい恋人のように――――だけどもう届かない【星】を彼女はただただ見つめることしかできない。

 

「…………星空が飲み込んでくれるのさ〜♪」


 どれだけ願ってもその手で【星】は決して掴めない。

 彼女は、ただただ紙の中に描かれた思い出の灰色の星を見上げることしかできなかった。

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