第105話 火曜日、防衛
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『訓練プロトコル4M 戦闘シュミレートを開始します』
無機質な機械音声が広々とした空間に木霊した。
その瞬間、紺色に包まれた部屋の景色が一瞬にして変貌した。
『きゃああ!』
『ホシが……ホシが攻めてきた!』
そこは崩れようとしている建造物群、どこか遠くから聞こえてくる人々の悲鳴――――そして上空に漂うホシの群れから放たれる世界を壊す光。
その様相はまるで世界の終わりを告げるかのように凄惨で、残酷だ。
この息を飲むような光景がシュミレーターによる仮想のものとわかっていても鳥肌が立ってしまう。
――――そんな戦場の中にふわりと揺らめく影が。
「十時方向に二体の七芒星が防衛対象に接近。距離およそ500」
「ウチが行く! フォローお願いねアイラ!」
ララベルだ。
彼女は不敵な笑みを浮かべながら、いの一番にホシの群れへと向かって飛び上がった。
――――バンッ!
一発で充分だった。
飛び上がると同時に放たれた芒炎鏡の光が、二体の七芒星の内の一体を撃ち落とす。
『…………』
しかし敵とてやられたままではない。もう片方の七芒星が迫り来るララちゃんへと熱光線を放った――――が。
「遅すぎちゃんじゃんね!」
――――熱光線は無惨にも断ち切られ、霧と化した。
剣火鏡だ。彼女の持つ芒炎の剣が熱光線を切ったのだ。
その勢いのままに剣火鏡の刃は七芒星の身体を真っ二つに両断した。
「よーしよし、まだまだいくよ!」
そしてその後も迫り来る敵をララちゃんは続け様に斬って撃ち落とした。
【防衛】と呼ぶにはあまりにもかけ離れた前衛的な戦い。しかしそれでもララちゃんの激しい攻勢は確かに敵の勢いを削いでいた。
「イシシ、ララベルクンは相変わらずだなぁ!」
「『攻撃は最大の防御也』。これで少しは住民の避難の余裕を作れる。…………ッ! エミ、三時方向に新手が接近。アイラが対処するから援護を頼む!」
「リョウカイだぁ! このドクター・エミの新兵器を見せてやろうではないか!」
エミちゃんの掛け声に呼応するようにアイラちゃんは新たな敵を――――今まさに迫って来ている【災害】の姿を。
『………………』
――――赤色の八芒星。特殊個体である八芒星の中でも炎を操る事に特化した強敵。その身体は炎に覆われて迫り来る脅威を全て焼失させる。
とはいえ目の前のヤツはシュミレーターによる仮想の存在。しかしその力は十芒星とはまた違う恐ろしさを漂わせている。
「いざ…………!」
『………………!』
――――バァン
一触即発。まるで西部劇の決闘のように。始まりの銃声が木霊した。
放たれた赤とオレンジ、二色の光がすれ違いそれぞれの標的へと向かっていく。
そして二つの爆発音を生み出すと同時に、決闘者達へと命中した。
八芒星は芒炎の一撃をまともに受けた。だが自らの身体を覆う炎が芒炎鏡の威力を削いだことにより、大きな傷を与えることは出来なかった。
一方のアイラはホシの放った熱光線の直撃を受けて――――無傷だった。
「ミルキー・シールド…………なかなかの手応え」
十芒星の一撃すらも防ぐ盾が八芒星の攻撃で揺らぐことは無い。
両者共に健在、これが【決闘】の結末。
そして忘れてはいけない――――これが決闘ではなく、【防衛】であることを。
――――彼女は一人で戦ってはいないことを!
「フハハハハ! ジュンビ完了ダァ! 【崩解星雲】起動!」
甲高い掛け声と共にエミは500ml缶のようなものを思いっきり投げた。
その瞬間――――戦場を白い霧が包み込んだ。
霧のように辺りを覆う霧の中に八芒星と二人の隊員が誘われる。
発生源であるエミは、まさしく実験に成功したマッドサイエンティストのように笑いの旋律を奏でていた。
『………………!?!!??!』
――――その変化はすぐに現れる。
八芒星の身体を覆っていた炎が一瞬で消えて無くなり、その丸腰の姿を晒してしまったのだ。
【対特殊星物科学兵器・崩解星雲】
防衛部隊員であり科学者でもあるエミ隊員の開発した彼女専用の科学兵器。
起動すると大きな煙を巻き上げ、それに包み込まれたホシの視界を奪うと同時に、採取したホシのサンプルを混ぜることで対象のホシの能力を一時的に消失させることができるのだ。
「アイラクンの一撃によってサンプルが採取できた! これでその炎の盾はムイミ!」
――――バァァン
そして終幕の鐘は鳴り響く。
戦場の外から放たれた天太の一撃によって八芒星はシュミレーターのデータへと溶けた。
次の瞬間、戦場の景色が一瞬にして元の紺色の部屋へと戻っていった。
『状況完了 お疲れ様でした』
「いいところを持ってかれた…………」
「ははは、済まなかったねアイラ。天太芒炎鏡がどうしてもって言って聞かなかったんだよ」
仮想戦闘が終わると、聞き覚えのある声と共に機械が軋むような音が防衛部隊の面々の下に近づいて来た。
「フハハハ! だがあのイチゲキは見事だったぞ! まさしく魔弾というやつだな!」
「ウチも隊長みたいにドーンってやれたらなあ。まあ剣火鏡の戦いも結構面白かったけど」
「私たちにはそれぞれの得意分野があるからね。各々の強みを引き出して、補い合えばどんな敵でも倒せるはずさ」
さっぱりとした声色と共にその姿が露わになる。
栗色の髪を後ろで纏めたショートボブ。引き締まった健康的な身体を覆う灰色を基調とした狙撃手専用の戦闘服。そしてまるで彫刻かと見間違うかのような美しくスラリとした指。
一見すると少女然とした快活さと爽やかさを併せ持った青年女性。
しかし戦闘服を纏う身体の下、彼女の脚と呼ばれる部分は――――ピクリとも動いていなかった。
――――下半身麻痺。それが彼女の傷跡。
そんな不自由な脚に代わって天門台の開発した特注の車椅子が彼女の脚の役割を担っていた。
そうして防衛部隊と合流した彼女は、隊員の顔をそれぞれ確認するとうんと頷きながら話し始める。
「よし、これにて戦闘訓練を終わりだ。みんなしっかりと休んでくれ」
「隊長はこの後どうする、ウチらと一緒にスイーツでも食べにいく?」
「悪いけど私は先約があるんだ」
【天門台の最後の砦】、【シティ・シューター】、【ピアニスト】。
数多の称号と名声を欲しいままにする彼女こそ、防衛部隊の隊長であり天太芒炎鏡・狙撃型の所持者。
「久々に会って話したいな、ハト」
天門台戦闘課防衛部隊隊長・ヒトミ。
そうして一人となった彼女は、シュミレータールームの制御室の窓の奥にいるであろうハトの方は顔を向けると――――ふっと、優しげに微笑んだ。