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迷える羊と復活祭のチーズタルト(3)

 しばらく住宅街を彷徨っていた。行き先はわからず、まさに迷子のような状況だった。歩いていると「自己責任!」「自業自得!」「前世で悪いことやったんだろう!」という声がどこかからか聞こえてくるようで、真琴の顔は真っ青になっていた。


「あれ?」


 聞こえてくる声がだんだんと悪魔的になり「死ね!」と囁かれた時だった。鼻に良い香りが届いた。ふわっと軽い香りで、甘い。バターかメープルシロップにような香りで、たぶんパンかクッキーが焼けるような香りだった。


 その香りを嗅いでいると、だんだんと空腹も覚えてきた。コンビニでおにぎりやパンを買う勇気はないくせに、このに香りには強く惹かれてしまった。


 香りを辿って歩くと、案の定、パン屋があるのが見えた。想像よりは小さなパン屋で、外観もメルヘンだった。赤い屋根でクリーム色の壁は、童話のワンシーンにでもありそうだった。子供の頃、ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家に憧れを覚えた事も思い出し、聞こえてくる声が一旦弱まっていた。福音ベーカリーという看板が出ていて、備え名前のパン屋らしい。福音というのは、どういう意味なのかさっぱりわからない。でも福の字が入っているので、ちょっとおめでたい雰囲気は感じてしまった。


 店の前にはミントグリーンのベンチが一つあり、買ったものがここで食べられるのかもしれない。


 また、黒板式の建て看板も出ていた。


「事実、あなた方は、恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です。行いによるのではありません。それは、誰も誇ることが無いためなのです。エペソ信徒への手紙2章8節から9節よりって何これ?」


 思わず口に出して読んでしまうが、どこかで見た事あるような気もした。さっき見た元占い師のブログに似た良うな言葉が書いてあったのを思い出す。もしかしかたら、聖書の言葉なのかもしれない。


 そう思うと、体がこわばる。スピリチュアルにハマるなんて、罪だ、罰だと責められそうな気もしてきた。確かにキリスト教関連に概念では、そうなのだろう。でも、何故か自分はスピリチュアル的なものの惹かれていた。誰かの頼り、甘えたいだけだったのかもしれない。無条件で愛してくれる神様のような存在を追い求めていた気がする。その対象を一子にしてしまったが、お金や時間、人生を搾取されるだけだった。本当に無条件に自分を愛してくれる神様がいるなら……とも思うが、あれが罪、これは罰と怒られそうな気もしてきて少し怖い。自分はとうてい清くも正しくもなれない。欲望まみれで、自分の事ばかり考えている。


 ただ、店から漂う甘い香りには逆らえそうになかった。スーツケースだけは外に置き、財布だ持って店に入る。コンビニでおにぎりやパンは買えなかったが、ここだったら買えそうな気もしていた。


 店のドアを開けると、音がした。どうやら、ドアベルがついているようだった。単なるドアベルの音だが、何故か少し怖く感じてしまった。


 店の中は、想像通り狭かったが、一応イートインスペースもあり、柴犬が寝転んでいた。まさに焼けたパンの色にそっくりな柴犬で、看板犬のようだった。大人しい犬のようで、真琴の姿に気づいても、目を下げて小さく鳴いていた。


 真琴は、そんな柴犬を無視して店の中央にあるテーブルを眺める。ここに色々な種類のパンが並べられている。あんぱん、クロワッサン、カレーパン、メロンパンなどオードックスな日本らしいパンも多いが、珍しいものも混じっていえる。クラッカーのような薄焼き煎餅みたいな変なパンや、鳩型のパンもある。これはイースターで食べるコロンバだろうが、クラッカー型のパンの名称はわからなかった。


 また、少し形の珍しいチーズタルトもある。タルト型も食べられるのか、小麦粉生地で作られているものだった。つまんでタルト型の形成するのか、ちょんと角が出てる。カゴの形に近い。その真ん中にチーズタルトが詰められ、焼き色も綺麗だった。ちょうど手のひらサイズせ罪悪感を刺激されない大きさなのも良い。見た目も可愛らしい。


 あに小さなチーズタルトが、一番食べたくなったが、再びコンビニにいる時のように指や腕が動かなくなっていた。


『とっちゃいなよ。万引きしちゃいなよ。誰も見てないよ?』


 どこかから聞こえてくる声は、まるで悪魔の囁きだった。


 確かに店員は厨房にいるのか、ここにいない。芝犬が店にいるだけで、他に客もいない。


『とっちゃいなよ。お金ないんでしょ? 誰も見てないよ!』


 その悪魔的な声がどんどん大きくなり、真琴は耐えきれなかった。その場にしゃがみ、耳を塞いでしまった。


「わん、わん」


 そこに芝犬が、尻尾を振ってやってきた。他に誰も気づかなかったが、この犬だけは、真琴の異常に気づいたらしい。真っ黒で汚れのな芝犬の目を見ていると、泣けてきた。


 万引きをしようとしてたなんて。


 未遂とはいえ、最低ではないか。もう、自分は落とし穴にハマり、這い上がれない事も実感し、泣いていた。涙が止まらなかった。

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