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狭き門とロッゲンブロート(1)

 藤倉ミサキは、都内にあるメイクアップアーティストのスタジオにいた。プロのメイクアップアーティストから、その技術をワンツーマンで学んでいた。全面に鏡がある部屋は、どこかの舞台の楽屋にいるようだ。目の前には、たくさんのメイク用具があり、隣の部屋は写真スタジオもあるので、あながち間違いでもないようだ。


 メイクアップアーティストは、元男性らしいが、一見そんな雰囲気はない。ぱっと見美人なアラフォー女性だが、指はやっぱり骨っぽく大きかった。そんな彼女の手から、ファンデーションやアイシャドウの塗り方など、細かく教えてもらう。


「だから、何でそんな塗り方するの? つけすぎよ! もっと粉を落として! 全く芋臭いんだから!」


 メイクアップアーティストの怒号が飛ぶ。彼女は、花梨という名前だが、毎回かなり厳しい指導だった。


「わかりました」


 ミサキは、小声で言いながらも、渋々ファンデーションの粉を落とし、鏡の中にいる自分の頬にのせていく。


 こうして嫌な思いをしながら、メイクレッスンを受けているわけだが、鏡の中の自分の表情は暗かった。


 こんなメイクを学んでいるのも理由があった。就活の為だった。今年の春から大学三年だったが、結局顔が良い人が有利だと気づいた。高校までは容姿差別するなと道徳の授業などで習ったわけだが、実際はそうではない。特に女性は容姿で扱われる態度が変わってくる。露骨なぐらいそうだ。


 どちらかといえば、優等生だったミサキは、学校で教わった事を律儀に信じていたが、だんだんと現実が見えてきて目が覚めた。整形も考えたが、就活を乗りきれる清潔感だけ出せればいい。ミサキの通っている大学は、決して偏差値は高くないので、不安もある。ミサキは、秘書になりたいという願いもあり、より容姿を磨かないとと焦っていた。


 結局、世の中金か容姿だ。あるいは技術を提供できる高学歴。学校では、綺麗事なんて教えず、こういった役に立つ現実を教えてくれればいいのに。勉強をする理由も綺麗事なんて言わず、日本は学歴社会だとハッキリ言えばいいとも思う。日本の本音と建前文化は、時には残酷に思えて仕方ない。


 学校の言う事を律儀に信じて、芋臭いまま就活する子などを想像すると、ミサキはゾッとしてしまう。途中で学校教育の洗脳から目が覚めて良かったとも思ったりする。


 しかし、こうして元男性にダメ出しされながら、レッスンを受けるのも、全く楽しくない。


 この花梨に限っては、女性全般に恨みのようなものでもあるのか、かなりキツい性格だった。ネットの評判を見て申し込んだわけだが、失敗だったのかもしれない。


 やっぱり整形するべきか。就活の為に整形となると、どれだけ後で回収できるのか。ミサキは、そんな現実的な事を考えたりしてしまう。


 そもそもメイクがマナーという社会、顔採用をやってる企業ってどうなんだろう。そっちの方もだいぶ間違っている気もするが、自分はそういう社会に生きている。ミサキは、文句など言えないと思ったりする。


 学校ではメイクは、校則で禁止されていた。今思うと、全く無意味なルールだ。社会はルッキズムで動いている事を教えているのならともかく、道徳の授業では容姿や年齢で差別しちゃいけないと言っているからタチが悪い。こんな「建前」を鵜呑みにしたまま育った子供の方が可哀想だ。


 メイクが校則で禁止されている理由の一つに、貧富に差が表面化しないようにする為らしい。確かにメイクは金がかかる。百均で揃えたとしても、三千円〜五千円ぐらいはかかるかもしれない。メイク道具を入れるケースや鏡、前髪クリップ、ヘアバンドだって必要だ。ファンデーションについたパフを洗う洗剤だって時には必要だ。あと、毎朝まとまった時間も必須だ。


 確かに貧富の差が出るものかもしれない。でも、社会だって貧富の差が如実に現れる場所だ。勝ち組と負け組がはっきりとしている。それに日本は福祉国家でもないから、弱者に厳しい。出る杭を打つ文化もあるから一部の成功者にもとても厳しく税金も高い。学校では「みんな仲良し、平等」な雰囲気で良いのだろうか。実際、社会はそうできていないから、子供の頃から日本は不平等で他人に冷たい社会で、そこから生きる戦略を賢く教えた方が良いんじゃないかと思ったりする。海外でも学校で寛容や平等を教え込まれた子供が、SNS上の熾烈な戦いを目にして心を病んでいるらしい。


「そうね、今日はこれぐらいで終わりにしましょう」

「ありがとうございます」


 今日のメイクレッスンが終わり、ミサキはホッとした。


「ところで先生、ジェンダーレストイレってどうなんですか?」

「あー、あれね。当事者の方は逆に迷惑してるから。政治利用したいんでしょ。私達を利用して、良い人ぶりたい人間ばっかり。自分を良い人にみせる為の綺麗事の建前ばっかりよ。感染対策や注射だってそうよ。あんなんで良い人に見せようとしてるんだから滑稽だわ」


 花梨は、吐き捨てるように言う。ミサキは、元男性の悩みなどは想像もできないが、その事については同意して深く頷いた。特に日本社会の「建前」の裏は、悪意がたっぷり煮詰められている気がする。別に花梨の性格は好きではないが、「建前」なんて言わないところは、好きだった。

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