真面目くんの狼男に、ギャルのあたしは恋をした
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あたしはバリバリでゴリゴリの派手なギャルであるにもかかわらず周りにひじょうに流されやすい。つい大衆に迎合してしまう。情けないとは思っていてもそれは性質なのだからしょうがない。――そんなあたし、女子高生たるあたしにも、好きなヒトができた。隣の席のケイくんだ。休み時間になるとあたしの周りには同類のギャルの女子が集まる。ケイくんは読書に耽る。その様子を横目に見ながら、「ああ、ケイくんは今日も素敵だなぁ」と思うのだ。
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「自らを着飾ることについて否定的な女子は、女子であることすら否定しているように思うのだ。いかがかな? ケイくんよ」
とある休み時間、思い切って椅子を寄せて、ケイくんにそんなふうに問いかけたのだけれど、返事はまるでなかった。だからあたしは「ケ、ケイくん、無視しないでおくれよぅ」と媚びるような言葉を発した。
そのまま休み時間が終わり、授業も終わり、帰路につく時間を迎えた。あたしはなにせ好きなものだから、慌ててケイくんの後を追った。すぐに追いついた。あたしが隣に並んでも、ケイくんはなにも発しない。無視しまくられるとさすがにつらい、凹む。悲しみのあまりわたしがぐしゅりと鼻を鳴らすと、ようやくケイくんがリアクションを示してくれた。でもその内容たるや素っ気なく、「どうして綾瀬さんは俺の後を追ってきたの?」というものだった。
「い、いや、それはだなケイくん、そんなの、決まってるじゃん」
「俺にはわからないよ。わからないんだ。俺って不感症だから」
ふふふっ、不感症?!
さすがにびっくりこいてしまった。
「ケケケ、ケイくんは快感とか感じないの?」
「そう言ったよ?」
「ひゃぁっ、ひゃぁぁっ!」あたしは顔を真っ赤にしながら、頭を抱えた――けれど、すぐに顔を上げた。「ででで、でもだいじょうぶだよ、ケイくん、あたしがすぐに感じさせてあげるから――って、うああっ、あたしはなにを言っているんだ、こんちくしょーっ!」
だなんていう騒がしいやり取りが嫌になったのか、ケイくんはすたすたと前を行き始めた。大胆な歩幅。あたしを置き去りにするき満々だ。ふざけんな。いたいけな女子が言い寄っているんだぞぅ。くぅ、くぅぅぅぅ……っ。なんだかメチャクチャ悔しくなって、てくてく前を行ってしまうケイくんにあたしは盛大に物を言った。
「ケイくん、あたしはあなたが好きです!!」
告白したことについて、後悔はしなかった。
言わないほうが後悔すると思ったから。
あたしの頬はきっと真っ赤だ。
恥ずかしいけれど、言えたことが嬉しかった。
「ハルミちゃん」
いきなりケイくんがそう呼びかけてきた。
たしかにあたしはハルミちゃんだけれど、いきなり下の名で呼ばれ驚いた。
「ハルミちゃん、児童公園に行こう」
児童公園はある。
児童なんてほとんどいないような児童公園が。
くるりと身を翻し、ケイくんは再び前を行く。
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誰もいないね、ちょうどいい。
ケイくんはそう言うと、スクールバッグを地べたに置いた。
そして――。
びっくりした、驚いた、意外すぎた。だってケイくんってば、ゆっくりと、青毛の狼男に変身したからだ。首から上は明らかにもふもふしている。間違いなくもふもふだ。かなりのもふもふ男子だ。
「えっ、えっ?」
あたしは目を見開いた。
どどど、どうした、ケイくん、なんの冗談だ?
「ウチの家系はこんな感じなんだ。醜い、よね?」
あたしはとにかく面食らってしまったので、すぐには言葉が出てこない。
「嫌いになったよね?」とケイくんは言い。「離れてくれていいんだよ?」
そう言われたところで、あたしはケイくんから離れたいとは思わなかった。むしろ狼男ヴァージョンのケイ君のこと、あたしは彼のこと、素敵だなって思って。身をよじりたくなるくらい、その姿はあたしのことを感動させた。
「やっぱりあたしはケイくんのことが好きです」
「きっと後悔するよ?」
「しません」
「だったら――」
あたしは目一杯、息を吸い込んだ。
それからあらためて、「好きだーっ!!」と叫んだ。
ケイくんはおかしそうに笑ってくれた。
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早速、土曜日、デートすることになった。ケイくんは地理に詳しかった。どこに行くにしてもスムーズに案内してくれる。ケイくんは慣れているのだろうか、デート。あたしは慣れていない。ギャルのくせして男子との付き合いについては造詣が深くない。というか男子と付き合った経験なんてない。
竹下通り。
あたしは以前も訪れたことがあり、その上で「なんとも安っぽい場所だなぁ」と感じたのだけれど、ケイくんと歩けるならどこでも良いのだ。絶対に食べることなんてないだろうと思っていたクレープを食べた。おいしかった、正直。なにを食べるかより誰と食べるかのほうが重要なのだと思う。
だいぶん移動した――山下公園。闇夜に高校生があるのはどうかと思うのだけれど、まあ、いいじゃん。楽しいんだから。あたしはケイくんが好きなんだから。いつもいつでも一緒にいたいんだから。
ムズムズする。
キスしたい。
ケイくんとキスしたい。
あたしは即物的な馬鹿だから、その旨、正直に伝えた。
するとケイくんは「やめておいたほうがいいよ」などと言い。
「いいい、いや、ケイくんが言いたいことはわかるんだよ? でもさ、あたしは狼男、ばっちこいなんだよ?」
「うーん……」
「うーん、なに?」
「わかった。キスをしてみよう」
「うっへ! そんな真っ向から言われちまうと緊張するんですけど?!」
ケイくんがあまりに率直に恥ずかしいことを述べるものだから、あたしは「ひゃーっ」と両手で顔を覆った。
だけどあたしはケイくんとキスがしたいから、ソッコーで彼にしがみつくようにして抱きついた。
あたしの目は感動で潤んでいる。
そんな目でケイくんを見上げる。
あたしは自分でもいじらしいなぁと思えるくらいの態度で「チューしよ?」と言った。チューだ、チュ―。とにもかくにもチューがしたい。ヒトの一番柔らかな部分を重ね合わせたい。
ケイくんは微笑みながらも、どことなく難しい顔をしたように見えた。
「きみはきっと後悔する。獣人なんかと付き合おうっていうなら後悔する」
「しない。しなーいから。ほんと、しない。飛躍した物言いだけど、ケイくんが望むなら、あたしは狼男の赤ちゃん、生んであげるよ?」
「そう?」
「そうだよ。任せて?」
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「あんた、最近、付き合い悪くない?」
友人にいきなりそう言われた。
友人――無論、女子である。
「えっ、えっ? そんなことないと思うけど?」
「うつつを抜かすとか首ったけだとか馬鹿みたいなこと言いたくないけど、あんた、メチャクチャ、男にご執着じゃん」
「えっ、そうかな。そんなつもり、ないんだけど……」
嘘だ。
確かにあたしはケイくん超ラブである。
「いいんだよ、男ができたってんなら、それで。でもさ、そんな女と仲良くしてやる理由なんて、あたしらからすると、なくない?」
びっくりした。
なんて阿呆な理屈を述べる女なんだろうと思った。
男と仲良くしただけでなぜ排除するのか、こいつ、どこまで馬鹿なんだ?
「とりあえず、あんた、はぶるから」
あたしの顔は苦々しさでゆがんだ。
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授業明け、隣に座るケイくんの左の肩を右の人差し指でちょんちょんとつついた。それから「ケイくん、ケイくーん」と呼びかけた。あたしはいっそう、彼に椅子を近づけた。
「あたし、嫌われてしまったみたいなのですよぅ」
ケイくんは眉をひそめ、難しい顔をした。
「どうしてそんなことになったの? 俺と仲良くしてるから?」
「違うよ」と咄嗟に嘘をついた「違うから、だいじょうぶだよ」
「そう?」
「そうだよ。そもだよ、ケイくん」
「うん、なあに?」
「きみはどうして嫌われるのかな?」
「わからない」
「そりゃそうだよね。わからないよね」
あたしは深く吐息をついた。
「とはいえ、俺としては、大した問題じゃないと思うんだ」
「あー、それね。あたしもそう思う」
だったら、問題ナシ。
あたしらはうまくやれるだろう。
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ケイくんが急に素っ気なくなったので、あたしはその理由を問うてみた。
なんでも飼い猫が涅槃を見たのだという。その猫のことを相当愛していたのだろう。あまりヒトと話すような気分にはなれないらしい。
それでもあたしはめげることなく、「ご愁傷様です」と神妙に言った。隣の席で次の授業の準備をしているケイくんは「ありがとう」と微笑んだ。
「俺と同い年だったんだよ」
「へぇ。ずいぶんと長生きだったんだね」
「うん。だからご覧のとおり、メチャクチャ凹んでる。泣きまくったよ」
言われてみると、ケイくんの目元はまだ赤い。
「抱き締めて、慰めてあげよっか?」
「ここで? ふざけないでよ」
「ちがーうってば。放課後、誰もいないところでの話だよ」
「そういうことか」
「うん。そういうこと」
「でも、いい。強くありたいから」
「弱いところも見せてほしいんだけれど?」
ケイくんは朗らかに笑った。
あまりに大きな笑い声だったから、教室中から注目を浴びたくらいだ。
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二度目――夕暮れどきの山下公園。ケイくんはまっすぐに立って、海を眺めている。あたしはそんな彼をちらちら見ている。最近、思うのだ。あたしたち、ほんとうに付き合っているのかなぁって。だって、ケイくんはあまりに素っ気ない。素っ気なさすぎる。「デートしたい」と声をかけるのもいつもあたしからだ。愛してくれているのなら呼び出してほしい。「来いよ」ぐらい言ってほしい。――わがままだろうか。あたしは目にじわりと涙を溜める。問答無用で強く抱き締めてほしいな、とか考える。ケイくんのキャラからしてそれはないだろう。うーん、つらい、ちょっとつらいのだ。
「ねぇ、ハルミちゃん」
おぉ、いきなり名を呼ばれた。
何事だろう、珍しい。
「俺、ハルミちゃんのこと、大好きだよ」
そう言われたから、「あたしだってケイくんのこと、メチャ好きだよ」と応えた。
「子どもは二人、欲しいんだ。一姫二太郎」
「だいじょうぶ。狼の子を、あたしはがんばって生んであげる」
「俺、がんばって働くよ」
「期待しています」
「きっと俺たちは平凡に生きるんだって思う」
「いいじゃん、それで。あたしは大歓迎」
「ハルミちゃん、抱き締めてもいい?」
「おっしゃ、来いや、狼男」
あたしが両手を大きく広げると、ケイくんは抱き締めてくれた。冷たかった風も彼の身体で遮断され、あたしはぽかぽか、特に心が、温かくなった。
「ハルミちゃんはイイヒトだね」
「そうだよ。あたしはイイヒトなんだ」
「結婚しようね」
「うん。結婚してあげる」
「あははははっ」
ケイくんが明るく笑ったのを聞いて、あたしはなんだか泣けてきた。大好きなヒトと一緒になれる。もういいや。あたしが知る男はたった一人、ケイくんだけでいい。それだけできっとずっと幸せだ。
「愛してるよ、ハルミちゃん」
「あたしはもっと愛してる」
「だったら俺はもっともっと愛してる」
「……ダメ、ほんとに泣けてきた」
あたしはケイくんのことを突き飛ばし、踵を返してすぐさま逃げた。ケイくんが追いかけてくる。すぐに追いつかれ、後ろから抱き締められた。そのくすぐったさに身をよじると、ケイくんはまた愛してると耳元で囁いてくれた。
高校生のくせに、おませな話だ。そんな成り行きなのだから、いつかさっさと別れてしまうのかもしれない。あたしはそうならないと信じたい――ううん、信じてる。