その結果どうなるか
「うわあああ」
少女が店にやって来て約束の鞄を売ってから数日後。
店には今までとは異なる客が押し寄せた。
着飾った美しいお嬢様たちが、血走った目つきで鞄をお買い求めになる。
「こちらの商品が現在予約受注製となっておりまして……」とアルカナが兎耳付きの鞄を掲げて言うと、「そんなダサい鞄じゃないわよ。王女様が持っていたリボンのついたラウンド型の鞄よ!!」と言われて目を白黒とさせた。
王女様とは一体。
完全に萎縮するアルカナが「これですか?」とモーガンが自分のために作ってくれた鞄を取り出すと、「それよ!!!」と言われてしまった。
「ベアトリーチェ王女様が持っていたその鞄が欲しいの!!」
そう言うお嬢様たちの顔は、怖かった。
「現在制作サイドが手一杯なので、予約を……」
とアルカナがたじろぐと、リストはあっという間に埋まっていった。
店の前に並ぶ馬車の行列。美しいお嬢様たちの鬼気迫る顔。お嬢様たちの襲来により、彼女たちの振りまく香水で店の中がいい匂いになった。
大量に注文される、冒険者用の鞄と貴族令嬢用の鞄。
その結果どうなるか。
「アハハ、カバンヅクリ、タノシイナー」
モーガンが死ぬ。
虚ろな瞳で鞄を作り続けるモーガンは、もうずっとランナーズハイのような状態だった。
無理もない。
今まででも手一杯だったのに貴族令嬢用の鞄作成まで加わってしまう。例え不眠不休で頑張り続けても終わりが見えなかった。
「ウェイクさん、どうしよう。モーガンさんが休めない」
「アルカナ。お前迂闊に注文受けるのやめろ」
ひたすら工房にこもって鞄を作るモーガンを見つめながら、アルカナとウェイクはヒソヒソと話した。
「ごめんなさい、つい……」
お嬢様たちの勢いに押されて考えなしにアルカナが受注を受け付けたもんだから、リストがとんでもない量になってしまっている。
見かねたウェイクが店を臨時閉店にし、お客様は門前払いにした。さすがSランク冒険者、貴族相手にも容赦がない。
文句を言う客が続出したが、キャパがパンクしているのだからどうしようもない。
「商人ギルドに求人を出して、人を募るしかないぞ」
「ですね……私、行ってきます」
モーガンが過労死する前に、この騒ぎを作った張本人として彼に救いの手を差し伸べなければならない。
アルカナは立ち上がり、商人ギルドに行くため店を出た。
店を出ると入り口に、背の高い男が立っていた。仕立てのいい服を着た男は長い髪を後ろで結んでおり、鋭い目つきでアルカナを見下ろしている。
「君はこの店の従業員かい?」
「はい。すみませんがただいま、注文は受け付けていません」
「いや、鞄の注文に来たわけじゃないんだよ」
言って男は自己紹介をする。
「私の名前はウィリアム・ネヴィル。ル・ベルメテューユ商会の商会長だ」
+++
ル・ベルメテューユ商会は大商会だ。取り扱いは服飾で、生地から裁縫道具、既製の服からオーダーメイドまで手広く扱っており、その名はベリントン王国に轟いている。
王家や公爵家など名だたる貴族も贔屓にしているベルメティーユ商会。
そこの商会長が一体どんな用事だというのか。
「実は、君にデザイナーとして我が商会で働いて欲しいと思っているんだ。この規模の店では、今殺到している注文数を到底作製できないと推察できるが、どうだろう」
ウィリアムは確認するかのような言い方をしたが、口ぶりは断定していた。
アルカナとモーガンが何も言えないでいると、その態度で肯定と取ったのか言葉を続ける。
「そこで、我が商会の出番だ。ル・ベルメティーユ商会には極めて優秀な職人が何十人と在籍している。君がデザインした鞄を、何百という数で生産可能だ。もちろんそちらの職人も、希望するならば我が商会の一員として雇用しても構わない。いかがか」
いかがか、と言われても。
アルカナはモーガンに目配せをした。モーガンは視線を泳がせた後、背筋を伸ばして言う。
「ありがたいお話ですが、僕は遠慮いたします。僕は革製の鞄を作る方が性に合っているし、元々自分の店を持つのが夢だったので」
「そうか。アルカナ君、君はどうだね」
アルカナはウィリアムに言われ、考えた。
デザイナーとして働くというのは全く想像もしていなかった未来である。
アルカナの取り柄は〈空間魔法〉を使えるというその一点だけだと思っていたし、事実〈空間魔法〉のおかげでここまでやって来れていた。
それが、デザイナー?
あのきらきらした布やリボンやレースに囲まれて、素敵な鞄のデザインを考えて過ごす?
それは想像しただけでも素敵なことのように思えた。
けれどもその未来に……モーガンはいない。ウェイクだって冒険者だからついて来ないだろう。
そうするともう、この店で三人でドタバタしながら鞄を作って売る生活は送れない。
……それは嫌だなぁ、とアルカナは思った。
アルカナはウィリアムの顔を見て、告げる。
「私はこの店が好きなので、その誘いは受けられません。……ごめんなさい」
ウィリアムはこの答えに少々機嫌を損ねたようだったが、特に反論はせずに静かに頷いた。
「そうか。気が向いたらいつでも連絡をしてくれ」
カウンターに置かれた一枚の名刺には、ル・ベルメテューユ商会の本店の所在地が書かれている。
「何れにせよ今日すぐに色良い返事がもらえるとは思っていなかったからね」
そして颯爽と去っていくその姿は、さすが大商会の長と思わせるほどに洗練されていて優雅だった。
これが、上に立つ者の貫禄。
器が違う。
静かになった店内にはアルカナ、モーガン、ウェイクの三人が残された。
「アルカナ。僕に気を遣わなくてもよかったのに」
「ううん。そういうんじゃないの」
アルカナはモーガンの言葉をやんわりと否定した。
「私このお店が好きだから……モーガンさんと働くのが、好きだから」
「俺の存在を忘れるな」
ウェイクが不機嫌そうに口を挟んだので、アルカナは「もちろんウェイクさんも」と付け加える。
「もっとゆっくりしたペースで無理なく売っていけるように、工夫しましょう」
これからもずっと、店を続けられるように。
次回、最終話です




