今日で冒険者やめます
「もう駄目です、冒険者やめますっ!!」
なんとか王都に帰還したアルカナは、冒険者ギルドにつくなり受付にいるギルドの職員にそう叫んだ。美人な受付嬢は頬に手を当てて困ったように首を傾げている。
「そんな……でも、この依頼の束を見てください。これ、全てアルカナさんとパーティーを組みたいという依頼なんです」
受付嬢の差し出した紙の束を奪い取り、上から順に眺めていく。紙をめくればめくるほどにアルカナの顔色は青ざめていった。
「何これ……ほとんど全部、Aランクの冒険者パーティーばっかり」
「アルカナさんもAランク冒険者ですからね」
「そうね、いつの間にかランク上がっていたのよね!」
「依頼達成数で言えばダントツですから」
「私が討伐した魔物なんて、一匹たりともいないけどね」
「特別推薦枠を使って、多くの冒険者の方がアルカナさんのランク上げを希望しましたから」
「…………」
アルカナは依頼の紙束越しにジト目で受付嬢を見た。
なぜ他の冒険者たちがこぞってアルカナを高ランクにしたかったのか、理由を知っている。高ランクになればなるほど、低ランクの冒険者たちがアルカナに声をかけづらくなるからだ。便利な魔法を持つアルカナを囲い込みたい奴らの思惑である。
アルカナはギルドのカウンターに紙の束を置くと、はぁとため息をついた。
「もう無理。死んじゃう。最近のダンジョンレベルは私の実力に見合って無さすぎる」
世界各地に点在するダンジョンは、出没する魔物の強さや内部の複雑さなどによってレベリングがされている。半年前にAランク冒険者に上がったアルカナは、同じくAランク冒険者で構成されるパーティと共に強力なダンジョンに挑むことが多くなった。
出没する魔物の強さたるや、爪がかすりでもしたらアルカナは即死だろう。何せ素の強さで言えば、駆け出しのFランク冒険者と変わらないくらいなのだから。
「そもそも私、冒険者になりたいわけじゃなかったし」
〈空間魔法〉の有用性に目をつけた大人たちに無理やり登録させられただけにすぎないアルカナには、冒険者という職業にちっとも魅力を感じない。
人の背中に括り付けられて、言われるがままにアイテムを出したりしまったりするだけ。
戦闘センスも、運動神経も、その場の状況把握能力も、まるで自分に見合っていない。本当にただの荷物持ち。亜空間から荷物を取り出すためだけに存在している自分。未知のダンジョンに挑む苦しさも、踏破した時の達成感も、行動を共にしているはずなのにまるで分かち合うことができない。
アルカナはもっと平凡な生活を望んでいた。
危険も死も身近に感じない王都でのんびりほのぼの暮らしたい。
「お? アルカナ、今帰ってきたところか? 丁度いい、次は俺たちのパーティと一緒にダンジョン行こうぜ」
気落ちするアルカナになど構わず、一人の冒険者が声をかけてきた。アルカナの肩が思わず跳ねる。
「いやぁ、次に挑戦予定のとこ、海に近いせいか内部の半分以上が海で構成されてるっぽくてよ。あ、心配しなくてもアルカナはしっかりおぶって泳いでやるからな。俺、こう見えても泳ぎに自信があるんだ。安心して俺の背中でくつろいでてくれ」
魔物がうようよいるだろうダンジョンの海を泳いで攻略する予定なのか。
無謀すぎる発言にアルカナの全身が震えた。
すると後ろからアルカナと同い年くらいの女の冒険者が出てきて咎める。
「そんな言い方したらアルカナが不安がるでしょ? アルカナはアタシと泳ぐから大丈夫だよぉ」
「何をう? お前の背中は狭すぎるだろ。背負うなら俺だ、俺」
「ゼーったい、アタシだよぉ!」
どちらがアルカナを背負うかで揉め始めた二人を見て、戦慄した。
(この二人、本気で泳いで踏破する予定なの? え、私それに巻き込まれちゃうってこと? 死ぬじゃん)
アルカナは決心した。
十歳で強制的に冒険者にさせられて、八年。好きでもない職業に今までよく耐えてきたと思う。
頑張った、自分。
だからもういいだろう。
大きく息を吸い込むと、ギルドのカウンターに自身の冒険者証を置き、言う。
「私、今日で冒険者やめます。今までお世話になりました。ありがとうございましたっ!!」
「あ、ちょっと待ってくださいアルカナさん」
「アルカナ、逃げんのは卑怯だぞ!」
「アルカナァ!!」
アルカナ、アルカナ、アルカナ。
まるで合唱のように自分を呼び止める声を振り切ろうと、アルカナはギルドの扉を勢いよく開け、ひたすら走った。
もう駄目だ。冒険者なんてやめてやる。最初から自分には向いていなかったのだ。
アルカナは涙を堪えて走った。
走って走って走って、皆の視線から逃げるように狭い路地裏へと駆け込んだ。
「はぁ、はぁ、…………うええぇっ」
そして走りすぎてまたもえずいたアルカナは、体力の限界にきて路地裏に座り込んだ。
しかし相当走ったはずなのに、まだアルカナを呼ぶ声が聞こえてくる。
「…………アルカナー」
「げっ」
しかも思ったよりも近くから。
「あれ? 声がしたか? この辺りにいるのか」
どうしよう。
もはやこれ以上走って逃げるのは不可能である。アルカナは左右をキョロキョロ見回した後、一つの店を見つけた。なんの店なのかいまいちわからないが、とにかくここに隠れてやり過ごそう。
正常な判断能力を若干無くしているアルカナは、店の扉に手をかけて中へと入った。