Aランク冒険者〈無限収納〉のアルカナ
ダンジョンの最深部で、一つの冒険者パーティーの声が木霊している。
「うっ、うっ、うええぇええ…………!!」
十八歳の冒険者アルカナはダンジョンのゴツゴツした地面に四つん這いになって、えずいていた。吐きたかった。どうしようもなかった。
パーティーメンバーの焦った声が聞こえる。
「おい、大丈夫かアルカナ!」
「しっかりしろアルカナ!」
「お前がいなくなったら、俺たちは、俺たちは……!!」
「「「手に入れたアイテムが取り出せなくなるだろう!!」」」
「…………本当、君達ってそんなんばっかりだよね! 少しは私自身の心配もしてよ!」
もう何百回と聞かされているセリフに、思わず叫び返した。
栗色のフワッとした肩まで伸ばした髪、そこから伸びる灰色の兎の耳は、彼女が人間と獣人のハーフである印。
Aランク冒険者〈無限収納〉のアルカナ。それがアルカナの呼び名である。
アルカナはこの王都で唯一の〈空間魔法〉の使い手。空間魔法が何かというと、簡単に言えば亜空間にどんな物でも収納できるという魔法だ。
アルカナ自身は空間魔法の有用性についていまいちピンとこなかったのだが、この魔法が使えると知った周囲の大人たちはアルカナを放っておかなかった。
当時十歳だった孤児のアルカナは院長によって冒険者ギルドへと引っ張っていかれ、無理やり冒険者登録をさせられると、ひとまず空間魔法を鍛えさせられた。鍛えて鍛えて鍛えまくると、亜空間の容量がどんどん大きくなり、入る物がどんどん増えていった。
最初は薬草数個にポーションが二、三本と持ち歩くのとさほど変わらない容量だった亜空間が、気がつけば家が丸ごと入ったり数週間分の食料や飲み水を入れておける大空間へと変貌を遂げたのだ。
しかも亜空間、鍛えた結果入れた時のままの保存状態を保てるようになったので、水も食料もいつでも新鮮なものが取り出し放題だ。
こうなるとどこの冒険者パーティーもアルカナのことが欲しくて欲しくてたまらなくなる。
何せダンジョンに潜れば五日や十日は潜りっぱなしなんてのもザラにあるし、そうすれば食料問題は必ずついてまわる。それだけではなく、魔物からドロップしたアイテムだって厳選して持ち歩かなければならない。替えの武器や防具だって、必要となるだろう。
けど、アルカナ一人を連れて行くだけで諸々の問題が全て解決するのだ。
便利すぎる。これで人気が出ないはずはない。
こうしてアルカナは王都で唯一無二の最強の荷物持ち、名付けて〈無限収納〉のアルカナとして名を広く知らしめ、自身の戦闘力とは全く関係なく次から次へと高ランクパーティー参加の依頼がやってくる事になったのだった。
「アルカナ。落ち着いたか? 落ち着いたら出発するから、立ってくれよ。ローグにおぶってもらうから」
「はーい…………」
アルカナがふらふらと立ち上がると、ローグと呼ばれた大柄な虎の獣人の男が紐を片手にアルカナに近づいた。その紐をアルカナの腰に巻き付けると固く結ぶ。それから自分の腰と肩に素早く紐を回すと、ぎゅっと紐を引っ張ってアルカナを背中にくくりつけた。
「おし。じゃあ、帰りはなるべくゆっくり進むからな」
「本当お願いよ」
ローグは体長が二メートル半ほどあるので、背中に括られたアルカナは足がぶらぶらと揺れる状態である。
「うぅっ、急に走ったりぐるぐる回ったりしないでよ!?」
「善処する」
ローグはそう言うが、信用ならない。
ローグは前線で戦うファイターである。なのでアルカナが背中にいようがいまいが、魔物を見れば倒すために突っ込んでいく。
地を蹴り、壁を走り、空高くに跳び、全方位の敵を殲滅しようと方向転換をやたらにする。
冒頭でアルカナが吐きそうになっていたのも、直前のボス戦でぐわんぐわんとローグに振り回されたせいだ。
「私を背負ってるんだからね!? ちょっとは動き回るの控えてよ!?」
「…………肝に銘じておこう」
「何その、間っ!!」
「…………」
アルカナの予想は当たり、この後ダンジョンを出るまでの間幾度となく強力な魔物と遭遇し、激しい戦闘に巻き込まれ、背中に括られ成す術のないアルカナはローグの背中でただひたすらに絶叫をあげ続けた。