08話『地人族の鍛冶師』
城壁に囲まれた、王城の広い敷地の中にその建物はあった。
山肌と隣接する東側城壁のそばにある煉瓦造りの建物は鍛冶場だった。
煙突から黒い煙がもくもくと上がっている。
風を通すためだろうか、両開きの引き戸が開け放たれていた。
建物の中を覗き込むと、ぶわっとした熱気が頬を焦がす。
赤々と燃え盛る炉の前に二つの小柄な人影があった。
「すみませーん」
二人は上下黄色の作業用つなぎを着ていた。
分厚い手袋をして、頑丈そうなブーツを履いている。
頭には鉄仮面のような、バケツのようなものを被っていた。
それにしてもこの二人、かなり背が低い気がする。
せいぜい小学生くらいに見えた。
「すみませーん!」
俺はもう一度呼びかけたが、反応はない。
あのバケツのような被り物のせいで聞こえていないのだろうか。
仕方ないので建物の中に入らせてもらう。
二歩三歩と近付いたところで、急に一人が振り返った。
「なんだお前ーっ!」
女の子の声だった。
驚いて立ち止まると、全身黄色つなぎの鉄仮面がだだっと駆け寄ってきた。
「勝手に入ってくんな! つか誰だお前!?」
言葉は強いが、お腹のあたりから見上げられては迫力に欠ける。
俺は失礼にならないように、鍛冶場の床に膝をついた。
「初めまして。シロガネヒカルと申します。ここに腕利きの鍛冶師さんがいると聞きまして」
ベルメッタに聞いたところ、そう教えてくれたのだ。
城の兵士が使う武器防具はここで作られているらしい。
黄色の全身つなぎのその子は鉄仮面を脱いだ。
出てきたのはもじゃもじゃくせ毛の女の子だった。
ぱっちりとした目は少しつり目がちで、顔の作りは幼い。
ともあれ俺の態度に、彼女は満足いったように笑みを浮かべた。
「挨拶に来たってわけか。なかなか良い心掛けだな! で、初めて見る顔だけど。お前、新入りの兵士か何かか?」
「あっはい。そんな感じです」
実際、新兵みたいなものだ。
特に訂正はしないでいいだろう。
「オレの名前はミスミス。あっちは弟のマウラ。まぁ見ての通りの地人族だ。よく覚えとけ」
もう一人ことマウラが鉄仮面を脱ぎながら歩いてくる。
もこもこヘアーの男の子だ。
ミスミスと名乗った女の子と違って、優しそうな目をしている。
マウラがぺこりと頭を下げたので、俺も同じようにした。
「すみません。地人族って何ですか?」
「あん? 何ですかってなんだよ。お前は人間族だろ?」
「え? えーと、はい、人間です」
「オレは地人だよ。そういうことだろ?」
よくわからないが、二人は地人という種族なのだろう。
もしかすると背が低いのも特徴なのかもしれない。
機会があればまた調べてみよう。
「んで、オレらに何か用か?」
「欲しいものがあるので、相談に乗ってもらえないかと思いまして」
「新入りのくせに生意気だな! まぁいいよ。言ってみ?」
「折れない槍とクナイが欲しいんです」
「ん~? もうちょっと詳しく」
俺は獣人族と戦った時のことを二人に話した。
「槍の柄で斧を受けられたら、もう少し楽に戦えたと思うんです」
「あいつらほんと、ばか力だもんな。でもどうしたもんかなぁ……」
姉ミスミスは弟マウラと向かい合った。
先に弟が口を開く。
「柄の部分は手ごろな木材を加工してもらってるだけだからね。獣人が相手だと、木を変えたくらいじゃ変わらないと思うよ」
「じゃあ柄の部分を金属で覆っちまうか。重くなるけど」
「効果はあると思うよ。でもそれで要望に応えられるのかな?」
マウラは少し垂れた丸い目を俺に向けてきた。
「お兄さんの仮想敵ってさ、普通の獣人じゃないよね。片手で振る斧くらいなら姉さんの案で足りるけど」
俺は首を横に振る。
ウィツィが振り回していた大戦斧級の攻撃を受けられないと困るのだ。
救世主は誰にも負けちゃいけない。
ティアナートは俺にそう望んでいるはずだから。
「世界で一番強い槍じゃないとだめなんです。どんな相手とでも対等に戦えるものが欲しいんです」
「お前さぁ……」
ミスミスは腰に手を当てて、呆れたように片目を細める。
「吹かすのは勝手だけどさ、お前にそれだけの価値があるわけ?」
「価値?」
「どんな凄い槍を作ったってさ、使い手がなってなきゃ意味ないんだよ。折れないだけの槍なら作れるよ。でも重くて使いものにならない。人間の体力に合わせて作るならどっかで妥協しないと」
ミスミスは分厚い手袋を脱いで、つなぎのポケットにねじ込んだ。
もじゃもじゃくせ毛の頭をかく。
「オレだって地人族だしさ。最強の槍とか憧れるし作ってみたいよ。でも使い手がいなきゃどんな道具もただの自己満足だろ?」
「つまり作れるんですね?」
「だからぁ。作ったって誰も――」
俺は床についた膝ですり足して近付いて、彼女の両肩を掴んだ。
「俺が使います。だから作ってください!」
「ええぇ……」
圧に押されてか、ミスミスは困惑の表情を浮かべた。
きょろきょろと鍛冶場の中を見渡して、ふと何かを見つけて止まる。
「そこまで言うならさ、あれ持ち上げてみろよ」
ミスミスの視線の先にあるのは金属製の大きな貯蔵箱だった。
中には石炭がみっしりと詰まっている。
「嫌がらせとかじゃなくてさ、そのくらいの腕力がないと無理なんだよ。めっちゃ頑丈だけど重たい。そういう材料を使いたいんだ。お前ができるってんならオレもやってやるよ」
「約束ですよ?」
そばの炉で赤熱した石炭が火を上げている。
俺は貯蔵箱の前に立った。
しっかりと腰を落とし、貯蔵箱に手をかける。
「ぐっ……んぅ……!」
力を込めるが、箱はびくともしない。
力み過ぎて首から上がかっかしてきた。
だめだ、これ以上は危ない。
俺は手を離して、止めていた息をぜぇはぁと吐き出した。
跡がついて赤くなった手をなでていると、ミスミスが近付いてくる。
「な? 無理だろ?」
諭すような口調だった。
確かにこれは人間の腕力では厳しい気がする。
とはいえ簡単に諦めるわけにはいかない。
「もう一回だけ、やらせてください」
「いいけど、ケガしないようにな」
俺は首にかけていたペンダントを作務衣の下から引っ張り出した。
銀細工の中央には透明の結晶体が収まっている。
炉の炎を受けてきらきらと輝いている。
――アウレオラ!
合言葉を心の中で念じると透明結晶が閃光を放った。
光の粒子が肌に吸い付くようにまとわりつき、鎧の形に変わる。
次の瞬間、俺の体は銀色の全身鎧に包まれていた。
ティアナートから預かったエルトゥラン王国の秘宝『救聖装光』である。
「はっ? はぁ?」
ミスミスが目を丸くして驚いている。
俺は再び、石炭を満載した貯蔵箱に手をかけた。
救聖装光の影響で全身の筋肉に力がみなぎるのがわかる。
呼吸を整えて、いざ思い切りいく。
「せぃやぁぁー!!」
貯蔵箱が浮き上がり――
「あっ」
宙に浮いた貯蔵箱は、勢い余ってちゃぶ台のようにひっくり返ってしまう。
大粒の石炭が床に降り注ぎ、重たい音が鍛冶場にけたたましく鳴り響く。
石炭の山の上に貯蔵箱がゴドッと被さった。
大惨事である。
恐る恐る振り返ると、目も口も大きく開いたミスミスの顔があった。
目が合って数秒、彼女はぱちぱちとまばたきをした。
「あほーっ!!」
でしでしと鎧の腹を叩いてくる。
いや、これは違うんだ。
救聖装光の力にまだ慣れていなくて、加減がわからなかったんだ。
もしかしてとは思ったが本当にできてしまうなんて。
救世主様の鎧パワーは伊達じゃないなとあらためて実感する。
「はいはい。さっさと片付けようね」
マウラがスコップを持ってくる。
俺は逆さになった貯蔵箱をとりあえず元に戻した。
それから炭鉱夫になった気分で、作業に勤しむこととなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺は建物の外に出て、煉瓦の壁にもたれてへたり込んでいた。
熱気のこもった鍛冶場での作業は想像以上に重労働だった。
重いのと熱いのでしんどさが二倍だ。
「はぁ……」
空が青い。
汗だくの体に風の優しさが染みる。
作業に入る前に救聖装光は解除した。
使えば楽だったと思うが、怖かったからだ。
さんざん王女様から脅されたので、必要以上に使いたくなかったのだ。
それに生身でできることは生身でやるほうがいい。
俺は寺生まれのニンジャ見習い。これも修行と思えばだ。
城の方から、鉄仮面を被った黄色つなぎのちびっ子二人が歩いてくる。
そばまで来ると、ミスミスは水を張った桶を俺の前にどんと置いた。
マウラは中身の入った木のコップと手拭いを差し出してくれた。
「ほら。手と顔を洗って、水も飲んどけ」
「ありがとうございます」
ざぶざぶすると、石炭の黒い汚れが桶に浮かんだ。
受け取ったコップを呷って、乾いた喉に水分を流し込む。
潤いのなんと美味なることか。
五臓六腑に染み渡るとはこのことだろう。
「人間って大変だよな。暑いとすぐ体から水が出て干からびるし。毎日、水を飲まないと死んじゃうだもんな」
俺を見下ろしながらミスミスが言う。
当人は全身つなぎでバケツを被り、分厚い手袋と靴を身に着けているのだ。
「ミスミスさんはその格好で暑くないんですか?」
「全然」
俺は疑惑のまなざしを彼女に返した。
その格好で鍜治場にいたら、中は汗だくの蒸し焼きだと思うのだが。
「お前って本当に、地人族のこと何も知らないんだな」
「すみません」
「オレたちは暑いのとか寒いのはわりかし平気なんだよ。でもお前みたいに外で肌を晒すのは無理なんだよな。太陽病こわいから」
「太陽病?」
地人族は元来、洞窟の奥深く、日の当たらない場所で暮らしてきた種族だ。
そのため長時間、直射日光を浴びると体の具合が悪くなる。
短時間なら頭痛、吐き気くらいで済むが最悪の場合は死に至るらしい。
それならどうして重装備をしてまでこの国にいるのか、なのだが。
「伝説の名工ヘパの作った救聖装光ってのを一目拝んでみたくてさ。自分の作品が歴史に残るとか、地人族として憧れるしかないだろ!?」
ずっと地底で暮らしていたミスミス姉弟はそのためにエルトゥラン王国まで旅をしてきたが、未体験だった太陽病への認識が甘く倒れてしまったらしい。
特に弟マウラは症状が重く、一時は意識不明にまで陥った。
当時の国王だったティアナートの父はこの旅の地人に手厚い治療を施した。
その甲斐あって姉弟は回復。
それからは恩返しも兼ねて、城の鍛冶師をやっているんだそうな。
「僕たちが助かったのは前の王様のおかげですからね。感謝してるんです」
「へぇー」
俺はなんとなく彼らに親近感を覚えた。
よそから来た異邦人仲間とでもいうのだろうか。
先輩と思わせてもらおう。
「で、さっきの話なんだけどさ」
ミスミスは中腰で俺の顔をのぞき込んでくる。
「お前の望み通り、すっごい槍を作ってやるよ。気合い入れてやるから、ちょっと時間かかると思うけど」
「ありがとうございます! でもいいんですか?」
「二言はねえよ。めっちゃいいもん見せてもらったしな!」
バケツの被り物越しでも、ミスミスがうきうきしているのがわかる。
「やっぱ伝説はすげーわ。どういう仕組みなんだあれ?」
話を振られて、マウラがうーんと首を傾ける。
「救聖装光が作られた時代には魔法の力が実在していたらしいからね。そういう力を媒介にして、鎧を再構成する仕組みがあるんだと思う」
「やべーな。ヘパって魔法使いだったのか」
「どうかな? リブリナの樹魔族はそういうのが得意だったって噂だし。当時は地人族とも付き合いがあったのかもね」
話についていけないが、二人は楽しそうだ。
鍛冶談義を横で静かに聞いていると、ふとミスミスが話を振ってきた。
「んで何だっけ。他にも何か作って欲しいって言ってたよな?」
「はい。クナイです」
俺は身振り手振りを交えて説明した。
クナイとはニンジャの扱う万能ツールである。
長さは肘から手首くらいで、刀身は四角錐のように尖っている。
持ち手の根本が輪っかになっており、紐や糸を通すことができる。
「穴を掘ったり、壁に刺して足場にしたり。戦闘では短刀として使ったり、投擲したりもします」
「注文が多いなぁ。まぁとりあえず試しに作ってみっか」
二人が鍛冶場に入っていく。
俺は邪魔にならないよう遠巻きに眺めることにした。
先程まで燃えていた石炭の炉とは別の炉を使うようだ。
マウラが木炭を適当な大きさに割っている。
何か使い分けがあるのだろう。
燃えた木炭の中に、鍛冶の材料となるの黒い塊を入れて熱する。
赤白く色を変えたその塊をマウラが金床に抑え、ミスミスが金槌で叩く。
トンカントンカン。熱しては打ちを繰り返し、形を整えていく。
職人技というのはエンターテイメントなんだなと感嘆する。
根本の輪っか部分も上手に曲げて綺麗な円になった。
水を張った桶に試作品を投入すると、温度差でじゅわっと音を立てた。
ミスミスは雑巾で試作品の表面を拭いて、俺に差し出してきた。
「とりあえずだから雑だけど、だいたいこんな感じか?」
「おおぉ……」
見た目はまさにクナイだ。
手の中で握りを変えて試していると、懐かしさに顔がほころんだ。
「そうです、こんな感じです! 凄いですよこれ!」
ミスミスはバケツの鉄仮面を脱いで、分厚い手袋を外した。
もじゃもじゃの髪をかき上げる。
「なんか直すとことかある?」
「形はいい感じです。でもなんだろう。振った時にしっくりこないような……」
「重心かな。本番はもっとしっかり鍛えて、芯も入れるつもりだから。それも踏まえて調整するから心配いらねえよ」
さすがはその道の達人だ。
ふんわりとした感想をちゃんと理解してくれている。
これはもう信頼するしかない。
「よろしくお願いします」
「おぅ任せろ。じゃあさっそく材料費せびってくるわ!」
鉄仮面バケツを被り直して、ミスミスは鍛冶場から飛び出していった。
残された俺はマウラと目を合わせる。
「僕は片付けを済ませてから、姉さんの後を追いますので」
「それならお手伝いします」
「すぐ済みますし、危ないですから」
やんわりと断られた。
俺は手に持った試作品のクナイをマウラに見せる。
「これ、もらってもいいですか?」
「構いませんよ。でも不良品だから実戦では使わないでくださいね」
「わかりました。ありがとうございます」
頭を下げて、鍛冶場を後にする。
俺は青空を仰いで、ぐーっと伸びをした。
鳥が雄々しく翼を広げて飛んでいくのが見える。
いい天気だし、今から修行でもしようか。
ミスミスの言う通り、良い武器があっても使い手がだめなら意味がない。
今日はあの鳥を追いかけて、城壁そばの山にでも登ってみるか。
ちなみにこの岩山、神門山なるたいそうな名前がついているらしい。
山頂にご立派な歴史遺産があるらしいのだが、見物しに行くのもありか。
俺はしっかりと準備運動をしてから、全力で走り出した。