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71話『口先舞台の停滞前線(2)』

 曇り空の昼過ぎ、ララン家の屋敷にて二度目の会談を行うこととなった。

 昨日と同じように応接間に通される。

 四角い卓を挟んで俺とティアナート、シルビスとライムンドが席に着いた。

 卓にはお茶のポットがあり、それぞれの前には湯気を立てるカップがある。

 さて、考える時間を空けたことで何か変化はあるのだろうか。

 シルビスは落ち着いた様子で第一声を上げた。


「あらためてお越しいただき、ありがとうございます。さっそくですがティアナート王女。我々が昨日、提示した案ですが……」

「考えましたが、引き渡しはできません。そこだけは譲れない」


 ティアナートははっきりと言い切った。


「そうですか……」


 シルビスはぐっと目をつむり、眉間にしわを寄せてうつむいた。

 何かに堪えているような様子に見える。

 それから沈黙すること十秒、二十秒、三十秒。


「……そこまで強く言われるのなら、仕方ありません」


 肩を落として息を吐き、シルビスは決心したように面を上げた。


「わかりました。引き渡しの要求は一旦、撤回します」

「えっ」


 ティアナートは困惑した顔で俺を見た。

 シルビスがすんなり要求を取り下げたことが予想外だったからだろう。

 それは俺にとっても意外なことだった。


「シルビス王。疑うわけではないのですが、どうして心変わりを?」

「……昨夜、妻と話をしました」


 シルビスはしんみりした様子で語り始めた。


「お飾りだった自分とは違って、私の手には舵が与えられているのだと。だからこそ私には民を幸福に導いてほしいと、そう言われました。王の仕事は自由も見返りもない苦しいものです。それでも懸命に働けば十年後、二十年後、自信を持って胸を張れる。彼女の言葉に私は感銘を受けた。それが理由です」


 そう言って、ぐっと眼力を強くする。

 憎しみを捨てたわけではない。

 王として苦渋の決断をしたのだと、そういう意味か。

 一応は筋が通っている……のだろうか。

 ティアナートはなるほどと頷いた。


「お言葉はわかりました。それならば私たちも平和に向かって話ができます。では次は撤回する代わりに……という話でしょうか?」


 シルビスはしたりとばかりに口角を上げた。


「話が早くて助かります。代わりの要求は一つ。我が兄アスカニオ=ウォルトゥーナの身柄をお返しいただきたい」


 アスカニオを捕虜にした件をもう掴んでいるのか。

 トラネウス王国の情報機関は優秀だなと思う。

 ライムンドが仕切っているだけのことはある。


「アスカニオ将軍の引き渡しについては前向きに検討いたしましょう。ですがただで返すわけにはまいりません」

「であれば、そちら側から条件をお出しください」

「……では、デニズ海における海賊の取り締まり権を認めていただきたい」


 ティアナートが提案すると、シルビスは不思議そうに小首を傾げた。

 その隣でライムンドがわずかな時間、顔を強張らせたのに俺は気付いた。

 今の反応は何だろう。

 デニズ海に触れてほしくない何かがあるのだろうか。


「どうして急に海の話を?」


 シルビスがティアナートに聞き返す。


「今回の婚姻でトラネウス王国とエリッサ神国は親密な関係となりました。私どもとしても、両国とより良い関係を構築していきたいと考えております。そこで懸案事項なのが海の交易路の問題です。魚人族による海賊行為を取り締まることができれば交易の活性化が望めます。それは三国に利益をもたらすものとなるはずです」

「んー……」


 シルビスは額に指を当てて、考え込むように視線を外す。

 なるほど魚人族か。

 俺は頭の中でパズルのピースが繋がるのを感じた。

 ロタンは魚人の血を引いているとライムンドは言っていた。

 だから魚人族が交渉の議題に上がったことに反応を示したのだろう。


「海賊討伐はエルトゥラン王国が自らの手で行います。貴国に負担がかかることのないように致しますので――」

「少しよろしいでしょうか」


 ライムンドは軽く手を上げて割り込んできた。


「恐縮でございますが王女陛下。その海賊討伐はどうかお待ちください」

「なぜです? 理由を聞きましょう」


 するとライムンドは眉尻を下げ、申し訳なさそうな表情を作った。


「実は我々トラネウス王国は魚人族と交渉中でございまして。かの者らの海賊行為を減らす方向で調整することも可能かと存じます。ですので武力行使の方はお控え願えればと……」

「ほーお、それは初耳です。魚人族は人を食うとまで言われる恐ろしい種族。魚人族と交渉できるほどの関係をいつの間に築いたのです?」


 ティアナートが問いただす。

 シルビスも興味ありげに隣のライムンドの顔を見た。

 初耳だとばかりの反応だ。

 トラネウスでも極一部の人間しか知らない秘密だったということだろうか。


「それがようやく窓口ができたところでして。ここでこじれてしまうことだけは避けたいのです。我が国のみならず、人間という種族としての損失になるものと考えます」


 ティアナートが黙ったのは、ライムンドの言葉が一理あるからだろう。

 エルトゥランとトラネウスは対立しているが、枠組みとしては同じ人間族だ。

 魚人族が国の違いを考慮してくれる保証などない。

 下手に横槍を入れれば後世まで魚人族との関係に悪影響を与えかねない。

 もっともそれはライムンドの言葉が真実なら、という前提の話なのだが。


 さて、ティアナートが海の話をした真の理由は防衛上の問題だろう。

 相手の立場になって考えてみる。

 シルビスがエルトゥラン王国を攻めるとしたらどう来るか。

 俺なら二手に分かれて攻める。

 まずトラネウス軍が陸路から進み、こちらが迎撃の軍を出したところで、エリッサ軍に海路からエルトゥラン王城を突きに行かせるのだ。

 そういった動きが想定されるので、海賊退治の名目で先んじて制海権を取りに行き、事前に敵の両面作戦を潰してしまおうというわけだ。


 なお海上保安の問題は実在するものなので嘘はついていない。

 ティアナートはしばし思案した後、仕方ないとばかりに息を吐いた。


「いいでしょう。その件はそちらの顔を立てましょう」

「ご配慮くださり、ありがとうございます」

「では代わりにセルアティの領有権を要求します」

「それは……」


 しれっと厳しい要求をするティアナートに、ライムンドは苦笑いする。

 セルアティの町は国境に接するトラネウス王国の北部の最前線だ。

 渡せば国境線が変わるのみならず、防衛体制の再構築を迫られる。


「呑めないと?」

「少々難しいかと」

「あれもできない、これもできない。困ったものですね」


 ティアナートはやれやれと息を吐いた。

 交渉の場では余裕の態度を貫くことが大切だ。

 自信たっぷりに吐かれた言葉は説得力を持つ。

 内情実情はどうあれ、相手が信じればそれがこの場の真実になるのだ。


「まぁそれならそれでかまいません。アスカニオ将軍には我が国でのんびりと静養していただきましょう」


 揺さぶりをかけるような言い草に、ライムンドは薄笑いを浮かべた。

 その隣でシルビスは表情を苦くする。

 さて新王はどう返すのか。

 三人の視線が集まる中、シルビスは口を開く。


「身代金を支払います。それで交換といたしましょう」

「お金ですか。額は?」

「賠償金に二割上乗せする形で解決いたしましょう」


 するとティアナートは白手袋の右手で口元を隠して、笑いをこぼした。


「ご令兄にそのような安い値をつけてしまってよろしいのですか?」

「なんですって?」

「貴人にはそれにふさわしい価値がございます。どうか後悔なさらぬよう、ご再考ください」


 シルビスは助言を求めるように隣のライムンドに顔を向けた。

 その目線が彼の太もものあたりに下がる。

 卓の下で隠れて見えないが、指で何かやりとりをしているのだろう。

 シルビスは自身を落ち着かせるように息を吐き、ティアナートを見た。


「賠償金の五割まで出しましょう。それでご納得いただけませんか」


 シルビスの表情からは焦燥の色が滲み出していた。

 俺の引き渡しを諦めると言った時より、ずいぶんと迫真だ。

 対してティアナートは口を閉ざし真顔になった。

 相手の内心を推し量っているのか、さらに焦らせようとしているのか。

 しばしの沈黙を挟んだ後、ティアナートは返事をする。


「それに加えて、シルビス王のご母堂を先にエルトゥランに送ってください。それでご令兄の件は検討いたしましょう」

「なっ!?」


 反射的に腕が動いてぶつけてしまったのか、シルビスが卓を揺らした。

 置かれた陶器のカップが音を立て、お茶が波打つ。

 あわやというところで中身はこぼれずに済んだ。


「母上を人質に出せと言うのか!」


 怒りで目を見開くシルビスを前にしても、ティアナートは落ち着いていた。


「アスカニオ将軍は王の実兄にしてトラネウス軍屈指の勇将。最低でもそのくらいでなければ釣り合いが取れません」

「ふざけるな!」


 シルビスは長い髪を弾ませ、だんと拳を卓に叩きつける。


「陛下」


 口を挟んだのはライムンドだった。


「どうか冷静に。海の心です」


 宰相の言葉に、シルビスはぐっと息を呑んだ。

 片目を強く閉じて、息を止めるように口をつぐむ。

 よく留まれたなと俺は思った。

 感情が沸点を越えてしまったように思えたが、意外と忍耐強い。

 この二人、俺が考えているよりも厚い信頼関係があるのかもしれない。


「話を続けても?」


 ティアナートが問うと、シルビスは口を閉ざしたまま、どうぞと手で促した。


「もちろん我が国からも相応の貴人を出します。とは言え、私の家族はすでに天の星。ですので現時点で私の次の王位継承権を持つ伯母を貴国に送ります。それであればお互い様となりましょう」


 シルビスは眉間に深くしわを寄せ、うつむき気味に黙り込んだ。 

 ライムンドはシルビスを気にかけるように見ているが、何も言わない。

 あくまでも主君に舵取りを任せるということだろう。


 沈黙が応接間の空気を重くする。

 俺は静かにカップに手を伸ばし、ぬるくなったお茶を口に運んだ。 

 乾いてくっつきそうになっていた口内が潤う。

 正直なところ俺はほとんど置物だが、それでも疲れが出る。

 隣で毅然と振る舞うティアナートの姿に、俺はあらためて感心していた。

 己の言葉一つで何万という国民の未来が変わってしまうのだ。

 もし俺が彼女の立場なら重責に押し潰されているだろう。


「……ふーっ」


 不意にシルビスは長い息を吐くと、顔を上げた。

 気持ちを切り替えられたのか、焦りの抜けた笑みを浮かべている。


「これでは堂々巡りですね。きりがない」

「と言うと?」


 ティアナートが聞き返すと、シルビスは嘲笑うように口角を上げた。


「貴方の伯母に、私の母や兄と釣り合う価値があるわけないでしょう。最低でも貴方の隣に座る男を天秤に掛けるべきだ」


 シルビスは俺を一瞥し、また正面のティアナートに視線を戻した。


「念のために聞いておきますが、彼を私に引き渡す気は……」

「その答えは変わりません」


 迷わず言い切ったティアナートに、シルビスはだろうなとばかりに頷いた。


「そんな貴方と同じように、私にも譲れない一線がある。それを踏み越えろと言われるのなら断固として拒否します」


 シルビスの目には確かな意思が感じられた。

 肉親を交渉の議題に上せられて動揺したようだが、持ち直したのか。

 対するティアナートは表情を動かさず、心の内を隠しているようだった。


「拒否する……とは、どういう意味でしょう」


 あえて遠回しな聞き方をするのは明言を避けるためだろう。

 戦うつもりか、とティアナートは聞いているのだ。


「私は母を人質には出さない。その上で兄を取り戻す。そのために仇を見逃す妥協をしようとまで言ったのです。平和とは誰かに平伏して得るものではない」


 そちらも妥協しないなら一戦も辞さない。

 そう言っているように俺には感じられた。

 今度はティアナートに三人の視線が集まる。

 ティアナートは無表情を作り、思案しているようだった。


 アスカニオを引き渡し、賠償金を上積みしてもらい和解する。

 一つの落としどころだと思うが、ティアナートはなぜ承諾しないのか。

 それはおそらく未来に不安が残るからだ。

 できればトラネウス王国が再侵略を行えない状況まで持っていきたい。

 それが今回の交渉に臨むティアナートの姿勢だろう。

 生みの親を人質に取ろうとするのも、国境の町や海を抑えにかかったのも、どれも相手が戦争に踏み切れない状況にするためだ。


 もっとも向こうからすれば身動きが取れなくなることを当然、嫌がる。

 十中八九、拒否されるのは彼女も分かっているはずだ。

 それでも承知の上で言わざるを得なかったのだろう。

 時間を与えれば新王シルビスの下、トラネウス王国は一致団結する。

 トラネウスとエリッサの同盟関係もより親密になるだろう。

 そうして万全の態勢を整えたトラネウスとエリッサの連合軍が攻撃を仕掛けてきた場合、エルトゥラン王国の命運は風前の灯火となりかねない。


 現状の認識として、エルトゥラン王国は相次ぐ戦いで疲労困憊だ。

 だがトラネウス王国の出した被害も相当のものなのだ。

 先王アイネオスの敗戦でトラネウスの常備軍は半壊している。

 トラネウスとエリッサの婚姻同盟さえなければ、無条件降伏が通っていた可能性すらあっただけに、敵ながら起死回生の一手と言わざるを得ない。

 つまるところ、虚勢を張っているのはお互い様なのである。


「……本当にそれでよろしいのですか?」


 不意に呟いたティアナートの声は相手を気遣うような調子だった。


「シルビス王。貴方は本当に覚悟ができているのですか?」

「覚悟?」


 バカにされたと感じたのか、シルビスは目元を歪める。


「私が何の覚悟もなく王になったとでも? 私は父と同じように、この身を王国に捧げる覚悟で冠を被ったのです。侮辱のつもりなら撤回していただきたい!」

「己の命をかける覚悟ではありません」


 ティアナートは哀れむように細めた目をシルビスに向けた。


「己のために人が死んでいく覚悟です。王の決断が払う代償は王の命だけでは済みません。罪なき民の屍を何百何千と積み上げることになるのです。貴方はその痛みと苦しみを背負う覚悟が本当にあるのですか?」


 ティアナートの言葉には実感がこもっていた。

 それは彼女が事実上の国王となってからずっと抱えてきた重責だからだろう。


「シルビス王。もう一度よくお考えになってください。貴方の言葉一つで多くの血が流れることになるのです」

「……なかなか興味深い話だ」


 シルビスは意外と穏やかに頷いた。

 皮肉を返した風でもなく、素直になるほどと思ったように見えた。


「貴方の言う覚悟の話はおおいに参考にさせていただきましょう。だが貴方の言う考え直せとは、つまるところ平身低頭。私に頭を下げさせて、自分は交渉を有利に進めようという算段でしかない」


 ティアナートは肩を落とすように目を閉じた。

 お互いに要求を通せず、妥協点を見出せずにいる。

 行き詰った空気が呼ぶのは重たい沈黙だ。

 昨日と同じ状況に陥ってしまう。


 結局これ以上の進展もなく、二日目の会談は終了となった。

 先行きが見えないまま、俺たちは迎賓館へと帰った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 迎賓館の自室に戻るなり、ティアナートは筆を執った。

 その様子を俺は窓辺の編み椅子に深く腰掛けて眺めていた。

 書き上げられた書簡を持ってベルメッタが部屋を出ていく。

 ティアナートは丸卓を挟んだ俺の対面に腰を下ろし、ため息を吐いた。


「なかなかうまくいきませんね」


 俺はありきたりな慰めの言葉をかけた。

 ティアナートは何も答えずに、まずは温かいお茶で一服する。

 もう一度ため息をついて、それから俺と目を合わせてきた。


「ねぇシロガネ。貴方はシルビスの言葉を信じられると思った?」


 卓上で湯気を立てるお茶のカップが爽やかな香りを広げている。


「私は彼が一つ嘘をついたと思っている。それが何かわかる?」


 ティアナートが今日の会談のどこに引っかかりを覚えたのか。

 俺はすぐに察しがついた。


「シルビスさんの家族に対する情の深さは本物だと思います。でも」


 彼の心情を想像して、俺は物憂げな気持ちになる。


「だからこそ、お父さんの敵討ちを諦めたというのは……たぶん嘘です」

「私もそう思う。だからお金だけでアスカニオを帰すわけにはいかなかった。アスカニオを帰したら、シルビスには戦わない理由がなくなる。敵軍に最高の将が一人増えるだけです」


 ティアナートは背もたれに体を預け、目を覆うように右の手を顔に当てた。

 小さな声で呟きを漏らす。


「もう戦いたくはない。戦いたくはないけれど……」


 そうして押し黙る彼女の心情はいかなるものか。

 俺はお茶を口にしてまず胃を温めた。

 ほっと一息をついて、彼女に問いかける。


「さっきの手紙。何を書いて送ったんですか?」


 するとティアナートは右手を口元に下げて、目元を露わにした。

 視線を右に左にと部屋を見回し、他に誰もいないことを確認する。

 少し抑えめの声で彼女は答えてくれた。


「ベルクにいるドナンに、戦支度をするよう早馬を出しました」


 国境の町にいる将軍に戦いの準備をさせる。

 その意味するところはおそらく。


「このまま話し合っても埒が明かない。脅して従ってくれるなら良し。だめならいっそ潰してしまった方が将来に禍根を残さずに済む……ですか?」


 俺の回答に、ティアナートは少し驚いたように目を丸くした。

 それからなにやら複雑そうな微笑を作る。


「……おそらくはそれが正解に近い解答なのでしょう」


 彼女は視線を床板にそらした。


「憎しみは人に立ち上がる力を与えてくれるけど、立ち止まることを許さない。それは一人では解くことのできない呪いのようなもの。シルビスがその道を選ぶのなら、私は生優しい和解を選ぶわけにはいかない。敵が大きく育つ前に討つべきでしょう」


 その悲哀の表情を見る限り、乗り気ではないようだ。

 新婚の友人を裏切ることになるからだろうか。

 それともその憎しみ論が彼女自身の体験談だからだろうか。


 俺としても心掛かりがあった。

 あれだけ大口を叩いておいて、アスカニオに合わす顔がなくなる。

 あの日、彼に投げかけた言葉と気持ちに嘘はない。

 それでも結果が伴わなければ嘘つき、恥知らずと罵られるだろう。

 ただ、そうだとしても、俺の優先順序は変わらない。


「ティアナートさんが正しいと思う道を行ってください」


 俺は彼女の顔をまっすぐに見つめた。


「それがどんな道だろうと、俺が一緒に行きます。その結果がどうなろうと、最後まで俺が一緒にいます」


 ティアナートはほろ苦い微笑を浮かべて視線を返してきた。


「私はきっと地獄行きだけど、ついてこられる?」

「ティアナートさんが地獄行きなら、俺だって地獄行きですよ。だから安心してください」


 何を安心するんだろう。

 自分で言っておきながら、俺は首を傾げてしまう。

 ティアナートはふふっと小さく笑った。


「貴方といると心が安らぐ。ありがとう」


 ティアナートは晴れた顔で、卓上のカップに手を伸ばした。


「疲れているからといって、極端な思考に走るのは間違いの元ね。最悪を想定した備えはしながらも、もう少し交渉を頑張ってみましょう」


 気を取り直して、俺たちはお茶の時間を楽しんだ。

 その後は迎賓館にてのんびりと過ごし、日が暮れる。

 精がつくよう夕食をしっかりと取り、そして夜が更けていく。


 底深い冬の闇夜に浮かぶ月は糸のように細い二日月。

 窓寄りの寝台で毛布にくるまっていた俺は肌寒さにふと目を覚ました。

 そして、忍び寄る異変の足音に気付いた。

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