64話『救世主の末裔』
夕日が沈み、エルトゥランの城下町は夜の闇に包まれる。
ほぼ新月の夜空は怖いほどに暗い。
静まり返った大通りを俺は一人で歩いていた。
着ているのは普段着の作務衣である。
これから人に会うのだが、それはあくまでも私事という建前だからだ。
東西南北の通りが交わる、戦士像のある中央広場に出る。
俺は北の大通りに足を向けた。
城下町の北側は雑多な雰囲気のする区画である。
パニパル浴場の前を通り過ぎ、奥へと進んでいく。
途中で路地に入ると、明かりと話し声が外に漏れる建物があった。
建物自体は周りと似たコンクリート造りの三階建てである。
その入り口の前で俺は足を止め、立て看板に目をやった。
目的の店はここのようだ。
おそらく一階は酒場で、上階を宿にしているのだろう。
分厚い木の扉を押し開いて、俺は店に入った。
お客さんの陽気な騒ぎ声と熱を帯びた酔気に迎えられる。
木製の卓を囲んで若い衆が盛り上がっている。
いかつい顔を真っ赤にした親分さんが派手な女性の肩を抱いていた。
カウンター席で男性が一人、背中を丸めてちびちびやっているようだった。
「いらっしゃーい」
肩を出した衣装のお姉さんが近付いてくる。
「お兄さん一人? 好きなとこ座ってねー。お酒なに飲む?」
「あっいえ、ちょっと人に会いに来たんです。こちらに泊まっていると聞きまして。ライムンドさんという方なのですが」
「んー? それだったら……」
お姉さんがカウンターの方に顔を向ける。
タイミングを合わせたみたいに、黒い髪の男が上半身を後ろに向けた。
「誰かお探しかな?」
そう言って、酒の入った木のコップを持ち上げた男はライムンドだった。
会談の時の役人服とは違って、町でよく見る服に着替えている。
衣装一つでここまでオーラを消せるものかと驚くばかりだ。
「ご主人。待ち人が来たので、部屋で飲ませてもらうよ」
ライムンドはカウンターの内側に立つ髭の男に言い、椅子から腰を上げた。
店主だろう男は『はいよ』と頷きながら、空のコップを一つ卓上に置いた。
必要なら追加で持っていけということだろう。
酒瓶と木のコップ二つを手に抱えて、ライムンドが目で合図を送ってくる。
俺は頷いて、彼の後に続くことにした。
店の奥にある階段を上がって、さらに二階を通り過ぎ三階へ。
階段から一番遠い部屋の前まで案内される。
両手が塞がっているライムンドは木製の扉を肘で小突いた。
「私だ。開けてくれ」
少しして部屋の扉が内側に開かれる。
すると毛むくじゃらの顔をした男と目が合った。
「おっ? まじで来たのか?」
俺を見るなり驚いた表情をしたのはトトチトである。
彼とは先日の戦いで槍を交えた仲だ。
顔や首、手を覆うように生えた赤茶色と黒色の体毛という特徴から、おそらくだが人間と獣人との混血児ではないか思われる人物である。
なんでも母親と共にエルトゥランを追われたとかで、やたらと激しい気性をぶつけてきた相手でもある。
「入ってくれたまえ」
ライムンドに促されて、俺はコンクリート造りの室内に入る。
部屋の左手側に木製の四角い卓と椅子が置かれていた。
隅には荷物置きの台があり、そこには黒い木箱があった。
扉から正面の壁には窓があるが、穴を木の板で塞ぐタイプだ。
王城や屋敷のガラス窓とは違う簡素なものである。
窓の大きさは子供が通れるくらいで、俺の体では引っかかりそうだ。
あくまでも外の光と風を入れるための窓穴なのだ。
部屋の右手側には寝台が三つ並んでいる。
「いらっしゃい。シロガネお兄さん」
寝台に腰かけた白い髪の少年ロタンが声をかけてくる。
毎度のかわいらしい笑顔を浮かべていた。
「こんばんは、ロタンさん。お元気そうですね」
「おかげさまで」
前の戦いで彼も矢を浴びたはずだが、そんな素振りはまるで見られない。
相変わらずおそろしい回復力である。
それが彼の持つ黒星辰剣の力なのか、以前に彼が言った混ざった血に由来するものなのかはわからない。
「前に頼まれていたこと、ギルタさんに伝えておきましたよ」
「ほんとに? ありがとう」
ロタンが嬉しそうに足を前後に揺らす。
ライムンドは持っていた酒瓶とコップを四角い卓に置いた。
そこでふと何かに気付いたように、あっと口を開く。
「ロタン、トトチト君。すまないが下に行って、つまみを頼んできてくれるか。食べたいものがあったら好きに頼んでくれてもいい」
「まじかよ」
トトチトは意外と子供っぽく表情を明るくした。
「行こうぜ、ロタン」
「あっ待ってよ」
さっそく部屋から出ていくトトチトに、ロタンは慌てて靴に足を入れた。
靴紐も絞めずに、ぺたぺたと音を鳴らして追いかけていく。
そんな二人にライムンドは小さく笑い、卓の椅子を引いた。
「どうぞ。座って楽にしてくれたまえ」
扉から一番遠い位置の椅子である。
上座を勧めてくれているのか、はたまた逃がさないためか。
俺は笑顔で応じながら、ライムンドの一挙手一投足を観察していた。
酒で赤らめた顔といい、ふわふわした動作といい隙だらけに見える。
作務衣の下の腹帯に仕込んだクナイを抜けば暗殺できるのではなかろうか。
「……ありがとうございます」
おあつらえ向きな今の状況に、俺はどこか作為的なものも感じていた。
わざと人払いをして、こちらを試しているように思える。
こういう時は慎重な方がいい。
俺が椅子に座ると、ライムンドは対面の席に腰かけた。
「いやー、来てくれて嬉しいよシロガネ君。君とは一度ちゃんと話をしたいと思っていたんだ。ゆっくりしていってくれたまえ」
そう言って、空のコップに瓶の酒を注いでくる。
それから自身の杯を手に取り、すっと前に出してきた。
応じて乾杯する。
一息で飲み干したライムンドに対し、俺は酒を舐める程度に抑えた。
なぜなら目の前の男はあのトラネウス暗部の元締めなのだ。
毒を警戒するのは当然だろう。
「ふふふふ……」
まるで酔っぱらいのおじさんのように、ライムンドは楽しそうに笑った。
ゆらゆらとその体が揺れている。
「私は今年で三十六歳になったのだが、君はいくつだい?」
「十七歳です」
「ほほぉー。ロタンと同じ年だったか。なるほどねえ」
ライムンドはなにやら勝手に納得して、あごを縦に揺らした。
「その年でそれなら及第点だ。経験を積めばもっと伸びる」
「何の話ですか?」
「君の評価だよ。暗殺者としての」
俺がぎくりと心臓を跳ねさせた瞬間、ライムンドはすっと顔色を変えた。
浮ついた雰囲気が消え、目元鋭い男の顔になる。
「私がティアナート=ニンアンナの立場なら、まず私に暗殺者を送るよ。だから君がどう出るのか観察していたんだ。気を悪くしないでくれたまえ」
そう言うと、ライムンドはズボンの左ポケットに手を入れる。
ひゅんと左手を振るったかと思うと、一瞬なにかが光った。
「えっ!?」
気付いた時にはライムンドの握った左手から漆黒の刀身が伸びていた。
いったい何の手品だと俺は目を疑う。
ライムンドの持つ剣がまさしくあの黒星辰剣だったからだ。
剣なんてどこにもなかったはずなのに、いったいどこから生えてきたのか。
「もし手を出してくるようなら、いけない腕を切り落とすところだったよ。嫌な予感がしたからやめたんだろう? 君はいい勘をしている」
ライムンドが微笑を見せると、左手の黒星辰剣が暗く揺らいだ。
かと思うと瞬時に音も立てず、その漆黒の刃が消えてなくなる。
彼の左手に残ったのは黒い柄の部分だけだ。
無造作にまたズボンのポケットにしまわれる。
「君の主人が私を亡き者にするよう命じたのなら、それは英断だよ。私がいなければ今頃、トラネウス王国はどうなっていたことか。十八歳でこの判断ができる彼女は王の器と言っていい」
場数の差を見せつけられて、俺はすっかり動揺していた。
酔っぱらいの振りをしていただけなのだ。
この人は俺よりも遥かに格上だ。
俺が黙ったままいると、ライムンドは卓上に手を伸ばしてきた。
たっぷり酒が残った俺のコップを掴むと、口元に運んでぐいっと飲み干す。
戸惑う俺に、ライムンドは飄々とした笑みを浮かべた。
「毒など入っていないということさ。言っただろう? 私は現代の救世主である君と話がしたいんだ。血生臭いことをするつもりは一切ない」
空になった二つの杯にまた瓶の酒を注ぐ。
俺はゆっくりと息を吐いて、気持ちを切り替えようとした。
出鼻を挫かれたのはもう仕方がない。
まずは心を穏やかにして、何か糸口を探ろう。
精神的優位を取られた状況で下手に動いても、ろくな結果にならないのだ。
「そうですね。俺個人としても貴方には興味があります。ロタンさんやトトチトさんのことも知りたい」
「そうこなくては」
それから少しして、二人が部屋に戻ってきた。
トトチトが卓の真ん中に大皿をどんと置く。
山盛りのから揚げとコロッケが揚げたての香りを漂わせる。
ロタンが人数分の小皿と突き匙を配り、皆で卓を囲んだ。
「つまみを頼んでくれと、私は言わなかったか?」
ライムンドが、さっそくコロッケをもぐつくトトチトに尋ねる。
「そうだっけか? 好きなものを頼んでいいとは言ってたぜ?」
「おいしそうだったから頼んじゃった」
笑顔でから揚げを頬張るロタンに、ライムンドはやれやれと眉尻を下げた。
「すまないね、シロガネ君」
「いえ、俺もおなかが空いてたので。いただきます」
仕事を終えてから晩御飯にしようと思っていたので、空腹なのは本当だ。
お皿に取って、さっそくいただくとする。
から揚げを噛みしめると熱々の肉汁が口の中にあふれ出した。
おいしい。
ほくほくのコロッケをはふはふしながら食べる喜びたるや。
どんな状況であれ、ご飯はおいしく食べるに限る。
食事をおいしく食べられるかどうかは人生の指標なのだ。
「不躾ですけど、いくつかお尋ねしてもいいですか?」
食事の途中、俺は切り出した。
ロタンとトトチトはもぐもぐと口を動かしながら、ライムンドは酒をちびちびやりながら、どうぞとばかりに視線をくれた。
「お三方はどういう間柄なんですか? 関係性が今一つわからないんですけど」
「二人は私の護衛だよ。部下の中でもとびきり腕が立つ。という言い方では、たぶん君は納得しないんだろうねえ」
ライムンドはコップを脇に置くと、卓上で指を組んだ。
にっと口角を上げる。
「ロタンは私の息子だよ。でなければ黒星辰剣を預けたりしない」
「えっ!?」
「トトチト君のことは単純に気に入っている。身体能力も素晴らしいし、その向上心が好ましい。それに何より彼の出自を他人事とは思えなくてね」
俺は情報の咀嚼が間に合わない。
「異種族との混血児というのは珍しいからね。魚人と獣人の違いはあるが、価値観を共有できる友人というのは貴重だ。二人は年も近いし、末永く良い関係であってほしいと思っている」
お父さんの優しい目でそんなことを言うのである。
嘘を言っていないのはロタンとトトチトの顔を見ればわかる。
ロタンは口の中身を飲み込んで空にすると、にこにこと話し出す。
「トトチトはお母さん思いで優しいから好きなんだ。裏表がなくて、はっきり言うところも好きだし。僕と同じくらい強くて、訓練にも付き合ってくれるから好きだよ」
「そういうのはいいんだよ」
トトチトはぶっきらぼうに言う。
それは照れ隠しのように見えた。
「それより、お前こそどうなんだよ」
トトチトがこちらをぎろりとにらんでくる。
「前ははぐらかされたけど、人に聞くなら教えろよ。お前の素性をよぉ」
「そう言われましても」
なぜだか彼は、俺を混血児だと疑っているみたいなのだ。
自分に勝った相手がただの人間であるとは認めたくないらしい。
「前にも言いましたけど、俺はただの人間ですよ。違うのは日本という国で生まれた人間だってことです。エルトゥランでもトラネウスでもエリッサでもありません。救世召喚の儀というもので、目が覚めたらこの国にいたんです」
「……何言ってんだ、お前?」
やはりというか、トトチトは卓に肘をついて呆れた顔をする。
俺がてきとうなホラを吹いているとでも思ったのだろう。
そうなるだろうから以前は言わなかったのだ。
「彼が言っていることは本当だよ、トトチト君」
意外にもライムンドは肯定的に口を挟んできた。
「救世召喚の儀というのは、樹魔族から人間族に伝えられた魔法の秘術だ。当時は生贄召喚の秘術と呼ばれていたそうだけどね。三百年前、獣人族との戦争で人間は吸生骸装という鎧を着て戦った。しかしその鎧を着て戦うと全身が灰になって死んでしまう。だから昔の人は使い捨ての生贄をどこかから調達することにしたんだ」
「なんだそれ? ふざけた話じゃねーか」
義憤を露わにするトトチトを横に、俺は驚いていた。
書庫の貴重な資料以上の知識をライムンドがすらすらと口にしたからだ。
どういうことだろう。
トラネウス王国にはエルトゥラン以上に資料が残っているのだろうか。
「ライムンドさんは、どうしてそんなに詳しいんですか」
するとライムンドは待ってましたとばかりに笑みを浮かべた。
「それはねえ、私が救世主の末裔だからだよ」
「末裔……?」
「人間の愚かさに失望して、歴史の表舞台から去った本物の救世主のね」
その堂々とした表情からして、嘘八百を並べているわけでもなさそうだ。
興味が湧いて、俺は続きを促すことにした。
「本物というのは?」
「エルトゥラン王家もトラネウス王家も救世主の血など引いていない。真実は卑しい簒奪者の末裔ということさ。三百年前、獣人族との戦いに勝利した人間は救世主を排斥しようとした。どんなに強くとも、しょせんは使い捨ての生贄だからね。どこの生まれかもわからない人間に王になどなってほしくなかったんだよ」
英雄とは乱世にこそ求められるもので、治世においては敬遠される。
魔王を倒した勇者は、魔王よりも恐ろしい化け物なのだ。
当時の人がそう考えたとしてもおかしくはない。
「でも救世主が排斥されたのなら、末裔なんかいないんじゃないですか?」
「浅慮な人間ごときに救世の英雄を暗殺できたとでも?」
ライムンドが浮かべた冷笑に、俺は引っかかりを覚えた。
掴みどころがないと思っていた人が感情の棘を隠しきれていない。
だとすればこれは彼の思想信条の背骨に触れる好機だ。
「暗殺は失敗したと」
「戦うだけ戦わせておいて用が済んだらそれではねえ。さすがの救世主も人間族に愛想を尽かしたんだろう。そのあと救世主は黒星辰剣を奪い、古エルトゥランを離れた。チコモストの荒野を抜けて、ヌウア山脈を越えて歴史から姿を消した。それが私の遠いご先祖様というわけさ。代々受け継がれてきた黒星辰剣がその証だよ」
ライムンドは酒の杯を呷り、熱い息を吐いた。
ロタンとトトチトは食事を止めて聞き入っている。
彼らも初めて聞く話だったのかもしれない。
「私がどうしてこんな話をするのか。わかるかい、シロガネ君?」
いいえと俺は首を横に振る。
ライムンドは卓に身を乗り出してきた。
「君がかつての救世主と同じ道を歩んでいるからだよ。エルトゥラン王家は君を利用しているだけだ。今のまま王家に尽くしても、いつか必ず手の平を返される。その時、君は地位も財産も奪われ、栄誉すら失うだろう。そんな悲劇を見て見ぬふりするのはしのびない。だから私は一度、救世主として担ぎ上げられた君と話がしたかったんだ」
そう語るライムンドの表情は真剣なものだったし、口調もそうだった。
傍から見れば心配をしてくれているようにも思えるだろう。
しかし俺は今日はじめての苛立ちを覚えていた。
ティアナートが俺を利用している?
確かに最初はそうだったかもしれない。
でも今の俺たちはそんな場所とっくに通り過ぎている。
たとえ親切な忠告だろうと、ずれていれば腹が立つ。
「……だったら貴方は、どうしてアイネオスさんの隣にいたんですか」
俺が言い返すと、ライムンドはむむっと口を閉ざした。
「エルトゥラン王家がそうなら、トラネウス王家だってそうでしょう。やっていることと言っていることが違うんじゃないですか」
「……その指摘はごもっともだ」
答えたライムンドの顔がやけに寂しそうで、俺は気勢をそがれてしまう。
「十五年も彼のそばにいたのは、私自身の定まらない好奇心のせいさ。アイネオスは救世主になると私に言ったんだ。私は見てみたかったんだよ。偽物が本物になれるかどうかを」
ライムンドは嘆息をもらし、悲しげに呟く。
「……見たかったな、本当に」
彼とアイネオスがどういう関係だったのかを俺は知らない。
だが紛れもなく、二人だけの特別な友情があったのだろう。
それを破壊したのは他ならぬ俺である。
でも俺にそうさせたのはアイネオスとライムンドの所業だ。
二人がエルトゥラン王国に害をなさねば、こうはならなかったのだ。
因果は巡る。
誰かの未来を奪おうとする者は自分の未来を奪われる。
その悲しみを繰り返さないためにも世は太平であるべきなのだ。
「ライムンドさんに確認したいことがあります」
俺が切り出すと、ライムンドは幾分か平静を取り戻した。
「何かな?」
「貴方は今日の謁見で和平の話をしなかった。トラネウス王国はまだ戦いを続けるつもりなんですか?」
ライムンドは椅子の背もたれに体を預けて、腹の上で指を組んだ。
「それを決めるのは私ではない」
「争いは不幸の連鎖を生むだけです。いたずらに続けるべきじゃない」
「その言葉、シルビス殿下の前でも言えるのかな?」
ぎくりと俺は顔を強張らせる。
次男シルビスはアイネオスの息子である。
向こうからすれば俺は親の仇だ。
「今後のトラネウスの国政はシルビス殿下が決定することになる。現時点では殿下がどういう方針を取られるかはわからない。だがどうあれ私は宰相として、亡き友の子を今しばらく支えるだけさ。それが平和の道だろうと戦争の道だろうとね」
微笑するライムンドに、俺は奥歯を噛みしめた。
この人はメインプレイヤーになるつもりのない人なんだろう。
となると今、世界情勢の鍵を握っているのはシルビスだ。
彼がどう出るかは一か月後の結婚式にわかると、そういうことだろう。
世間からは優男と評される第二王子シルビス。
勇将と名高い兄アスカニオの影に隠れていた彼が、実はいま本当に見極めるべき相手なのかもしれない。
「さて、小難しい話はこのくらいにしようか」
ライムンドは空いたコップに瓶の酒を注ぎなおす。
「いちおう聞いておくがシロガネ君、私の下に来るつもりはないかい? 救世主に縁のある者として、できる限りのことは――」
「俺はティアナートのそばを離れるつもりはありません」
被せるように答えると、ライムンドははははと笑った。
「それは残念だ。まぁ心の隅にでも覚えておいてくれたまえ」
そう言って、酒の入った杯を前に出してくる。
「ではあらためて四人で乾杯をしよう。酒と食事には面白い話が合う。そうだろう?」
ライムンドが面々を見回すと、まっさきにトトチトが杯を掲げた。
「あーそうしてくれ! せっかくの飯がまずくなる!」
「ふふっ」
ロタンも同様に杯を持ち上げたので、俺はしぶしぶ従った。
難しい話で頭の中がいっぱいになってきたのも確かである。
どのみち三対一で暗殺は無理だ。
槍を持ってきていたとしても正直、分が悪い。
諦めて酒盛りに向き合うのも選択肢の一つだろう。
ライムンドはしっかり準備をしないと倒せない難敵だ。
それに相手を知れば、それはそれで何か収穫があるかもしれない。
「かんぱい」
四人で木のコップを軽くぶつけあう。
今度は俺も素直にいただくことにした。
緊張で乾いていた喉を果実酒で潤わせる。
もちろん酔ったりしないよう気を付けるつもりだ。
「ところでシロガネ君。こう見えて私は旅が好きでねえ。君のいたニホンという国のことを聞かせてくれないか。私の故郷ルコテキアはねえ……」
酒と食事を楽しみながら、俺たちは陽気な時間を過ごした。
生まれ故郷の話や旅先の話など、奇妙な飲み会は夜遅くまで続いた。