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56話『落日に屍を積み上げて(1)』

 時刻は昼と夕方の狭間。

 エルトゥランの町から数キロの野原で両軍は対峙した。

 晴天の下、北にエルトゥラン軍が、南にトラネウス軍が布陣した。


 エルトゥラン軍の総戦力は七百。

 まず歩兵四百が隊列を組んだ。

 兵士たちはそれぞれの隊列に応じた得物を持ち、腰には短剣を帯びている。

 頬当てのついた兜を被り、太ももまで丈のある鎖帷子を上に着込んでいた。

 歩兵隊の最前列は体が隠れるほどの大盾を持っている。

 一番数の多い中列は槍だ。

 後列の弓兵は手に大きな弓を持ち、背中に矢筒を袈裟かけている。

 味方の西側、つまり右翼にはダンキー率いる騎兵隊百騎が位置を取った。

 また東の林には歩兵の百人隊が姿を隠している。


 主力である歩兵隊の後方に、オルクスの百人隊が待機していた。

 彼らは戦況に臨機応変に対応するための遊撃部隊である。

 全軍の最後尾にて馬に乗る老将はンディオだ。

 指揮を執る大将の近くには太鼓と旗を持った連絡員がいる。

 俺もンディオのそばにいた。

 いつも通り、クナイを十二本差した腹帯を作務衣の上に巻いている。


 対するトラネウス軍は兵数およそ千二百。

 七百の歩兵が前衛として分厚く横長に並んでいる。

 兵士は頭に兜を被り、胴には袖無しの板金鎧を着込んでいる。両方の前腕には金属製の手甲を身に着けていた。

 歩兵隊の最前列は盾兵、中列は槍兵、後列には弓兵が並んでいた。

 西側には騎兵二百騎が位置についている。

 両軍の陣形は鏡映しのように似ていた。


 大きな違いはやはり兵数で、トラネウス軍の後衛には三百の兵が控えていた。

 これは自由のきく予備戦力かつ、国王アイネオスを守る盾なのだろう。

 またアイネオスはひときわ立派な鎧で全身を固めていた。

 金属製のプレートで肩や肘、腕、太ももや脛まで守る重装備ぶりである。

 羽飾りのついた兜を被り、見事な体躯の名馬に跨っていた。

 こうして前線に出てくるあたり、なかなかどうして肝が据わった男である。

 だてに国王はやっていないということか。


 次男シルビスの姿は見当たらなかった。

 武芸に秀でているわけでも軍略に通じているわけでもない彼を、何が起こるかわからない最前線には連れてこなかったようだ。

 息子の身を案じる親心なのか、はたまた足手まといになると思ったのか。

 その心中まではわからない。


 蒼穹に輝く太陽の下、両軍の兵士がにらみ合う。

 幕を切って落としたのはトラネウス軍だった。

 太鼓を叩く音が緑の野に轟く。

 それを合図にトラネウス歩兵がわっと走り出した。

 敵の騎兵隊はまだ動かないようだ。


「弓隊構え! 一斉射撃の後に歩兵隊は前進!」


 総大将であるンディオが号令を発する。

 そばにいる連絡員は決められたリズムで陣太鼓を叩いた。

 兵士たちはこの重低音と旗振りを頼りに指揮を受け取るのだ。


 味方の弓兵たちが弓に矢をつがえて、弦を引き絞る。

 トラネウス歩兵が雄叫びを上げて走ってくる。

 敵が迫ってくるのじっと待つのは恐ろしい。

 部隊を預かる隊長たちもちらちらと視線をンディオに送っていた。

 だが老将軍は慌てずに、馬上から正面を見据えている。

 突撃してくるトラネウス歩兵が弓の射程に入った。


「よーし、撃てえー!」


 ンディオは声と共に右手の槍を掲げた。

 待っていたとばかりに連絡員が太鼓を強打する。

 弓の弦が一斉に鳴り、百を超える矢が空へと放たれた。

 雨のように降り注ぐ矢に、運のないトラネウス歩兵が悲鳴を上げる。

 それでも大部分の敵は怯まず前進してくる。


「かかれー!」


 太鼓の合図で味方の歩兵隊が地面を蹴った。

 それぞれが声を上げながらトラネウス兵を迎え撃つ。

 野原の上で両軍の最前列がぶつかる。

 戦士たちは顔を歪めて怒声を吐き、がむしゃらに槍を繰り出した。

 戦場はあっという間に騒々しくなる。


 戦場の空気には人を狂気に追い立てる圧があった。

 やらなければ自分が死ぬのだ。

 とにかく己を奮い立たせて、敵を倒さなければならない。

 兵士たちはその気持ちを叫び声として吐き出していた。


 俺は軍勢の最後方からその様子を眺めていた。

 絶叫を浴びているだけで心臓がきゅっとなる。

 だが目をそらすわけにはいかない。

 戦況を把握して、流れを変えうる敵の要点を潰す。

 それが自分の役割だと思うからだ。


 さて戦況だが、形勢はそれほど悪くない。

 数的有利はトラネウス軍にあったが、歩兵の練度はこちらが上だ。

 それになにより士気の高さが違う。

 負ければ家族や友人にまで魔の手が及ぶのだ。

 エルトゥラン兵の面構えには、後がない状況ゆえの必死さがあった。


 敵の大将アイネオスも旗色に気付いたのだろう。

 トラネウス軍の最奥で陣太鼓が打ち鳴らされる。

 それを合図にトラネウスの騎兵隊が動き出した。

 戦場の西側から騎兵二百騎が上がってくる。

 また同時に王のそばで待機していた歩兵隊も動いた。

 百人隊を一つ残して、二百の歩兵が東側に回り、前進を始める。


「騎兵隊は迎撃を!」


 ンディオの指示を受け、連絡員が太鼓を鳴らし旗を振る。

 来たかとばかりに、馬上のダンキーは天を突くように槍を掲げた。


「攻撃開始! いくぞみんなー!」


 ダンキーの馬を先頭に、右翼のエルトゥラン騎兵隊が動き出す。

 馬上の騎手たちは投擲槍を詰めた筒を背負っていた。

 正面からただぶつかっては数の差で負ける。

 そのための飛び道具だ。


「俺はダンキー隊の援護に回ります」


 俺は隣で指揮を執るンディオに申し出た。

 エルトゥラン軍の歩兵は強いが、馬はそれほどでもない。

 ダンキーはいい隊長だが、倍の数の騎兵を相手するのは厳しいだろう。

 もしもダンキー隊が競り負けてしまい、敵の騎兵隊に戦場を好き勝手されるようなら、形勢が致命的に傾きかねない。

 馬上の老将軍は俺を見下ろして、硬い表情で頷いた。


「お任せいたします」


 俺は首から下げた銀細工のペンダントを服の上から押さえた。

 アウレオラの合言葉を心の中で唱える。

 ペンダントの透明結晶が閃光を放ち、俺の全身を光の粒子が包む。

 光は鎧の形を取り、銀色に煌めく装甲に変わった。

 途端に恐怖心が高ぶる闘争心に塗り変わる。

 四肢の先まで血が煮えたぎるような感覚が走った。

 俺は左手を握って開き、動くことを確認する。


「オルクス隊も右翼につけ! ヒゲドラ隊に合図を!」


 ンディオが指示を飛ばす。

 俺は投擲槍で山盛りのかごを背負い、ダンキー隊が空けた右翼に走った。

 草の上にかごを置いて、相棒の金属槍を地面に突き立てる。


 トラネウス騎兵隊が槍を構えて突っ込んでくる。

 ダンキー隊は激突を前に騎兵隊を斜行させた。

 すれ違い際に、馬の加速を乗せた投擲槍を次々と投げつける。

 うまく当たった槍が敵の身を守る板金鎧に突き刺さった。

 胴体に槍を受けた騎手が呻き声を漏らして落馬する。

 また同様に槍が刺さった馬が暴れて、騎手の数名が投げ出された。

 地面に転がった騎手は後続の馬群に飲み込まれる。


 だがそれも二百騎いるトラネウス騎兵をわずかに減らしたに過ぎない。

 トラネウス騎兵隊が戦場の西側を上がってきた。

 ダンキー隊は旋回し、彼らの背を追いかける。


「救世主の兄ちゃん! 危ないから下がってな!」


 オルクスの部隊が後ろから俺を追い越していく。

 兵士たちは横に並んで密集し、右翼に防御陣形を作った。

 最前列の兵士が体が隠れるほどの巨大な木盾を構える。

 隊長であるオルクスも最前列の中央で盾を構えた。

 後ろの兵士たちは前列を支えるようにして、隙間から槍を前に突き出す。

 自分たちを棘の壁として敵騎兵を防ぐつもりなのだ。

 壁の後ろには弓兵が列をなした。


 馬蹄が草葉を散らし、トラネウス騎兵隊が突撃してくる。

 敵はまだ弓矢の射程外だ。

 俺はゆっくりと深く息を吐いた。


「敵を倒して、みんなを守る……」


 気持ちを切り替える。

 俺は地面に置いたかごから投擲槍を掴んだ。

 軽いステップから思い切り腕を振り切る。

 放たれた槍は弾丸めいた速度で空間を貫き、敵の騎兵隊に襲いかかった。

 先頭を走っていた騎手の板金鎧に穴が空く。

 胴を撃ち抜かれた騎手は槍の威力で宙に浮き、背中から地面に落ちた。 


 続けて俺は槍を投げる。

 三人、四人と騎手が撃ち抜かれて馬の足下に消えた。

 しかし仲間がやられても敵は怯まず向かってくる。


「全員、気合入れろ! 絶対に抜かせんなぁ!」


 オルクスは腰を落とし、盾を構えて声を張り上げた。

 前衛の兵士たちが衝突に備えて踏ん張る体勢を取る。

 トラネウス騎兵隊が迫ってくる。


「弓撃てぇ! 撃ちまくれー!」


 オルクスの号令で、後衛の弓兵が弦を鳴らした。

 鋭く放たれた数多の矢がトラネウス騎兵隊を襲う。

 矢を受けた馬ともども騎手が草の上に転がった。

 それでも馬群は止まらない。

 槍を突き出した敵の騎兵隊がついに、盾を構えたオルクス隊にぶつかった。


「ぐぉわ!?」


 衝突した騎兵の破壊力でオルクス隊による壁が波打つ。

 オルクスのいる中央は踏ん張ったが、両脇が持たなかった。

 馬の突撃を受けた兵士たちが削り取られるように弾き飛ばされる。


 陣形を崩されるも、オルクス隊の兵士は勇敢だった。

 すぐさま仲間と身を寄せ合って、針鼠の形になる。

 恐ろしい速度と迫力で突っ込んでくる騎兵を待ち受けた。


 トラネウス騎兵が人間巨大針鼠とぶつかる。

 馬の体にめり込むように槍が突き刺さり、あまりの衝撃に柄がへし折れた。

 兵士は血塗れの馬と騎手と一緒くたになって草の上を転がった。

 呻き声の上を飛び越えて、後続の騎兵隊が突破してくる。

 俺は地面に立てていた金属槍を握るや、味方の弓兵の前へと回り込んだ。

 敵騎兵を遮るように躍り出る。


「止まれよっ!」


 突っ込んでくる騎兵に対して、俺は渾身の力で金属槍を下から振り上げた。

 槍が馬の筋肉にめり込んだ瞬間、とんでもない重さが腕にかかる。

 それでもウィツィやアカマピの打ち込みよりは軽い。

 俺は歯を食いしばり、足から腕の先まで筋肉を連動させて槍を振り切った。

 奇怪な悲鳴を上げて馬体を宙に舞う。


 間を置かずに後続の騎兵が三騎、横並びで来た。

 同時に相手するのはさすがに無理だ。

 正面から向かってくる戦馬の首元を目掛けて、俺は槍を横から叩きつける。

 槍の柄が首の肉に食い込み、馬が白目をむく。

 がくんと膝が抜けた馬が騎手ともども草の上を転がった。

 その間に両脇から二騎の騎兵が抜けていってしまう。


「ああっ!」


 休む間もなく敵の騎兵が突撃してくる。

 馬上の騎手が突き出してきた槍を、俺は辛うじて横に避けた。

 それと同時に馬の足を金属槍で刈るように払う。

 骨が砕けた馬は顔から地面に突っ伏した。


 次々とやってくるトラネウス騎兵を食い止められない。

 正面からぶつかりにくる騎兵をすれ違い際に倒すので精いっぱいだった。


 前衛を突破したトラネウス騎兵は弓兵に襲いかかった。

 ぎりぎりまで矢を放とうとした勇者が馬に蹴散らされる。

 散り散りに逃げる弓兵は背中を槍で突き刺された。

 あちこちで悲鳴が上がる。


「くそっ……!」


 状況に焦りと苛立ちが募る。

 少しよそ見をした隙にトラネウス騎兵が突撃してくる。

 俺は体を回転させ、馬の横面を槍で殴り飛ばした。

 隣を走っていた騎兵とぶつかって、もみくちゃに倒れる。

 だがまた間髪入れず、次の騎兵が突っ込んできた。


「まっ――!」


 迎撃が間に合わない。

 咄嗟に俺は地面を蹴り、わずかながら体を後ろに流した。

 猛進する騎兵の体当たりを受け、大きくはね飛ばされる。

 その威力は体と心が分離しかけるほどの強烈さだった。

 それでも激戦をくぐり抜けた俺の体は冷静に動いた。

 空中で後方宙返りし、草の上に着地する。

 なおも迫ってくる騎兵の突撃をするりと横に避け、無防備な騎手の太ももを槍で切り裂く。馬が通り過ぎた後、騎手がどさりと落ちる音がした。


 オルクス隊の陣形はすでに崩壊している。

 後衛の弓兵も蹴散らされているのだ。

 もう無理して馬ごとトラネウス騎兵を止める必要はない。

 かっかして焦っても状況は好転しない。

 こういう時こそ頭は冷たくあれだ。

 俺は短く息を吐いた。


「……っ!」


 突撃してくる騎兵をぎりぎりでかわし、騎手の足を狙う。

 太ももを槍で切り裂き、すぐ次に備えた。

 勢いの乗った騎兵の突きを、俺は体を捻ってすかす。

 すれ違う瞬間に、騎手の手を槍の先端で削ってやった。

 突っ込んでくる敵騎兵を最小限の動きで処理していく。


 怒濤の突撃をようやく切り抜けた。

 すぐに俺は周囲を見回す。

 まともに立っているオルクス隊の兵士は半数にも満たなかった。


「てめえら寝てる暇なんかねえぞ! オルクス隊集合!」


 オルクスが声を張り上げる。

 それは魔法の言葉のように、倒れていた兵士たちが立ち上がった。

 ふらつきながらも隊長の下へと集まってくる。

 たいした気概だ。あの様子なら心配いらないだろう。


 俺は次の行動に移ることにした。

 トラネウス騎兵隊に蹴り飛ばされた背負いかごを拾って抱え、草の上にちらばった投擲槍を手早く放り込む。

 そうしている内に、ダンキーの騎兵隊がそばを駆け抜けていった。


 トラネウス騎兵隊は右翼のオルクス隊を突破した後、まっすぐに北進した。

 馬は速いが、だからこそ人間ほど小回りが利かない。

 一旦、距離を取って隊列を整えるのだろう。 

 それからエルトゥラン軍の背中を突く算段か。

 そうはさせぬとダンキー隊が後を追う形だ。


 俺はンディオのいる味方の中央最奥に走って戻った。

 馬上の老将軍はちらりと俺を見ると、またすぐ正面に顔を戻した。

 目を細めて戦況を注視している。


 歩兵隊の攻防はどうにか五分五分といったところか。

 数の差を練度と気迫で埋めている。

 戦場の東である左翼の側から上がってきたトラネウス歩兵隊は、林に隠れていたエルトゥラン歩兵の奇襲を受けたようだ。

 競り合いで敵の足が止まっている。


 現状の問題はやはり敵の騎兵隊だ。

 これさえ撃破してしまえばダンキー隊が自由になる。

 そうすれば一緒に大将首を取りに行くことも可能になるはずだ。

 戦場の北側で追いかけ合いをする二つの馬群を目指して、俺は走った。

 金属槍を左手に持ち替え、かごから投擲槍を手に取る。


「悪いけど……!」


 奥歯を噛みしめ、鋭く尖った槍を空へと放った。

 超高速の飛来物が野原を駆けるトラネウス騎兵隊に襲いかかる。

 胴体を撃ち抜かれた騎手が一人、宙に投げ出された。

 さらに槍を投擲し、二人、三人と草の地面を赤く染める。


 百を超える騎馬が群れになって疾走しているのだ。

 投擲の狙いが正確なら、騎手が気付いたところで回避できやしない。

 四人、五人と馬の上から落ちる。


 相手も俺を無視できなくなったのだろう。

 隊の先頭を走るトラネウス騎兵が向きを変えた。

 敵の騎兵隊が旋回行動を取り、こちらに向かってくる。

 慌てず俺は右手に投擲槍を握り、騎兵隊へと放った。

 さらに三人、四人と騎手を撃ち落とす。


 ざっとあと十秒でトラネウス騎兵の先頭とぶつかる。

 俺は背負っていたかごを草の上に置いて身軽になった。

 呼吸を整えて、金属槍を短く構える。


「集中!」


 地響きを立てて騎兵隊が来た。

 正面からぶつかりに来る騎兵に対して、俺はすっと横にずれる。

 走る馬と馬の間に入り込み、通り抜け際に騎手の太ももを槍で切り裂いた。

 続く騎兵の槍を体を滑らせるようにして避け、同時にその腕を切る。

 騎手の悲鳴を背中で聞きながら、俺は次の対処に移っていた。


 一つ、二つ、三つ、四つ。

 騎兵の突撃を翻る紙のようにすかし、敵の足を槍で裂く。

 怒濤の馬群の波間を抜けて、敵の手を刃で削る。

 足を切られれば馬上で踏ん張れない。

 手を切られれば槍も手綱も握れない。

 トラネウス騎兵隊の突撃を抜けきった後には、落馬して地面に這いつくばる板金鎧の兵士が二桁を数えた。

 血が溢れる傷口を押さえて、顔を歪めて呻いている。


 トラネウス騎兵隊は進路を東に変えていた。

 ダンキーの騎兵隊が追いつくのを待たず、俺は反転して地面を蹴った。

 蹄に潰された草の香りを感じながら、逃げる馬の尻尾を追う。

 救聖装光をまとった俺の足は騎馬よりも早い。

 隊の最後尾を走る騎兵の騎手は、振り返るや恐怖の表情を浮かべた。


「く、来るな! 来るなぁ!」


 追いついた俺は容赦なく槍を繰り出した。

 いかに身をよじろうが、馬にまたがる足は隠しようがない。

 肉を切り裂かれた騎手がバランスを崩して落馬した。


 トラネウス騎兵の残りはざっと百五十騎くらいか。

 俺は馬上の騎手を狙って行動不能の一撃を与えていく。

 馬を傷付ける必要はない。

 人間よりも頑丈だし、乗り手を失えば無害だからだ。


「ひぎぃっ!?」


 傷を負っても馬にしがみつく我慢強い騎手もいる。

 だがそれも槍で押してやれば堪え切れず馬から落ちる。

 また一人、騎手が悲鳴を上げて地面に転がった。

 追いかけて後ろから襲うのは一方的だ。

 だが背中を見せたのは相手の方なのだから卑怯ではない。

 そもそも彼らは人様の国を攻めに来た侵略者なのだ。


 敵の騎手がちらちらと後ろに振り向いては顔を戻す。

 全身鎧の銀色人間が馬より速く迫って来るのだ。

 傍から見れば怪異だろう。

 俺は情け無用とばかりに騎手を突き落としていく。


「うわぁぁ!」


 近くの騎兵が一騎、俺から離れるように横にそれた。

 それを皮切りに後尾の騎兵たちが隊を乱して散らばる。

 ならばと俺は足を速め、大きく声を張り上げた。


「命が惜しいなら今すぐエルトゥランを去れ! 家族のところに帰れなくなってもいいのか!」


 一塊の杭のようだったトラネウス騎兵の隊列が中から裂ける。

 俺が馬群の尻から頭まで抜けた頃には、敵騎兵隊は散り散りになっていた。

 そこにダンキーの騎兵隊が猛追してくる。

 密度という鎧をはがされた敵を蹴散らすのは容易だった。

 ダンキー隊の突撃を受けて、トラネウス騎兵は逃げ惑うしかなかった。


 なんとか一つ山を越えられたか。

 中央の戦況が気になって、俺は視線を味方本隊に向ける。


「えっ?」


 左翼のトラネウス歩兵隊が上がってきているではないか。

 東の林に隠れていた味方が対処に動いたはずだが、止められなかったのか。


「忙しいっ!」


 トラネウス騎兵の相手はダンキー隊に任せていいだろう。

 休む間もなく俺は左翼の方へと走った。

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