48話『貴方は私と同じ(3)』
東側城壁のそばに建つ鍜治場の前で、俺はティアナートたちと合流した。
建物の陰でベルメッタが顔を伏せて座りこんでいる。
意識のないギルタは鍜治場の石床に横たわっていた。
リシュリーは疲れた様子で壁にもたれかかっている。
イツラは地面に逆さに立てた大戦斧に、怠そうに体重をかけていた。
「おぅシロガネ。お前にしちゃあ、ずいぶん手間取ったじゃねぇか」
軽い調子で言ってくるイツラに、俺は肩を落とした。
「まさかこうなるとは思わなかったので……」
二つに斬られてしまった金属槍を見せる。
すると黄色の全身つなぎに身を包んだミスミスがだだっと駆け寄ってきた。
手から槍を奪われる。
「おまっ、おまぁー! おいシロガネ! これどういうことだよ!」
被った鉄仮面バケツごしでも、彼女の吊り上げた目が想像できた。
俺は申し訳なく答える。
「ごめんなさい。さっき斬られちゃいました」
「はぁー!? おま、ふざけんなよお前!」
精魂込めて作った自慢の逸品をこんな形にされれば怒るのも当然だ。
じたばた暴れる姉の手から、マウラがひょいと槍を奪う。
角度を変えながら金属槍を観察した。
「うーん。だいぶ痛んでるかなぁ。ほら姉さん、ここ見てよ」
弟に言われて、ミスミスは槍に顔を寄せた。
波紋のような模様が浮かぶ槍の表面には無数の削れや傷跡があった。
二人であーだこーだと検分を始める。
武器のことは鍛治職人に任せて、俺はティアナートに声をかけた。
「どう動きましょうか、ここから」
「え? ええ、そうですね……」
ティアナートは俺の左肩を気にしているようだった。
肩の装甲と肉を少し切られたがたいしたケガではない。
俺が何も言わずにいると、ティアナートは城門のある北側城壁を指さした。
「どうやら我が国の民が城に攻め寄せているようですね」
外から城壁に大きな梯子を一斉にかけて、攻城戦がすでに始まっていた。
合わせて援護の矢が放物線を描いて降ってきている。
城壁の上の通路でトラネウス兵が槍と弓、石で応戦していた。
「城門を開いて、味方を中に招き入れてやりなさい。それで旗色は変わる」
「わかりました」
俺はイツラに顔を向ける。
すると彼は『皆まで言うな』とばかりに大戦斧を肩にかついだ。
「行ってきます」
俺はティアナートに告げて、城門に向かって駆け出した。
イツラも隣に並んでついてくる。
城の正面にある広場にはトラネウス兵の天幕がこれでもかと並んでいる。
その先の城門付近にトラネウス兵が密集していた。
城門は重たい落とし格子で閉ざされている。
その隙間を縫って槍の応酬が行われているようだった。
「俺が門を開けます。イツラさん、邪魔な敵を蹴散らしてください」
「しゃあねぇなぁ!」
流れ矢で穴だらけの天幕の間を抜けて、敵兵が密集する城門の横手に出る。
城外との応戦に集中していたトラネウス兵は完全に油断していた。
「オラァァー!」
イツラは大戦斧を竜巻のように振り回しながら敵兵に突っ込んでいく。
剛腕の水平回転から生まれる勢いはまさしくギロチン刃の殺戮大旋風だ。
「ぎゃああああ!!」
胴体を真っ二つにされた兵士の鮮血が阿鼻叫喚を呼ぶ。
仲間の惨状を目の当たりにしたトラネウス兵は恐慌をきたした。
腰を抜かす者もいれば、背中を見せて逃げる者もいた。
すかさず俺は城門の前にすべり込んだ。
城門を塞ぐ鉄格子の向こうには大勢のエルトゥラン兵の姿があった。
耳当ての付いた兜を被り、鎖帷子を上に着込んでいる。
彼らに向かって俺は大声で発破をかけた。
「志を同じくするエルトゥランの勇者たちよ! 諸君の助力で陛下を救い出せた! 後は敵を駆逐するだけだ!」
俺は門の落とし格子に手をかけて、渾身の力で持ち上げた。
正面にそびえる城への道が開けた。
「さぁ門をくぐれ! 祖国を我が手に取り戻せ!」
「うおおおおぉぉぉぉ!!」
エルトゥラン兵が雄叫びを上げて城の敷地になだれ込んだ。
怒濤の勢いで敵に襲いかかる。
浮き足立ったトラネウス兵はあっという間に飲み込まれた。
広場を突破したエルトゥラン兵は城へと押し寄せる。
トラネウス兵は城の前に集まって防衛線を張ろうとしたが、お構いなしにエルトゥラン兵は突っ込んでいく。
倒れた者がいれば敵だろうと味方だろうと踏み越えて進もうとする。
城門をくぐって、なだれ込んでくるのは兵士だけではない。
町の住民までもが、鎧も兜も身に付けずに押し寄せてくる。
各々の手には斧や鉈、鍋や包丁、金槌や棒などが握られていた。
男だけではなく女の姿もある。その誰もが興奮した様子だった。
味方の兵士が城門の操作室に入ったのだろう。
俺が支えていた落とし格子がずるずると持ち上がっていく。
ひとまず務めは果たせたと思い、俺は鍜治場に走って戻ることにした。
ティアナートは右手に兵士用の槍を握って待っていた。
「シロガネ、供をなさい」
彼女が向かったのは鍜治場近くの、東側城壁の内側壁面にある階段だった。
東側城壁は山と半ば一体化しており、壁の外には岩の尖った山肌がある。
その攻めにくさから防衛の必要がなかったため、トラネウス兵の姿はない。
ティアナートは槍を杖代わりにして階段を上った。
俺は彼女の隣に並び、城壁の上から戦況を眺める。
士気の差は歴然だった。
敵の防御を突破したエルトゥラン兵が城の中に突入する。
城外のトラネウス兵は群衆に追いかけ回される羽目となった。
倒れたが最期、囲まれてぼろぼろになるまで踏み潰される。
町の者たちにとって、トラネウス兵は怒りをぶつける対象でしかなかった。
「形勢は逆転しました。これを押し返す力はトラネウス軍にはないでしょう」
逃げ足の速いトラネウス兵は混雑する城門を避け、北と西側の城壁にかけられた城攻め用の梯子を逆に利用して、城の外へと脱出を始めていた。
彼らからすればエルトゥラン王城は所詮よその城だ。
形勢が不利とわかれば、自分の命を第一に考えるのも自然なことである。
昼が近付いて、太陽の位置が高くなってきた。
西から吹いてくる海風がティアナートの長い金色の髪を泳がせる。
俺はその横顔をじっと見つめる。
彼女は暴力と喧噪に満ちた城の広場を見下ろして、ふとため息をついた。
「やることなすことまるで綱渡り。よくこれで統治者を名乗れたものです」
ティアナートは自嘲するように呟いた。
「この城が血で汚れるのも三度目。私はきっと、後の世に血塗れの悪女として語られるのでしょうね。こんな不出来な統治者に導かれるくらいなら、いっそアイネオスに王位を委ねた方が、この国の民にとって幸せなのでしょうか?」
言葉をほしがるように俺の顔を見てくる。
普段は気丈な彼女らしからぬ態度だった。
「どうしてそんな風に思うんですか?」
「民の命を危険に晒すのは無能な統治者のやること。今この場で流れる血は、私がそうだという証でしょう?」
槍を強く握るティアナートの右手が震えていた。
自虐的なことを言いたくなるのは、落城から一週間の監禁生活で心が弱ってしまったためだろう。だがそれだけでもない気がした。
気丈に振る舞っていてもティアナートは十八歳の少女だ。
国を背負う重責に平然としていられる方がおかしい。
周囲の期待を背負えてしまえたことが、ある意味では彼女の不幸なのだろう。
相応の能力がなければ持ちえない悩みなのだ。
「俺は統治の大変さを知らないから、無責任なことは言えません。でもこの国の人がどう思っているかはわかります」
俺は自分の胸に手を当てて、救聖装光を解除した。
銀色の装甲が光の粒子に解け、首に下げた透明結晶に吸い込まれて消える。
身を守る鎧越しではなく、しっかりと目を合わせて話をしたかったのだ。
俺は意識して穏やかに言葉を紡ぐ。
「人間は普通、怖いものからは逃げようとするんです。もし貴方が統治者として失格なら、人々は立ち上がったりしなかった。今こうして皆が戦っているのは誰かに命令されたからじゃない。彼らの意思なんです。それこそが答えだと思います」
しかしティアナートは陰鬱な表情で目を伏せた。
その疲れた様子はまるで『責務にはもう向き合いたくない』『逃げ出して楽になりたい』という意思表示のように感じられた。
だったらと俺は右の手の平を彼女に差し出した。
「それでもいいですよ」
「えっ?」
ティアナートは虚を突かれたような顔をする。
それから俺の手を、そして目を見てきた。
「もし貴方が何もかも投げ出したとしても、俺は貴方を責めたりしない。どこか遠くへ逃げたいなら、俺が貴方を連れていく。俺は貴方の救世主なんだ。そう誓ったんですから」
微笑みかけると、ティアナートはぎゅっと目をつぶった。
ぶるぶると体を震わせる。
その後、まぶたを開いた彼女が浮かべた表情は怒りだった。
「軽々しく甘言を口にしないでっ!」
抑えきれない感情が暴発したような声音だった。
ティアナートは目を吊り上げてにらんでくる。
「志半ばで倒れた父の無念! 我が身を盾に守ってくれた母の想い! 私のために命を落とした者がいる。私が奪った命だって沢山ある。私の人生はもう私だけのものではない! いまさら自分だけが楽になれるわけないでしょう!」
その叫びはむしろ彼女自身に向けられた言葉のように感じられた。
そんな彼女に俺は身勝手ながら共感を覚えた。
「そうやって怒るのは許せないからですか? 少しでも楽になりたいと考えてしまった自分自身を」
「そんなこと……!」
「ティアナートさんが責任感の強い人なのはわかっています。でも弱音くらい吐いたっていいじゃないですか。誰にも弱音を吐けないっていうのは、弱さを隠してるってことです。それは心の弱さなんですよ」
ティアナートは返す言葉に詰まったのか、顔をこわばらせた。
俺は俺で自分の吐いた言葉に胸が痛くなる。
俺だって弱い自分をごまかしてばかりいる。
彼女を責めるつもりなんて毛頭ない。
俺はただ単純に、自分が思っていることを伝えたいだけなんだ。
「一人で完璧な人間なんていないんです。貴方が完璧な人だったら、俺なんか初めからいらないじゃないですか。誰かを支えて誰かに支えられて、それが人間の在り方だと思うんです。だから俺に、もっと貴方を支えさせてください」
「っ……!」
ティアナートはサッと背を向けた。
どんな顔をしているのか見せてくれない。
押しつけがましい発言だっただろうか。
気味悪がられたかもしれない。
だけど口にしたことは偽りない気持ちだ。
俺は彼女に誰よりも頼りにされたいんだ。
必要とされていないと、何もない俺の存在価値が消えてしまうから。
「……シロガネ。私は勘違いをしていたのかもしれません」
ティアナートは俺に背を向けたまま空を仰いだ。
真っ青な空の半分を分厚い雲が覆い隠している。
「私はずっと夢を見ていました。立派な王女になれば、いつか白馬の王子様が迎えに来てくれると信じていた。それは遠い幼い夢。一人になった時に捨てた夢。でもずっと心の底に残っていたのでしょうね。だから窮地を救ってくれた貴方のことを救世主様だと思い込んでしまった」
「えっ?」
俺は反射的に声を漏らした。
だが言葉を咀嚼する時間を彼女は与えてくれない。
「でもようやく夢から醒めました。貴方は伝説にある救世主様ではなかった。私を惑わす悪魔のような人です」
彼女の震えた声に、俺は心臓を直接殴られたような衝撃を受けた。
強烈な否定の言葉に、息もできずに立ち尽くす。
底なしの穴に突き落とされたような感覚だった。
「でも……」
不意に強く吹いた風がティアナートの金色の髪をはためかせる。
振り向いた彼女は凄艶なまでに妖しい笑みを浮かべていた。
「だからこそ私にふさわしい……! 貴方は私と同じ。泥の中でもがいて生きている人間なのでしょう?」
その笑顔は断じて作りものではない。
枷から解き放たれたかのような、とても生き生きとしたものだった。
返事をする間もなく、ティアナートは無造作に抱きついてきた。
俺の首筋に顔をうずめて、右腕を腰に回してくる。
「えっ……?」
「覚悟しなさいシロガネ。私はもう貴方の前では仮面を被らない。貴方が言ったのよ? 私のことを支えるって」
触れ合った部分から彼女の柔らかさと体温を感じた。
突然のことに俺は戸惑うばかりで、彼女の感情の変化についていけない。
「え、あ、え……? ティアナートさん……?」
「あと十秒」
そう言ってティアナートはすんすんと匂いを嗅いできた。
彼女の鼻先が首筋から耳の裏に触れる。
とてもくすぐったいし、物凄く恥ずかしい。
俺は顔を真っ赤にするしかなかった。
時間がなかったからとは言え、もう何日も風呂に入っていない。
どう考えても臭うはずなのだ。
そもそも異性に密着されて、直に肌の匂いを嗅がれる経験なんて初めて過ぎて、どう反応していいのかわからない。
「おいシロガネェ!」
突然のイツラの叫び声に俺は正気に戻る。
ティアナートがスッと体を離した。
イツラを探して城前広場を見下ろすと、別の光景に目を取られる。
九騎の騎兵が兵士や町の人、破れた天幕を蹴散らして城門に向かっている。
馬に跨っているのはほとんどが板金鎧のトラネウス兵だ。
中心の一騎を守るように、ひし形の陣形を組んで走行している。
問題なのはその中心の紫マントの男である。
アイネオスが馬に乗って逃げようとしているのだ。
「シロガネ!」
「借ります!」
俺はティアナートから奪い取るように槍を借りると、合言葉を心で唱えて救聖装光をまとった。城壁の内側壁面の階段を段飛ばしで駆け下りる。
猛進するアイネオスらの馬群が城門を突破した。
俺は広場の人ごみをすり抜けて、城門をくぐって外に飛び出した。
町へと続く石畳の坂道を騎兵が駆け下りていく。
俺は全力疾走で後を追った。
救聖装光をまとった俺は騎馬よりも速い。
町の大通りに入る頃には、俺は一団の最後尾に追いついていた。
「アイネオス! 逃げられると思うな!」
大通りは馬車がすれ違える程の道幅がある。
その両脇にはコンクリート造りの集合住宅が立ち並んでいた。
爆走する九騎の騎兵を銀色の全身鎧が追いかける異様な光景である。
町の住民は慌てて道を空け、何事かと二度見した。
「救世主とて所詮は人間だ! 馬で押し潰せ!」
アイネオスは声を荒げて部下に命令した。
後列の三騎が速度を落として俺を囲もうとしてくる。
馬の蹴り足が目の前に近付いてくるが、恐れる必要はない。
俺は馬と馬の隙間に入り込み、短く持った槍で騎手の足をなでてやった。
「あぎゃわっ!?」
左右の騎手がバランスを崩して馬から転落する。
練度の高いアスカニオの騎兵隊が相手なら簡単にはいかなかっただろう。
そう思いながら俺はアイネオスを乗せた馬との距離を詰めた。
「降りろよぉー!」
「むぉ!?」
俺は馬上のアイネオスに飛び掛かる。
指先がたなびく紫マントに触れようという瞬間――
――突然、何者かがぶつかるように俺の脇腹に抱きついてきた。
一緒くたになって大通りの石畳に体を打ちつける。
受け身を取る余裕がなかったためダメージが大きい。
痛みに目の前が明滅した。
一体、誰に何をされた。
歯を食いしばって目を開けると、白い髪の頭頂部が視界に入った。
飛びついてきたのは、フード付き外套をまとった少年だった。
「何でよっ!?」
俺もさすがに気が動転して、胸に抱きついた少年を払いのける。
首の骨を折ったのだ。生きているはずがない。
だが少年は引きつった笑顔を浮かべながら、体を起こした。
その拍子にぐりんとその頭部が動いた。
まるで首が座っていない赤ん坊のようである。
少年はぐらつく頭を支えるように、両手で側頭部を押さえた。
「あぁ……痛いなぁ。僕じゃなかったら死んでたよ、お兄さん」
白い髪の少年は立ち塞がるように俺の前に位置取った。
その向こうを見れば、アイネオスたちの馬が大通りを遠ざかっていく。
あの男の存在は俺の大切な人たちを不幸にする。
断じて逃がすわけにはいかない。
俺の気配を察したのか、白い髪の少年は腰に帯びた剣を左手で抜いた。
今、俺の手にある槍は兵士用の量産品だ。
これで少年の剣を受けるのは難しい。
うかつに動けば今度こそ斬られる。
「けど……!」
俺はクナイを投げると同時に石畳の地面を蹴った。
少年は飛来するクナイを完全に無視して右の胸で受ける。
漆黒の斬撃は容易く槍を両断し、鎧ごと俺の胸を切り裂いた。
「ぐあぁっ!」
俺は音を立てて大通りの上に転倒した。
咄嗟に身を投げ出していなければ骨まで斬られていただろう。
体を起こすよりも早く、少年が剣先を突き付けてくる。
「王様を逃がせって命令なんだ。大人しくしてくれるなら殺さないよ」
俺を見下ろして、少年は表情を柔らかくした。
クナイが右胸に刺さっているのに平然としている。
「自己紹介するよ。僕の名前はロタン。ロタン=マザランだ」
「マザラン?」
確かトラネウス王国の宰相の名がライムンド=マザランだったはずだ。
彼の言う『お父さん』とはライムンドのことなのだろうか。
しかし宰相が実の子を暗殺者に仕立て上げるとは考え難い。
マザラン家に連なる遠縁の者とでも受け取るべきだろうか。
「ギルタお姉さんを助けてくれてありがとう。お姉さんにはいっぱい優しくしてもらったんだ。だから僕がありがとうって言ってたって伝えてくれると嬉しいな。もう会うこともないだろうから」
喋っている間にもアイネオスを乗せた馬が遠ざかっていく。
だが現状はそれどころじゃない。
目の前を優先に切り替えて、俺は白い髪の少年ロタンに問いかけた。
「率直に聞きますけど、どうして生きているんですか? 首の骨を折りましたよね? 今だって……」
「お兄さんと一緒だよ。そっちが鎧ならこっちは剣。それだけ」
ロタンは笑顔を浮かべて、胸に刺さったクナイを抜き捨てる。
俺は獣人族の王アカマピに言われた言葉を思い出していた。
『鎧の悪魔は血を吸う魔剣を振るうと聞いていたが』
少年の持つ漆黒の剣は魔剣と呼んで差し支えないように思えた。
救聖装光は大昔、とある地人族の天才によって作られたものだという。
ならば他にも特別な力を秘めた武具が残っていても不思議ではない。
「わかってくれた?」
ロタンはゆっくりと剣を鞘に戻した。
空いた手で自身のぐらつく頭部を押さえる。
「それじゃあ僕は行くけど、もう追ってこないでね。お互いケガを治して元気になったらまた会おうね」
ロタンは背を向けると、頭を押さえた姿勢のまま大通りを走っていく。
傍から見れば何とも珍妙な光景だろう。
俺は斬られた胸の痛みに顔をしかめて、悪態をついた。
大失態だ。
アイネオスを仕留められなかったことはきっと尾を引く。
しかし再度追いかける気力が俺には残っていなかった。
傷のダメージもあるが、まともな武器がないのが痛い。
この状態で一人で追撃をするのは無理というよりも無謀だ。
それにティアナートを残したまま、遠くまで離れるのも不安だった。
城のごたごたもまだ終わったわけではないのだ。
「あぁもう……!」
アイネオスを追わないのならここにいても仕方がない。
俺はよろよろと立ち上がり、城に戻ることにした。
大通り脇の歩道で、落馬したトラネウス兵が町の住民に囲まれている。
負傷して動けないところを罵倒されて足蹴にされている。
鬱憤を晴らしたい気持ちはわかるが、見ていて楽しい光景ではない。
俺はつい気になって声をかけた。
「落伍者は捕縛して城へ運べ! 勝者は気高くあれ!」
俺の大声に住民たちはびくりとした。
水を差されて不満気な様子だが、とりあえず暴行はやめてくれたようだ。
俺は視線を浴びながらその場を通り抜けた。
ティアナートの不機嫌そうな顔が目に浮かぶ。
敵の親玉が逃げたのだ。
城内に残ったトラネウス兵を降伏させればとりあえず戦いは終わる。
状況を考えれば城を奪還できただけでも十分な成果のはずだ。
悔しいがそう考えるしかない。
石畳が敷かれたゆるやかな坂を上るにつれ、城が近付いてくる。
城壁の向こうから勇ましい怒号が溢れてきた。
それは今の俺にとってひどく耳障りだった。
とっとと幕を下ろして、一休みさせてもらいたいものだ。